明治31年11月10日  正岡子規


○日本語にていふ雲の名は白雲、黒雲、青雲、天雲、天つ雲、雨雲、風雲、日和雲、早雲、八雲、八重雲、浮雲、あだ雲、山雲、八重山雲、薄雲、横雲、むら雲、一むら雲、ちぎれ雲、朝雲、夕雲、夕焼雲、夏雲、皐月雲、さみだれ雲、夕立雲、時雨雲、雪雲、鰯雲、豊旗雲、はたて雲、猪子雲、ありなし雲、水まさ雲、水取雲、等猶あるべし。山かつらは明方の横雲をいふ。曾根太郎、阿波太郎などいへるは雲の峰をいへる地方の名なるか。われこゝろみに綿雲、しき浪雲、苗代雲などいふ名をつく。猶外に名つけたき雲多し。(子規)

○月夜、雲を見る。月の位置と雲の形状と相待って奇を尽し変を極む。薄雲、月を過ぐ、白紗、玉を包むが如し。雲、嵯峨として、月、上に在り、朽根、玉を載するが如し。雲、長く斜にして、月、一端に在り、老龍玉を吐くが如し。雲分れて二片となる、月、中間に在り、双龍、玉を争ふが如し。黒雲一塊、頭あり、脚あり、漸く大にして、半ば月を呑む、怪鬼の玉を盗むが如し。(子規)

○深山幽谷に在りて馬頭に生じ脚底に起る所の雲は変化が劇しいから誰も之を見て喜ぶ。併し平地に在りて晴天の雲を見て楽む人は少い。晴天の雲も変化するけれど平和的の変化であるから、心の平和な時には極めて面白く感ずる。若し心に煩悶がある時は雲なんか見て居らるゝもので無い。雲好きと菓物好きと集まつて一日話して見たい。(子規)

○春雲は綿の如く、夏雲は岩の如く、秋雲は砂の如く、冬雲は鉛の如く、晨雲は流るゝが如く、午雲は湧くが如く、暮雲ほ焼くが如し。(子規)




■このファイルについて
標題:雲
著者:正岡子規
本文:「ほととぎす」 第二巻第二号 明治31年11月10日

○漢字は現行の字体にかえた。
○本文の仮名づかいは、原文通りとした。ただしファイル作成時に補ったふりがなは、【  】の中に入れ現代仮名づかいで示した。
○「子規全集(講談社)」では、段落の頭は一字分空けているが、「ほととぎす」掲載時は、一字分空けていない。その当時はこのような表記の仕方であったのであろう。里実文庫の表記法と一致していることでもあるので、「ほととぎす」の表記法をそのまま採用する。
○明らかに誤植と考えられる箇所は、「子規全集(講談社)」を参照して修正した。修正したものについては、〔 〕に入れて示した。 ○改段は、1行空けることで示した。
○繰り返し記号は、ひらがな一字の場合は「ゝ」、漢字一字の場合は「々」をそのまま用いた。ただし二字以上の場合は、反復記号は用いず同語反復で表記した。

入力:里実福太朗
ファイル作成:里実工房
公開:2002年9月20日