叙事法

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叙事とは何ぞや。こゝに所謂叙事とは、ひろく艸紙の地を総称してしかいふなり。故に人物事蹟の経歴を叙する文も叙事の中に入るべく、性質形容を記する文もまた其中に入るべき筈なり。

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人物事蹟の経歴を叙するには、簡略を要すべき時あり、詳細を望むべき折あり。元来予定するを得ずといへども、なるべく繁雑に渉らざるやう、読者をして倦ましめざるやうにと注意すべきは勿論なりかし。さはあれ時代物の小説などには、当時の形勢と人情とをまづ読者に梗概をば知らせざるべからざる必要ある故、しひて繁雑の識を厭ひて妄りに端折るは不可なるべし。『八犬伝』の発端には長々しき歴史の物語あり、スコット翁の時代物には概して二三章の事実話あり。蓋し此必要によりいでしなるべし。さもあれ巻頭に長々しき事実の話をのみ叙し来れば、読者おほかたは倦むべければ、別に好手段を案じいだして此必要に応ずべきなり。馬琴が『美少年録』を綴るに当りて、当時の形勢情態をば地の文章には記しもいださず、かの大蛇をしていはしめしは、実に好手段といふべきものなり。其全篇の巧拙はしばらくおき、作者の苦心を推測れば、『新説美少年録』といふ書こそ、作者が一世の奇を弄せし新趣向なりといふべきなれ。

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馬琴の所謂省筆の法もまた叙事法の一手段なり。適宜に之れを用ふる時には、其効用ある勿論なり。今くだ/\しきを厭ひて細説せず。読者みづから之れを思へ。

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形容を記するはなるべく詳細なるを要す。我が国の小説の如きは、従来細密なる挿絵をもて其形容を描きいだして、記文の足らざるをば補ふゆゑ作者もおのづから之れに安んじ・景色形容を叙する事を間々怠る者尠からねど、是れ甚だしき誤りなり。小説の妙は、特り人物をして活動せしむるにとゞまらず、紙上の森羅万象をして活動せしむるを旨とするものなり。文中の雷をして鳴はためかしめ、書中の激浪怒濤をして宛然天にさかだたしめ、鴬をして囀らしめ、梅花をして薫らしむる、是れ小説家の伎倆の一なり。たゞ人物の態度を写して、非情の物のさまを写さゞるは、猶ほ昇天の竜を画きて雲を画き添へぬものゝごとし。

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人物の性質を叙するに二個の法あり。かりに命けて陰手段、陽手段とす。所謂陰手段とは、あらはに人物の性質を叙せずして、暗に言行と挙動とをもて其性質を知らする法なり。我が国の小説者流はおほむね此法を用ふるものなり。陽手段は之れに反して、まづ人物の性質をばあらはに地の文もて叙しいだして、之れを読者に、しらせおくなり。西洋の作者は概して此法を用ふるものなり。『慨世士伝』第七套、那以那姫の性質を叙する条下を見よ。想ふに後者を用ふるは、前者を用ふるより難かるべし。蓋し後者陽手段をいふを用ひむとすれば、まづあらかじめ心理学の綱領を知り、人相骨相の学理をしも会得せざれば叶はぬことなり。さはあれ両者の優劣に至りては、未だ勿卒に断言すべからざるものあり。作者が機々の手心もて両者を折衷して用ふべきなり。陽手段を用ふること其宜しきを得ざるときには、妙機を漏らすの遺失あり。陰手段を用ふること其宜しきに適はざれば、人情の骨髄を談じがたかり。作者たらむ人は東西古今の稗史を閲してみづから其得失を考ふべし。
  此論いまだ尽くさゞれども、書肆の為に急かれて、限りある日限に限りなき論弁をば得尽くすべうも思はざるから、一團筆をこゝに止めて、更に拾遺論をものする折、漏れたる議論をも補ふべし。読人議論の至らざると其文章の整はざるとをしひて咎めたまふ事なくして、異同を論ぜず其所見を著者の鈍耳に聞かしめたまは、いかばかりか娯しからむ。あな惶縮。
終りです。
底本は、春陽文庫と逍遥選集を使いました。でも、ちゃんとくらべて入れたわけではありません。どっちつかずです。ごめんなさい_(._.)_
おまけです。 マクベス評釈の緒言
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