1
ひた走るわが道暗ししんしんと堪へかねたるわが道くらし
2
ほのぼのとおのれ光りてながれたる蛍を殺すわが道くらし
3
すべなきか蛍をころす手のひらに光つぶれてせんすべはなし
4
氷室より氷をいだす幾人はわが走る時ものを云はざりしかも
5
氷きるをとこの口のたばこの火赤かりければ見て走りたり
6
死にせれば人は居ぬかなと歎かひて眠り薬をのみて寝んとす
7
赤彦と赤彦が妻吾に寝よと蚤とり粉を呉れにけらずや
8
罌粟はたの向うに湖の光りたる信濃のくにに目ざめけるかも
9
諏訪のうみに遠白く立つ流波つばらつばらに見んと思へや
10
あかあかと朝焼けにけりひんがしの山並の天朝焼けにけり
七月三十日信濃上諏訪に滞在し、一湯浴びて寝ようと湯壷に浸ってゐた時、左千夫先生死んだといふ電報を受取った。予は直ちに高木なる島木赤彦宅へ走る。夜は十二時を過ぎてゐた。
11
あしびきの山の峡をゆくみづのをりをり白くたぎちけるかも
12
しら玉の憂のをんな恋ひたづね幾やま越えて来りけらしも
13
鳳仙花城あとに散り散りたまる夕かたまけて忍び逢ひたれ
14
天そそる山のまほらに夕よどむ光りのなかに抱きけるかも
15
屋上の石は冷めたしみすずかる信濃のくにに我は来にけり
16
屋根の上に尻尾動かす鳥来りしばらく居つつ去りにけるかも
17
屋根踏みて居ればかなしもすぐ下の店に卵を数へゐる見ゆ
18
屋根にゐて微けき憂湧きにけり目したの街のなりはひの見ゆ (七月作)
3 七月二十三日
19
めん雞ら砂あび居たれひつそりと剃刀研人は過ぎ行きにけり
20
夏休日われももらひて十日まり汗をながしてなまけてゐたり
21
たたかひは上海に起り居たりけり鳳仙花紅く散りゐたりけり
22
十日なまけけふ来て見れば受持の狂人ひとり死に行きて居し
23
鳳仙花かたまりて散るひるさがりつくづくとわれ帰りけるかも (七月作)
4 麦 奴
24
しみじみと汗ふきにけり監獄のあかき煉瓦にさみだれは降り
25
雨空に煙上りて久しかりこれやこの日の午時ちかみかも
26
飯かしぐ煙ならむと鉛筆の秀を研ぎて居て煙を見るも
27
病監の窓の下びに紫陽花が咲き、折をり風は吹き行きにけり
28
ひた赤し煉瓦の塀はひた赤し女刺しし男に物いひ居れば
29
監房より今しがた来し囚人はわがまへにゐてやや笑めるかも
30
巻尺を囚人のあたまに当て居りて風吹き来しに外面を見たり
31
ほほけたる囚人の眼のやや光り女を云ふかも刺しし女を
32
相群れてべにがら色の囚人は往きにけるかも入り日赤けば
33
まはりみち畑にのぼればくろぐろと麦奴は棄てられにけり
34
光もて囚人の瞳てらしたりこの囚人を観ざるべからず
35
けふの日ほ何も答へず板の上に瞳を落すこの男はや
36
紺いろの囚人の群笠かむり草苅るゆゑに光るその鎌
37
監獄に通ひ来しより幾日経し蜩啼きたり二つ啼きたり
38
よごれたる門札おきて急ぎたれ八尺入りつ日ゆららに紅し
39
黴毒ひそみ流るる血液を彼の男より採りて持ちたり (七月作)
殺人未遂被告其の精神状態鑑定を命ぜられて某監獄に通ひ居たる時、折にふれて詠みすてたるものなり。
40
どんよりと空は曇りて居りたれば二たび空を見ざりけるかも
41
わが体にうつうつと汗にじみゐて今みな月の嵐ふきたれ
42
わがいのち芝居に似ると云はれたり云ひたるをとこ肥りゐるかも
43
みなづきの嵐のなかに顫ひつつ散るぬば玉の黒き花みゆ
44
狂院の煉瓦の角を見ゐしかばみなづきの嵐ふきゆきにけり
45
狂じや一人蚊帳よりいでてまぼしげに覆盆子食べたしといひにけらずや
46
ながながと廊下を来つついそがしき心湧きたりわれの心に
47
蚊帳のなかに蚊が二三疋ゐるらしき此寂しさを告げやらましを
48
ひもじさに百日を経たりこの心よるの女人を見るよりも悲し
49
日を吸ひてくろぐろと咲くダアリヤはわが目のもとに散らざりしかも
50
かなしさは日光のもとダアリヤの紅色ふかくくろぐろと咲く
51
うつうつと湿り重たくひさかたの天低くして動かざるかも
52
たたなはる曇りの下を狂人はわらひて行けり吾を離れて
53
ダアリヤは黒し笑ひて去りゆける狂人は終にかへり見ずけり (六月作)
6 死にたまふ母 其の一
54
ひろき葉は樹にひるがへり光りつつかくろひにつつしづ心なけれ
55
白ふぢの垂花ちればしみじみと今はその実の見えそめしかも
56
みちのくの母のいのちを一目見ん一目みんとぞいそぐなりけれ
57
うち日さす都の夜に灯はともりあかかりければいそぐなりけり
58
ははが目を一目を見んと急ぎたるわが額のへに汗いでにけり
59
灯あかき都をいでてゆく姿かりそめ旅とひと見るらんか
60
たまゆらに眠りしかなや走りたる汽車ぬちにして眠りしかなや
61
吾妻やまに雪かがやけばみちのくの我が母の国に汽車入りにけり
62
朝さむみ桑の木の葉に霜ふれど母にちかづく汽車走るなり
63
沼の上にかぎろふ青き光よりわれの愁の来むと云ふかや
64
上の山の停車場に下り若くしていまは鰥夫のおとうと見たり
其 の 二
65
はるばると薬をもちて来しわれを目守りたまへりわれは子なれば
66
寄り添へる吾を目守りて言ひたまふ何かいひたまふわれは子なれば
67
長押なる丹ぬりの槍に塵は見ゆ母の辺の我が朝目には見ゆ
68
山いづる太陽光を拝みたりをだまきの花咲きつづきたり
69
死に近き母に添寝のしんしんと遠田のかはづ天に聞ゆる
70
桑の香の青くただよふ朝明に堪へがたければ母呼びにけり
71
死に近き母が目に寄りをだまきの花咲きたりといひにけるかな
72
春なればひかり流れてうらがなし今は野のべに蟆子も生れしか
73
死に近き母が額を撫りつつ涙ながれて居たりけるかな
74
母が目をしまし離れ来て目守りたりあな悲しもよ蚕のねむり
75
我が母よ死にたまひゆく我が母よ我を生まし乳足らひし母よ
76
のど赤き玄鳥ふたつ屋梁にゐて足乳ねの母は死にたまふなり
77
いのちある人あつまりて我が母のいのち死行くを見たり死ゆくを
78
ひとり来て蚕のへやに立ちたれば我が寂しさは極まりにけり
其 の 三
79
楢わか葉照りひるがへるうつつなに山蚕は青く生れぬ山蚕は
80
日のひかり斑らに漏りてうら悲し山蚕は未だ小さかりけり
81
葬り道すかんぼの華ほほけつつ葬り道べに散りにけらずや
82
おきな草口あかく咲く野の道に光ながれて我ら行きつも
83
わが母を焼かねばならぬ火を持てり天つ空には見るものもなし
84
星のゐる夜ぞらのもとに赤赤とははそはの母は燃えゆきにけり
85
さ夜ふかく母を葬りの火を見ればただ赤くもぞ燃えにけるかも
86
はふり火を守りこよひは更けにけり今夜の天のいつくしきかも
87
火を守りてさ夜ふけぬれば弟は現身のうた歌ふかなしく
88
ひた心目守らんものかほの赤くのぼるけむりのその煙はや
89
灰のなかに母をひろへり朝日子ののぼるがなかに母をひろへり
90
蕗の葉に丁寧に集めし骨くづもみな骨瓶に入れ仕舞ひけり
91
うらうらと天に雲雀は啼きのぼり雪斑らなる山に雲ゐず
92
どくだみも薊の花も焼けゐたり人葬所の天明けぬれば
其 の 四
93
かぎろひの春なりければ木の芽みな吹き出る山べ行きゆくわれよ
94
ほのかにも通草の花の散りぬれば山鳩のこゑ現なるかな
95
山かげに雅子が啼きたり山かげの酸つぱき湯こそかなしかりけれ
96
酸の湯に身はすつぽりと浸りゐて空にかがやく光を見たり
97
ふるさとのわざへの里にかへり来て白ふぢの花ひでて食ひけり
98
山かげに消のこる雪のかなしさに笹かき分けて急ぐなりけり
99
笹はらをただかき分けて行きゆけど母を尋ねんわれならなくに
100
火の山の麓にいづる酸の温泉に一夜ひたりてかなしみにけり
101
ほのかなる花の散りにし山のべを霞ながれて行きにけるはも
102
はるけくも峡のやまに燃ゆる火のくれなゐと我が母と悲しき
103
山腹に燃ゆる火なれば赤赤とけむりはうごくかなしかれども
104
たらの芽を摘みつつ行けり寂しさはわれよりほかのものとかはしる
105
寂しさに堪へて分け入る我が目には黒ぐろと通草の花ちりにけり
106
見はるかす山腹なだり咲きてゐる辛夷の花はほのかなるかも
107
蔵王山に斑ら雪かもかがやくと夕さりくれば岨ゆきにけり
108
しみじみと雨降りゐたり山のべの土赤くしてあはれなるかも
109
遠天を流らふ雲にたまきはる命は無しと云へばかなしき
110
やま峡に日はとつぷりと暮れたれば今は湯の香の深かりしかも
111
湯どころに二夜ねぶりて蓴菜を食へばさらさらに悲しみにけれ
112
山ゆゑに笹竹の子を食ひにけりははそはの母よははそはの母よ (五月作)
7 お ひ ろ 其 の一
113
なげかへばものみな暗しひんがしに出づる星さへ赤からなくに
114
とほくとほく行きたるならむ電燈を消せばぬば玉の夜もふけぬる
115
夜くればさ夜床に寝しかなしかる面わも今は無しも小床も
116
ふらふらとたどきも知らず浅草の丹ぬりの堂にわれは来にけり
117
あな悲し観音堂に癩者ゐてただひたすらに銭欲りにけり
118
浅草に来てうで卵買ひにけりひたさびしくてわが帰るなる
119
はつはつに触れし子なればわが心今は斑らに嘆きたるなれ
120
代々木野をひた走りたりさびしさに生きの命のこのさびしさに
121
さびしさびしいま西方にくるくるとあかく入る日もこよなく寂し
122
紙くづをさ庭に焚けばけむり立つ恋しきひとははるかなるかも
123
ほろほろとのぼるけむりの天にのぼり消え果つるかに我も消ぬかに
124
ひさかたの悲天のもとに泣きながらひと恋ひにけりいのちも細く
125
放り投げし風呂敷包ひろひ持ち抱きてゐたりさびしくてならぬ
126
ひつたりと抱きて悲しもひとならぬ瘋癲学の書のかなしも
127
うづ高く積みし書物に塵たまり見の悲しもよたどき知らねば
128
つとめなればけふも電車に乗りにけり悲しきひとは遥かなるかも
129
この朝け山椒の香のかよひ来てなげくこころに染みとほるなれ
其 の 二
130
ほのぼのと目を細くして抱かれし子は去りしより幾夜か経たる
131
うれひつつ去にし子ゆゑに藤のはな揺る光りさへ悲しきものを
132
しら玉の憂のをんな我に来り流るるがごと今は去りにし
133
かなしみの恋にひたりてゐたるとき白ふぢの花咲き垂りにけり
134
夕やみに風たちぬればほのぼのと躑躅の花はちりにけるかも
135
おもひ出は霜ふるたにに流れたるうす雲の如かなしきかなや
136
あさぼらけひと目見しゆゑしばだたくくろきまつげをあはれみにけり
137
わが生れし星を慕ひしくちびるの紅きをんなをあはれみにけり
138
しんしんと雪ふりし夜にその指のあな冷たよと言ひて寄りしか
139
狂院の煉瓦のうへに朝日子のあかきを見つつくち触りにけり
140
たまきはる命ひかりて触りたれば否とは言ひて消ぬがにも寄る
141
彼のいのち死去ねと云はばなぐさまめ我の心は云ひがてぬかも
142
すり下す山葵おろしゆ蓼みいでて垂る青みづのかなしかりけり
143
啼くこゑは悲しけれども夕鳥は木に眠るなりわれは寝なくに
其 の 三
144
愁へつつ去にし子のゆゑ遠山にもゆる火ほどの我がこころかな
145
あはれなる女の瞼恋ひ撫でてその夜ほとほとわれは死にけり
146
このこころ葬らんとして来りぬれ畑には麦は赤らみにけり
147
夏されば農園に来て心ぐし水すましをばつかまへにけり
148
麦の穂に光ながれてたゆたへば向うに山羊は啼きそめにけれ
149
藻のなかに潜むゐもりの赤き腹はつか見そめてうつつともなし
150
この心葬り果てんと秀の光る錐を畳にさしにけるかも
151
わらぢ虫たたみの上に出で来しに烟草のけむりかけて我居り
152
念々にをんなを思ふわれなれど今夜もおそく朱の墨するも
153
この雨はさみだれならむ昨日よりわがさ庭べに降りてゐるかも
154
つつましく一人し居れば狂院のあかき煉瓦に雨のふる見ゆ
155
瑠璃いろにこもりて円き草の実はわが恋人のまなこなりけり
156
ひんがしに星いづる時汝が見なばその眼ほのぼのとかなしくあれよ (五月六月作)
8 きさらぎの日
157
きやう院を早くまかりてひさびさに街を歩めばひかり目に染む
158
平凡に涙をおとす耶蘇兵士あかき下衣を着たりけるかも
159
きさらざの天のひかりに飛行船ニコライでらの上を走れり
160
杵あまた並べばかなし一様につぼの白米に落ち居たりけり
161
杵あまた馬のかうべの形せりつぼの白米に落ちにけるかも
162
もろともに天を見上げし耶蘇士官あかき下衣を着たりけるかも
163
きさらざの市路を来つつほのぼのと紅き下衣の悲しかるかも
164
救世軍のをとこ兵士はくれなゐの下衣着たれば何とすべけむ
165
まぼしげに空に見入りし女あり黄色のふね天馳せゆけば
166
二月ぞら黄いろき船が飛びたればしみじみとをんなに口触るかなや
167
この身はも何か知らねどいとほしく夜おそくゐて爪きりにけり (二月作)
168
このやうに何に頬骨たかきかや触りて見ればをんななれども
169
この夜をわれと寝る子のいやしさのゆゑ知らねども何か悲しき
170
目をあけてしぬのめごろと思ほえばのびのびと足をのばすなりけり
171
ひんがしはあけぼのならむほそほそと口笛ふきて行く童子あり
172
あかねさす朝明けゆゑにひなげしを積みし車に会ひたるならむ (五月作)
173
これやこの昨日の夜の火に赤かりし跡どころなれけむり立ち見ゆ
174
天明けし焼跡どころ焼えかへる火中に音の聞えけるかも
175
亡ぶるものは悲しけれども目の前にかかれとてしも赤き火にほろぶ
176
たちのぼる灰燼のなかにくろ眼鏡白き眼鏡を売れりけるかも
177
和あゆみ眼鏡よろしと言あげてみづからの眼に眼鏡かけたり (三月作)
178
売薬商人しろき帽子をかかぶりて歌ひしかもよ薬のうたを
179
売薬商人くすりを売ると足並をそろへて歌をうたひけるかも
180
驢馬にのる少年の眼はかがやけり薬のうたは向うにきこゆ
181
芝生には小松きよらに生ひたれば人間道の薬かなしも
182
あかねさす昼なりしかば少女らのふりはへ袖はながかりしかも (三月作)
183
にんげんの赤子を負へる子守居りこの子守はも笑はざりけり
184
日あたれば根岸の里の川べりの青蕗のたう揺りたつらんか
185
くれたけの根岸里べの春浅み屋上の雪凝りてうごかず
186
天のなか光りは出でて今はいま雪さんらんとかがやきにけり
187
角兵衛のをさな童のをさなさに涙ながれて我は見んとす
188
笛の音のとろりほろろと鳴りたれば紅色の獅子あらはれにけり
189
いとけなき額のうへにくれなゐの獅子の頭を見そめしかもよ
190
春のかぜ吹きたるならむ目のもとの光のなかに塵うごく見ゆ
191
ながらふる日光のなか一いろに我のいのちのめぐるなりけり
192
あかあかと日輪天にまはりしが猫やなぎこそひかりそめぬれ
193
くれなゐの獅子のあたまは天なるや廻転光にぬれゐたりけり (一月作)
194
雪のなかに日の落つる見ゆほのぼのと懺悔の心かなしかれども
195
こよひはや学問したき心起りたりしかすがにわれは床にねむりぬ
196
風引きて寝てゐたりけり窓の戸に雪ふる聞ゆさらさらといひて
197
あわ雪は消なば消ぬがにふりたれば眼悲しく消ぬらくを見む
198
腹ばひになりて朱の墨すりしころ七面鳥に泡雪はふりし
199
ひる日中床の中より目をひらき何か見つめんと思ほえにけり
200
雪のうへ照る日光のかなしみに我がつく息はながかりしかも
201
赤電車にまなこ閉づれば遠国へ流れて去なむこころ湧きたり
202
家ゆりてとどろと雪はなだれたり今夜は最早幾時ならむ
203
しんしんと雪ふる最上の上の山弟は無常を感じたるなり
204
ひさかたのひかりに濡れて縦しゑやし弟は無常を感じたるなり
205
電燈の球にたまりしほこり見ゆすなはち雪はなだれ果てたり
206
天霧らし雪ふりてなんぢが妻は細りつつ息をつかんとすらし
207
あまつ日に屋上の雪かがやけりしづごころ無きいまのたまゆら
208
しろがねのかがよふ雪に見入りつつ何を求めむとする心ぞも
209
いまわれはひとり言いひたれどもあはれ哀れかかはりはなし
210
家にゐて心せはしく街ゆけば街には女おほくゆくなり (一月作)
211
ひつそりと心なやみて水かける松葉ぼたんはきのふ植ゑにし
212
しらじらと水のなかよりふふみたる水ぐさの花小さかりけり (八月作)
213
かりそめに病みつつ居ゐればうらがなし墓はらとほく雪つもる見ゆ
214
現身のわが血脈のやや細り墓地にしんしんと雪つもる見ゆ
215
あま霧し雪ふる見れば飯をくふ囚人のこころわれに湧きたり
216
わが庭に鶩ら啼きてゐたれども雪こそつもれ庭もほどろに
217
ひさかたの天の白雪ふりきたり幾とき経ねばつもりけるかも
218
枇杷の木の木ぬれに雪のふりつもる心愛憐みしまらくも見し
219
さにはべの百日紅のほそり木に雪のうれひのしらじらと降る
220
天つ雪はだらに降れどさにづらふ心にあらぬ心にはあらぬ (十二月作)
221
荘厳のをんな欲して走りたるわれのまなこに高山の見ゆ
222
風を引き鼻汁ながれたる一人男は駈足をせず富士の山見けり
223
これやこの行くもかへるも面黄なる電車終点の朝ぼらけかも
224
狂者もり眼鏡をかけて朝ぼらけ狂院へゆかず富士の山見居り
225
馬に乗りりくぐん将校きたるなり女難の相か然にあらずか
226
向ひには女は居たり青き甕もち童子になにかいひつけしかも
227
天竺のほとけの世より女人居りこの朝ぼらけをんな行くなり
228
雪ひかる三国一の富士山をくちびる紅き女も見たり (十二月作)
229
くろぐろと円らに熟るる豆柿に小鳥はゆきぬつゆじもはふり
230
蔵王山に雪かもふるといひしときはや班なりといらへけらずや
231
狂者らはPaederastieをなせりけり夜しんしんと更けがたきかも
232
ゴオガンの自画像みればみちのくに山蚕殺ししその日おもほゆ
233
をりをりは脳解剖書読むことありゆゑ知らに心つつましくなり
234
水のうへにしらじらと雪ふりきたり降りきたりつつ消えにけるかも
235
身ぬちに重大を感ぜざれども宿直のよるにうなじ垂れゐし
236
この里に大山大将住むゆゑにわれの心の嬉しかりけり (十二月作)
237
赤き旗けふはのぼらずどんたくの鉄砲山に小供らが見ゆ
238
日だまりの中に同様のうなゐらは皆走りつつ居たりけるかも
239
銃丸を土より掘りてよろこべるわらべの側を行き過ぎりけり
240
青竹を手に振りながら童子来て何か落ちゐぬ面もちをせり
241
ゆふ日とほく金にひかれば群童は眼つむりて斜面をころがりにけり
242
群童が皆ころがれば丘のへの童女かなしく笑ひけるかも
243
いちにんの童子ころがり極まりて空見たるかな太陽が紅し
244
射的場に細みづ湧きて流れければ童ふたりが水のべに来し (十月作)
245
霜ふればほろほろと胡麻の黒き実の地につくなし今わかれなむ
246
夕凝りし露霜ふみて火を恋ひむ一人のゆゑにこころ安けし
247
ながらふるさ霧のなかに秋花を我摘まんとす人に知らゆな
248
白雲は湧きたつらむか我ひとり行かむと思ふ山のはぎまに
249
神無月空の果てよりきたるとき眼ひらく花はあはれなるかも
250
独りなれば心安けし谿ゆきてくちびる触れむ木の実ありけり
251
ひかりつつ天を流るる星あれど悲しきかもよわれに向はず
252
行くかたのうら枯るる野に鳥落ちて啼かざりしかも入日赤きに
253
いのち死にてかくろひ果つるけだものを悲しみにつつ峡に入りけり
254
みなし児に似たるこころは立ちのぼる白雲に入りて帰らんとせず
255
もみぢ斑に照りとほりたる日の光りはざまにわれを動かざらしむ
256
わが歩みここに極まれ雲くだるもみぢ斑のなかに水のみにけり
257
はるばるも山峡に来て白樺に触りて居たり独りなりけれ
258
ひさかたの天のつゆじもしとしとと独り歩まむ道ほそりたり (十一月作)
259
あらはなる棺はひとつかつがれて穏田ばしを今わたりたり
260
自殺せし狂者の棺のうしろより眩暈して行けり道に入日あかく
261
陸橋にさしかかるとき兵来れば棺はしまし地に置かれぬ
262
泣きながすわれの涙の黄なりとも人に知らゆな悲しきなれば
263
鶉らは我はねむりて居たるらむ狂人の自殺果てにけるはや
264
死なねばならぬ命まもりて看護婦はしろき火かかぐ狂院のよるに
265
自らのいのち死なんと直いそぐ狂人を守りて火も恋ひねども
266
土のうへに赤棟蛇(棟:ママ)遊ばずなりにけり入る日あかあかと草はらに見ゆ
267
歩兵隊代々木のはらに群れゐしが狂人のひつぎひとつ行くなり
268
赤光のなかに浮びて棺ひとつ行き遙けかり野は涯ならん
269
わが足より汗いでてやや痛みあり靴にたまりし土ほこりかも
270
火葬場に細みづ白くにごり来も向うにひとが米を磨ぎたれば
271
死はも死はも悲しきものならざらむ目のもとに木の実落つたはやすきかも
272
両手をばズボンの隠しに入れ居たりおのが身を愛しと思はねどさびし
273
葬り火は赤々と立ち燃ゆらんか我がかたはらに男居りけり
274
うそ寒きゆふべなるかも葬り火を守るをとこが欠伸をしたり
275
骨瓶のひとつを持ちて価を問へりわが口は乾くゆふさり来り
276
納骨の箱は杉の箱にして骨がめは黒くならびたりけり
277
上野なる動物園にかささぎは肉食ひゐたりくれなゐの肉を
278
おのが身しいとほしきかなゆふぐれて眼鏡のほこり拭ふなりけり
279
自殺せる狂者をあかき火に葬りにんげんの世に戦きにけり
280
けだものは食もの恋ひて啼き居たり何といふやさしさぞこれは
281
ペリガンの嘴うすら赤くしてねむりけりかたはらの水光かも
282
ひたいそぎ動物園にわれは来たり人のいのちをおそれて来たり
283
わが目より涙ながれて居たりけり鶴のあたまは悲しきものを
284
けだもののにほひをかげば悲しくもいのちは明く息づきにけり
285
支那国のほそき少女の行きなづみ思ひそめにしわれならなくに
286
さけび啼くけだものの辺に潜みゐて赤き葬りの火こそ思へれ
287
鰐の子も居たりけりみづからの命死なんとせずこの鰐の子は
288
くれなゐの鶴のあたまを見るゆゑに狂人守をかなしみにけり
289
はしきやし暁星学校の少年の頼は赤羅ひきて冬さりにけり
290
泥いろの山椒魚は生きんとし見つつしをればしづかなるかも
291
除隊兵写真をもちて電車に乗りひんがしの天明けて寒しも
292
はるかなる南のみづに生れたる鳥ここにゐてなに欲しみ啼く
293
この夜ごろ眠られなくに心すら細らんとして告げやらましを
294
たのまれし狂者はつひに自殺せりわれ現なく走りけるかも
295
友のかほ青ざめてわれにもの云はず今は如何なる世の相かや
296
おのが身はいとほしければ赤棟蛇(棟:ママ)も潜みたるなり土の中ふかく
297
世の色相のかたはらにゐて狂者もり黄なる涙は湧きいて(ママ)にけり
298
やはらかに弱きいのちもくろぐろと甲はんとしてうつつともなし
299
寒ぞらに星ゐたりけりうらがなしわが狂院をここに立ち見つ
300
かの岡に瘋癲院のたちたるは邪宗来より悲しかるらむ
301
みやこにも冬さりにけり茜さす日向のなかに髭剃りて居る
302
遠国へ行かば剃刀のひかりさへ馴れて親しといへば歎かゆ (十一月作)
303
今しがた赤くなりて女中を叱りしが郊外に来て寒けをおぼゆ
304
郊外はちらりほらりと人行きてわが息づきは和むとすらん
305
郊外に未だ落ちゐぬこころもて螇蚸にぎれば冷たきものを
306
秋のかぜ吹きてゐたれば遠かたの薄のなかに曼珠沙華赤し
307
ふた本の松立てりけり下かげに曼珠沙華赤し秋かぜが吹き
308
いちめんの唐辛子畑に秋のかぜ天より吹きて鴉おりたつ
309
いちめんに唐辛子あかき畑みちに立てる童のまなこ小さし
310
曼珠沙華咲けるところゆ相むれて現身に似ぬ囚人は出づ
311
草の実はこぼれんとして居たりけりわが足元の日の光かも
312
赭土はこぶ囚人の眼の光るころ茜さす日は傾きにけり
313
トロッコを押す一人の囚人はくちびる赤し我をば見たり
314
片方に松二もとは立てりしが囚はれ人は其処を通りぬ
315
秋づきて小さく結りし茄子の果を寵に盛る家の日向に蝿居り
316
女のわらは入日のなかに両手もて龍に盛る茄子のか黒きひかり
317
天伝ふ日は傾きてかくろへば栗煮る家にわれいそぐなり
318
いとまなきわれ郊外にゆふぐれて栗飯食せば悲しこよなし
319
コスモスの闇にゆらげばわが少女天の戸に残る光を見つつ (十月作)
320
真夏の日てりかがよへり渚にはくれなゐの玉ぬれてゐるかな
321
海の香は山の彼方に生れたるわれのこころにこよなしかしも
322
七夜寝て珠ゐる海の香をかげば哀れなるかもこの香いとほし
323
白なみの寄するなぎさに林檎食む異国をみなはやや老いにけり
324
あぶらなす真夏のうみに落つる日の八尺の紅のゆらゆらに見ゆ
325
きこゆるは悲しきさざれうち浸す潮波とどろ湧きたるならむ
326
うしほ波鳴りこそきたれ海恋ひてここに寝る吾に鳴りてこそ来れ
327
もも鳥はいまだは啼かね海のなか黒光りして明けくるらむか
328
岩かげに海ぐさふみて玉ひろふくれなゐの玉むらさき斑のたま
329
海の香はこよなく悲し珠ひろふわれのこころに染みてこそ寄れ
330
桜実の落ちてありやと見るまでに赤き珠住む岩かげを来し
331
ながれ寄る沖つ藻見ればみちのくの春野小草に似てを悲しも
332
荒磯べに歎くともなき蟹の子の常くれなゐに見ゆらむあはれ
333
かすかなる命をもちて海つもの美しくゐる荒磯なるかな
334
いささかの潮のたまりに赤きもの生きて居たれば嬉しむかな
335
荒磯べに波見てをればわが血なし瞬きの間もかなしかりけり
336
海のべに紅毛の子の走りたるこのやさしさに我かへるなり
337
かぎろひの夕なぎ海に小舟入れ西方のひとはゆきにけるはも
338
くれなゐの三角の帆がゆふ海に遠ざかりゆくゆらぎ見えずも
339
月ほそく入りなんとする海の上ここよ遥けく舟なかりけり
340
ぬば玉のさ夜ふけにして波の穂の青く光れば恋しきものを
341
けふもまた岩かげに来つ靡き藻に虎斑魚の子かくろへる見ゆ
342
しほ鳴のゆくへ悲しと海のべに幾夜か寝つるこの海のべに
343
うけもちの狂人も幾たりか死にゆきて折をりあはれを感ずるかな
344
かすかなるあはれなる相ありこれの相に親しみにけり
345
くれなゐの百日紅は咲きぬれど此きやうじんはもの云はずけり
346
としわかき狂人守りのかなしみは通草の花の散らふかなしみ
347
気のふれし支那のをみなに寄り添ひて花は紅しと云ひにけるかな
348
このゆふべ脳病院の二階より墓地見れば花も見えにけるかな
349
ゆふされば青くたまりし墓みづに食血餓鬼は鳴きかゐるらむ
350
あはれなる百日紅の下かげに人力車ひとつ見えにけるかな (九月作)
351
おのが身をあはれとおもひ山みづに涙を落す人居たりけり
352
ものみなの饐ゆるがごとき空恋ひて鳴かねばならぬ蝉のこゑ聞ゆ
353
もの書かむと考へゐたれ耳ちかく蜩なけばあはれにきこゆ
354
夕さればむらがりて来る油むし汗あえにつつ殺すなりけり
355
かかる時菴羅の果をも恋ひたらば心落居むとおもふ悲しみ
356
むらさきの桔梗のつぼみ割りたれば蕋あらはれてにくからなくに
357
秋ぐさの花さきにけり幾朝をみづ遣りしかとおもほゆるかも
358
ひむがしのみやこの市路ひとつのみ朝草ぐるま行けるさびしも (七月作)
359
墓原に来て夜空見つ目のきはみ澄み透りたるこの夜空かな
360
なやましき真夏なれども天なれば夜空は悲しうつくしく見ゆ
361
きやう人を守りつつ住めば星のゐる夜ぞらも久に見ずて経にけり
362
目をあげてきよき天の原見しかども遠の珍のここちこそすれ
363
ひさびさに夜空を見ればあはれなるかな星群れてかがやきにけり
364
空見ればあまた星居りしかれども弥々とほくひかりつつ見ゆ
365
汗ながれてちまたの長路ゆくゆゑにかうべ垂れつつ行けるなりけり
366
久ひさに星ぞらを見て居りしかばおのれ親しくなりてくるかも (七月作)
367
とろとろとあかき落葉火もえしかば女の男の童をどりけるかも
368
雨ひと夜さむき朝けを目の下の死なねばならぬ鳥見て立てり
369
をんな寝る街の悲しきひそみ土ここに白霜は消えそめにけり
370
猫の舌のうすらに紅き手の触りのこの悲しさに目ざめけるかも
371
ほのかなる茗荷の花を見守る時わが思ふ子ははるかなるかも
372
をさな児の遊びにも似し我がけふも夕かたまけてひもじかりけり (研究室二首)
373
屈まりて脳の切片を染めながら通草のはなをおもふなりけり
374
みちのくの我家の里に黒き蚕が二たびねぶり目ざめけらしも (故郷三首)
375
みちのくに病む母上にいささかの胡瓜を送る障りあらすな
376
おきなぐさに唇ふれて帰りしがあはれあはれいま思ひ出でつも
377
曼珠沙華ここにも咲きてきぞの夜のひと夜の相あらはれにけり
378
秋に入る練兵場のみづたまりに小蜻蛉が卵を生みて居りけり
379
現身のわれをめぐりてつるみたる赤き蜻蛉が幾つも飛べり
380
酒の糟あぶりて室に食むこころ腎虚のくすり尋ねゆくこころ
381
けふもまた向ひの岡に人あまた群れゐて人を葬りたるかな
382
何ぞもとのぞき見しかば弟妹らは亀に酒をば飲ませてゐたり
383
太陽はかくろひしより海のうへ天の血垂りのこころよろしき
384
狂院に寝てをれば夜は温るし我に触るるなし蟾蜍は啼きたり
385
伽羅ぼくに伽羅の果こもりくろき猫ほそりてあゆむ夏のいぶきに
386
蛇の子はぬば玉いろに生れたれば石の間にもかくろひぬらむ
387
ほそき雨墓原に降りぬれてゆく黒土に烟草の吸殻を投ぐ
388
墓はらを白足袋はきて行けるひと遠く小さく悲しかりけり
389
萱草をかなしと見つる眼にいまは雨にぬれて行く兵隊が見ゆ
390
墓はらを歩み来にけり蛇の子を見むと来つれど春あさみかな
391
病院をいでて墓原かげの土踏めば何になごみ来しあが心ぞも
392
松風の吹き居るところくれなゐの提灯つけて分け入りにけり
393
さみだれは何に降りくる梅の実は熟みて落つらむこのさみだれに
394
にはとりの卵の黄味の乱れゆくさみだれごろのあぢきなきかな
395
胡頽子の果のあかき色ほに出づるゆゑ秀に出づるゆゑに歎かひにけり (おくにを憶ふ)
396
ぬば玉のさ夜の小床にねむりたるこの現身はいとほしきかな
397
しづかなる女おもひてねむりたるこの現身はいとほしきかな
398
鳥の子の毈に果てむこの心もののあはれと云はまくは憂し
399
あが友の古泉千樫は貧しけれさみだれの中をあゆみゐたりき
400
けふもまた雨かとひとりごちながら三州味噌をあぶりて食むも (六月作)
401
肉太の相撲とりこそかなしけれ赤き入り日に目かげをしたり
402
川向の金の入日をいまさらに今さらさらに我も見入りつ
403
猿の肉ひさげる家に灯がつきてわが寂しさは極まりにけり
404
猿の面いと赤くして殺されにけり両国ばしを渡り来て見つ
405
きな臭き火縄おもほゆ薬種屋に亀の甲羅のぶらさがり見ゆ
406
笛鳴ればかかれとてしもぬば玉の夜の灯ともりて舟ゆきにけり
407
冬河の波にさやりてのぼる舟橋のべに来て帆を下ろしつつ
408
あかき面安らかに垂れ稚な猿死にてし居れば灯があたりたり (一月作)
409
よる深くふと握飯食ひたくなり握めし食ひぬ寒がりにつつ
410
わが体ねむらむとしてゐたるとき外はこがらしの行くおときこゆ
411
遠く遠く流るるならむ灯をゆりて冬の疾風は行きにけるかも
412
長鳴くはかの犬族のなが鳴くは遠街にして火は燃えにけり
413
さ夜ふけと夜の更けにける暗黒にびようびようと犬は鳴くにあらずや
414
たちのぼる炎のにほひ一天を離りて犬は感じけるはや
415
夜の底をからくれなゐに燃ゆる火の天に輝りたれ長嶋きこゆ
416
生けるものうつつに生ける獣はくれなゐの火に長鳴きにけり (二月作)
417
常赤く火をし焚かんと現し身は木原へのぼるこころのひかり
418
山腹の木はらのなかへ堅凝りのかがよふ雪を踏みのぼるなり
419
天のもと光にむかふ楢木はら伐らんとぞする男とをんな
420
をとこ群れをんなは群れてひさかたの天の下びに木を伐りにけり
421
さんらんと光のなかに木伐りつつにんげんの歌うたひけるかも
422
ゆらゆらと空気を揺りて伐られたりけり斧のひかれば大木ひともと
423
山上に雲こそ居たれ斧ふりてやまがつの目はかがやきにけり
424
うつそみの人のもろもろは生きんとし天然のなかに斧ふり行くも
425
斧ふりて木を伐るそばに小夜床の陰のかなしさ歌ひてゐたり
426
もろともに男の面の赤赤と小雀もゐつつ山みづの鳴る
427
雪のうへ行けるをんなは堅飯と赤子を背負ひうたひて行けり
428
雪のべに火がとろとろと燃えぬれば赤子は乳をのみそめにけり
429
うち日さす都をいでてほそりたる我のこころを見んとおもへや
430
杉の樹の肌に寄ればあな悲し くれなゐの油滲み出るかなや
431
はるばるも来つれこころは杉の樹の紅の油に寄りてなげかふ
432
遠天に雪かがやけば木原なる大鋸くづ越えて小便をせり
433
みちのくの蔵王の山のやま腹にけだものと人と生きにけるかも (二月作)
434
しろがねの雪ふる山に人かよふ細ほそとして路見ゆるかな
435
赤茄子の腐れてゐたるところより幾程もなき歩みなりけり
436
満ち足らふ心にあらぬ 谷つべに酢をふける木の実を食むこころかな
437
山とほく入りても見なむうら悲しうら悲しとぞ人いふらむか
438
紅蕈の雨にぬれゆくあはれさを人に知らえず見つつ来にけり
439
山ふかく谿の石原しらじらと見え来るほどのいとほしみかな
440
かうべ垂れ我がゆく道にぽたりぽたり橡の木の実は落ちにけらずや
441
ひとり居て朝の飯食む我が命は短かからむと思ひて飯はむ (一月作)
442
寒ざむとゆふぐれて来る山のみち歩めば路は湿れてゐるかな
443
山ふかき落葉のなかに夕のみづ天より降りてひかり居りけり
444
何ものの眼のごときひかりみづ山の木はらに動かざるかも
445
現し身の瞳かなしく見入りぬる水はするどく寒くひかれり
446
都会のどよみをとほくこの水に口触れまくは悲しかるらむ
447
天さかる鄙の山路にけだものの足跡を見ればこころよろしき
448
なげきより覚めて歩める山峡に黒き木の実はこぼれ腐りぬ
449
寂しさに堪へて空しき我が肌に何か触れて来悲しかるもの
450
ふゆ山にひそみて玉のあかき実を啄みてゐる鳥見つ今は
451
風おこる木原をとほく入りつ日の赤き光りはふるひ流るも
452
赤光のなかの歩みはひそか夜の細きかほそきゆめごころかな (一月作)
453
くれなゐの鉛筆きりてたまゆらは慎しきかなわれのこころの
454
をさな妻をとめとなりて幾百日こよひも最早眠りゐるらむ
455
寝ねがてにわれ烟草すふ烟草すふ少女は最早眠りゐるらむ
456
いま吾は鉛筆をきるその少女安心をして眠りゐるらむ
457
わが友は蜜柑むきつつ染じみとはや抱きねといひにけらずや
458
けだものの暖かさうな寝すがた思ひうかべて独りねにけり
459
寒床にまろく締まりうつらうつら何時のまにかも眠りゐるかな
460
水のべの花の小花の散りどころ盲目になりて抱かれて呉れよ (一月作)
461
よるさむく火を警むるひようしぎの聞え来る頃はひもじかりけり
462
この宵はいまだ浅けれ床ぬちにのびつつ何か考へむとおもふ
463
尺八のほろほろと行く悲し音はこの世の涯に遠ざかりなむ
464
入りつ日の赤き光のみなぎらふ花野はとほく恍け溶くるなり
465
さだめなきものの魘の来る如く胸ゆらぎして街をいそげり
466
うらがなしいかなる色の光はや我のゆくへにかがよふらむか
467
生くるもの我のみならず現し身の死にゆくを聞きつつ飯食しにけり
468
をさな児のひとり遊ぶを見守りつつ心よろしくなりてくるかも (一月作)
469
なにか言ひたかりつらむその言も言へなくなりて汝は死にしか
470
はや死にてゆきしか汝いとほしと命のうちに吾はいひしかな
471
とほ世べに往なむ今際の目にあはず涙ながらに嬉しむものを
472
なにゆゑに泣くと額なで虚言も死に近き子に吾は言へりしか
473
これの世に好きななんぢに死にゆかれ生きの命の力なし我は
474
あのやうにかい細りつつ死にし汝があはれになりて居りがてぬかも
475
ひとたびは癒りて呉れよとうら泣きて千重にいひたる空しかるかな
476
この世にも生きたかりしか一念も申さず逝きしよあはれなるかも
477
何も彼もあはれになりて思ひづるお国のひと世はみじかかりしか
478
にんげんの現実は悲ししまらくも漂ふごときねむりにゆかむ
479
やすらかな眠もがもと此の日ごろ眠ぐすりに親しみにけり
480
なげかひも人に知らえず極まれば何に縋りて吾は行きなむか
481
しみ到るゆふべのいろに赤くゐる火鉢のおきのなつかしきかも
482
現身のわれなるかなと歎かひて火鉢をちかく身に寄せにけり
483
ちから無く鉛筆きればほろほろと紅の粉が落ちてたまるも
484
灰のへにくれなゐの粉の落ちゆくを涙ながしていとほしむかも
485
生きてゐる汝がすがたのありありと何に今頃見えきたるかや (一月作)
486
雨にぬるる広葉細葉のわか葉森あが言ふ声のやさしくきこゆ
487
いとまなき吾なればいま時の間の青葉の揺も見むとしおもふ
488
しみじみとおのに親しきわがあゆみ墓はらの蔭に道ほそるかな
489
やはらかに濡れゆく森のゆきずりに生の疲の吾をこそ思へ
490
よにも弱き吾なれば忍ばざるべからず雨ふるよ若葉かへるで
491
にんげんは死にぬ此のごと吾は生きて夕いひ食しに帰へらなむいま
492
黒土に足駄の跡の弱けれどおのが力とかへり見にけり
493
うちどよむ衢のあひの森かげに残るみづ田をいとしくおもふ
494
青山の町蔭の田の水さび田にしみじみとして雨ふりにけり
495
森かげの夕ぐるる田に白きとり海とりに似しひるがへり飛ぶ
496
寂し田に遠来し白鳥見しゆゑに弱ければ吾はうれしくて泣かゆ
497
くわん草は丈ややのびて湿りある土に戦げりこのいのちはや
498
はるの日のながらふ光に青き色ふるへる麦の嫉くてならぬ
499
春浅き麦のはたけにうごく虫手ぐさにはすれ悲しみわくも
500
うごき行く虫を殺してうそ寒く麦のはたけを横ぎりにけり
501
いとけなき心葬りのかなしさに蒲公英を掘るせとの岡べに
502
仄かにも吾に親しき予言をいはまくすらしき黄いろ玉はな (四月五月作)
503
おのが身をいとほしみつつ帰り来る夕細道に柿の花落つも
504
はかなき身も死にがてぬこの心君し知れらば共に行きなむ
505
さみだれのけならべ降れば梅の実の円大きくここよりも見ゆ
506
天に戦ぐほそ葉わか葉に群ぎもの心寄りつつなげかひにけり
507
かぎろひのゆふさりくれど草のみづかくれ水なれば夕光なしや
508
ゆふ原の草かげ水にいのちいくる蛙はあはれ啼きたるかなや
509
うつそみの命は愛しとなげき立つ雨の夕原に音するものあり
510
くろく散る通草の花のかなしさを稚くてこそおもひそめしか
511
おもひ出も遠き通草の悲し花きみに知らえず散りか過ぎなむ
512
道のべの細川もいま濁りみづいきほひながる夜の雨ふり
513
汝兄よ汝兄たまごが鳴くといふゆゑに見に行きければ卵が鳴くも
514
あぶなくも覚束なけれ黄いろなる円きうぶ毛が歩みてゐたり
515
見てを居り心よろしも鶏の子はついばみ乍らゐねむりにけり
516
庭つとり鶏のひよこも心がなし生れて鳴けば母にし似るも
517
乳のまぬ庭とりの子は自づから哀れなるかもよもの食みにけり
518
常のごと心足らはぬ吾にあれひもじくなりて今かへるなり
519
たまたまに手など触れつつ添ひ歩む枳殻垣にほこりたまれり
520
ものがくれひそかに煙草すふ時の心よろしさのうらがなしかり
521
青葉空雨になりたれ吾はいまこころ細ほそと別れゆくかも
522
天さかり行くらむ友に口寄せてひそかに何かいひたきものを (五月六月作)
523
蔵王をのぼりてゆけばみんなみの吾妻の山に雲のゐる見ゆ
524
たち上る白雲のなかにあはれなる山鳩啼けり白くものなかに
525
ま夏日の日のかがやきに桜の実熟みて黒しもわれは食みたり
526
あまつ日に目蔭をすれば乳いろの湛かなしきみづうみの見ゆ
527
死にしづむ火山のうへにわが母の乳汁の色のみづ見ゆるかな
528
秋づけばはらみてあゆむけだものも酸のみづなれば舌触りかねつ
529
赤蜻蛉むらがり飛べどこのみづに卵うまねばかなしかりけり
530
ひんがしの遠空にして絹いとのひかりは悲し海つ波なれば (八月作)
531
玉きはる命をさなく女童をいだき遊びき夜半のこほろぎ
532
こよひも生きてねむるとうつらうつら悲しき虫を聞きほくるなり
533
ことわりもなき物怨み我身にもあるが愛しく虫ききにけり
534
少年の流されびとのいとほしと思ひにければこほろぎが鳴く
535
秋なればこほろぎの子の生れ鳴く冷たき土をかなしみにけり
536
少年の流され人はさ夜の小床に虫なくよ何の虫よといひけむ
537
かすかなるうれひにゆるるわが心蟋蟀聞くに堪へにけるかな
538
蟋蟀の音にいづる夜の静けさにしろがねの銭かぞへてゐたり
539
紅き日の落つる野末の石の間のかそけき虫にあひにけるかも
540
足もとの石のひまより静けさに顫ひて出づる音に頼りにけり
541
入りつ日の入りかくろへば露満つる秋野の末にこほろぎ鳴くも
542
うちどよむちまたを過ぎてしら露のゆふ凝る原にわれは来にけり
543
星おほき花原くれば露は凝りみぎりひだりにこほろぎ鳴くも
544
こほろぎのかそけき原も家ちかみ今ほほ笑ふ女の童きこゆ
545
はるばると星落つる夜の恋がたり悲しみの世にわれ入りにけり
546
濠のみづ干ゆけばここに細き水流れ会ふかな夕ひかりつつ
547
女の童をとめとなりて泣きし時かなしく吾はおもひたりしか
548
さにづらふ少女ごころに酸漿の寵らふほどの悲しみを見し
549
ひとり歩む玉ひや冷とうら悲し月より降りし草の上の露
550
こほろぎはこほろぎゆゑに露原に音をのみぞ鳴く音をのみぞ鳴く (九月作)
551
なみだ落ちて懐しむかもこの室にいにしへ人は死に給ひにし (子規十周忌三首)
552
自からをさげすみ果てし心すら此夜はあはれ和みてを居ぬ
553
しづかに眼をつむり給ひけむ自づからすべては冷たくなり給ひけむ
554
涙ながししひそか事も、消ゆるかや、吾より秋なれば桔梗は咲きぬ (録三首)
555
きちかうのむらさきの花萎む時わが身は愛しとおもふかなしみ
556
さげすみ果てしこの身も堪へ難くなつかしきことありあはれあはれわが少女
557
栗の実の笑みそむるころ谿越えてかすかなる灯に向ふひとあり (録三首)
558
かどはかしに逢へるをとめのうつくしと思ひ通ひて谿越えにけり
559
うつくしき時代なるかな山賊はもみづる谿にいのち落せし
560
おのづからうら枯るるらむ秋ぐさに悲しかるかも実籠りにけり
561
ひさかたの霜ふる国に馬群れてながながし路くだるさみしみ
562
死に近き狂人を守るはかなさに己が身すらを愛しとなげけり
563
照り透るひかりの中に消ぬべくも蟋蟀と吾となげかひにけり
564
つかれつつ目ざめがちなるこの夜ごろ寐よりさめ聞くながれ水かな
565
朝さざれ踏みの冷めたくあなあはれ人の思の湧ききたるかも
566
秋川のさざれ踏み往き踏み来とも落ちゐぬ心君知るらむか
567
土のうへの生けるものらの潜むべくあな慌し秋の夜の雨
568
秋のあめ煙りて降ればさ庭べに七面鳥は羽もひろげず
569
寒ざむとひと夜の雨のふりしかば病める庭鳥をいたはり兼ねつ
570
ほそほそとこほろぎの音はみちのくの霜ふる国へとほ去りぬらむ
遠き世のガレーヌスは春のあけぼの 571
伽羅ぼくのこのみのごとく仄かなるはかなきものかpluma lociよ
572
ほのかなるものなりければをとめごはほほと笑ひてねむりたるらむ
573
とほき世のかりようびんがのわたくし児田螺はぬるきみづ恋ひにけり
574
田螺はも背戸の円田にゐると鳴かねどころりころりと幾つもゐるも
575
わらくづのよごれて散れる水無田に田螺の殻は白くなりけり
576
気ちがひの面まもりてたまさかは田螺も食べてよるいねにけり
577
赤いろの蓮まろ葉の浮けるとき田螺はのどにみごもりぬらし
578
味噌うづの田螺たうべて酒のめば我が咽喉仏うれしがり鳴る
579
南蛮の男かなしと恋ひ生みし田螺にほとけの性ともしかり
580
ためらはず遠天に入れと彗星の白きひかりに酒たてまつる
581
うつくしく瞬きてゐる星ぞらに三尺ほどなるははき星をり
582
きさらざの天たかくして彗星ありまなこ光りてもろもろは見る
583
入り日ぞら暮れゆきたれば尾を引ける星にむかひて子等走りたり
584
くれなゐの千しほのころも肌につけゆららゆららに寄りもこそ寄れ (録八首)
585
南蛮のをとこかなしと抱かれしをだまきの花むらさきのよる
586
なんばんの男いだけば血のこゑすその時のまの血のこゑかなし
587
南より笛吹きて来る黒ふねはつばくらめよりかなしかりけり
588
夕がらす空に啼ければにつぽんの女のくちもあかく触りぬれ
589
入り日空見たる女はうらぐはし乳房おさへて居たりけるかな
590
瞳青きをとこ悲しと島をとめほのぼのとしてみごもりにけり
591
なんばんの黒ふねゆれてはてし頃みごもりし人いまは死にせり
592
にほひたる畳のうへに白たまの静まりたるを見すぐしがてぬ (録三首)
593
しらたまの色のにほひを哀とぞ見し玉ゆらのわれやつみびと
594
罪ひとの触れんとおもふしら玉の戦きたらばすべなからまし
595
墓はらのとほき森よりほろほろと上るけむりに行かむとおもふ
596
木のもとに梅はめば酸しをさな妻ひとにさにづらふ時たちにけり
597
をさな妻こころに持ちてあり経れば赤き蜻蛉の飛ぶもかなしも
598
目を閉づれすなはち見ゆる淡々し光に恋ふるもさみしかるかな
599
ほこり風立ちてしづまるさみしみを市路ゆきつつかへりみるかも
600
このゆふべ塀にかわけるさび紅のべにがらの垂りをうれしみにけり
601
公園に支那のをとめを見るゆゑに幼な妻もつこの身愛しけれ
602
嘴あかき小鳥さへこそ飛ぶならめはるばる飛ばば悲しきろかも
603
細みづにながるる砂の片寄りに静まるほどのうれひなりけり
604
水さびゐる細江の面に浮きふふむこの水草はうごかざるかな
605
汗ばみしかうべを垂れて抜け過ぐる公園に今しづけさに会ひぬ
606
をさな妻をさなきままにその目より涙ながれて行きにけるかも
607
をだまきの咲きし頃よりくれなゐにゆららに落つる太陽こそ見にけれ
608
をさな妻ほのかに守る心さへ熱病みしより細りたるなれ (折々の作)
609
堀内はまこと死にたるかありの世かいめ世かくやしいたましきかも
610
信濃路のゆく秋の夜のふかき夜をなにを思ひつつ死にてゆきしか
611
うつそみの人の国をば君去りて何辺にゆかむちちははをおきて
612
早はやも癒りて来よと祈むわれになにゆゑに逝きし一言もなく
613
いまよりはまことこの世に君なきかありと思へどうつつにはなきか
614
深き夜のとづるまなこにおもかげに見えくる友をなげきわたるも
615
霜ちかき虫のあはれを君と居て泣きつつ聞かむと思ひたりしか (十月作)
616
黒き実の円らつぶらとひかる実の柿は一本たちにけるかも
617
浅草の仏つくりの前来れば少女まぼしく落日を見るも
618
本よみて賢くなれと戦場のわが兄は銭を呉れたまひたり
619
戦場のわが兄より来し銭もちて泣きゐたりけり涙が落ちて
620
桑畑の畑のめぐりに紫蘇生ひてちぎりて居ればにほひするかも
621
はるばると母は戦を思ひたまふ桑の木の実は熟みゐたりけり
622
けふの日は母の辺にゐてくろぐろと熟める桑の実食みにけるかも
623
かがやける真夏日のもとたらちねは戦を思ふ桑の実くろし
624
馬屋のべにをだまきの花乏しらにをりをり馬が尾を振りにけり
625
数学のつもりになりて考へしに五目並べに勝ちにけるかも
626
熱いでて一夜寝しかばこの朝け梅のつぼみをつばらかに見つ
627
春かぜの吹くことはげし朝ぼらけ梅のつぼみは大きかりけり
628
入りかかる日の赤きころニコライの側の坂をば下りて来にけり
629
寝て思へば夢の如かり山焼けて南の空はほの赤かりし
630
さ庭べの八重山吹の一枝ちりしばらく見ねばみな散りにけり
631
日輪がすでに真赤になりたれば物干にいでて欠伸せりけり
632
ゆふさりてランプともせばひと時は心静まりて何もせず居り
633
浄玻瓈にあらはれにけり脇差を差して女をいぢめるところ
634
飯の中ゆとろとろと上る炎見てほそき炎口のおどろくところ
635
赤き他にひとりぽつちの真裸のをんな亡者の泣きゐるところ
636
いろいろの色の鬼ども集りて蓮の華にゆびさすところ
637
人の世に嘘をつきけるもろもろの亡者の舌を抜き居るところ
638
罪計に涙ながしてゐる亡者つみを計れば巌より重き
639
にんげんは馬牛となり岩負ひて牛頭馬頭どもの追ひ行くところ
640
をさな児の積みし小石を打くづし紺いろの鬼見てゐるところ
641
もろもろは裸になれと衣剥ぐひとりの婆の口赤きところ
642
白き華しろくかがやき赤き華赤き光りを放ちゐるところ
643
ゐるものは皆ありがたき顔をして雲ゆらゆらと下り来るところ
あかき蛍かな 芭 蕉
644
蚕の室に放ちしほたるあかねさす昼なりければ首は赤しも
645
蚊帳のなかに放ちし蛍夕さればおのれ光りて飛びて居りけり
646
あかときの草の露たま七いろにかがやきわたり蜻蛉生れけり
647
あかときの草に生れて蜻蛉はも未だ軟らかみ飛びがてぬかも
648
小田のみち赤羅ひく日はのぼりつつ生れし蜻蛉もかがやきにけり (明治三十九年作)
649
来て見れば雪げの川べ白がねの柳ふふめり蕗の薹も咲けり (二首)
650
あづさ弓春は寒けど日あたりのよろしき処つくづくし萌ゆ
651
生きて来し丈夫がおも赤くなりをどるを見れば嬉しくて泣かゆ (二首)
652
凱旋り来て今日のうたげに酒をのむ海のますらをに髯あらずけり
653
み仏の生れましの日と玉蓮をさな朱の葉池に浮くらし (二首)
654
み仏のみ堂に垂るる藤なみの花の紫いまだともしも
655
青玉のから松の芽はひさかたの天にむかひて並びてを萌ゆ (二首)
656
春さめは天の乳かも落葉松の玉芽あまねくふくらみにけり
657
みちのくの仏の山のこごしこごし岩秀に立ちて汗ふきにけり (立石寺)
658
天の露落ちくるなべに現し世の野べに山べに秋花咲けり
659
涅槃会をまかりて来れば雪つめる山の彼方は夕焼のすも
660
小滝まで行かむは未だくたびれの息つく坂よ山鳩のこゑ
661
夕ひかる里つ川水夏くさにかくるる処まろき山見ゆ
662
淡青の遠のむら山たびごろもわが目によしと寝てを見にけり
663
火の山を回る秋雲の八百雲をゆらに吹きまく天つ風かも (蔵王山五首)
664
岩の秀に立てばひさかたの天の川南に垂れてかがやきにけり
665
天なるや群がりめぐる高ぼしのいよいよ清く山高みかも
666
雲の中の蔵王の山は今もかもけだもの住まず石あかき山
667
あめなるや月読の山はだら牛うち臥すなして目に入りにけり
668
病癒えし君がにぎ面の髯あたり目にし浮びてうれしくてならず (蕨真氏病癒ゆ)
669
花につく朱の小蜻蛉ゆふされば眠りけらしもこほろぎが鳴く
670
とほ世べの恋のあはれをこほろぎの語り部が夜々つぎかたりけり
671
月落ちてさ夜ほの暗く未だかも弥勒は出でず虫鳴けるかも
672
ヨルダンの河のほとりに虫なくと書に残りて年ふりにけり
673
なが月の清きよひよひ蟋蟀やねもころころに率寝て鳴くらむ
674
きのふ見し千草もあらず虫の音も空に消入りうらさびにけり
675
あきの夜のさ庭に立てばつちの虫音は細細と悲しらに鳴く
676
なが月の秋ゑらぎ鳴くこほろぎに螻蛄も交りてよき月夜かも
677
かぎろひの夕べの空に八重なびく朱の雲旗遠にいざよふ
678
岩根ふみ天路をのぼる脚底ゆいかづちぐもの湧き巻きのぼる
679
蔵王の山はらにして目を放つ磐城の諸嶺くも湧ける見ゆ
680
底知らに瑠璃のただよふ天の門に凝れる白雲誰まつ白雲
681
岩ふみて吾立つやまの火の山に雲せまりくる五百つ白雲
682
遠ひとに吾恋ひ居れば久かたの天のたな雲に鶴飛びにけり
683
あめつちの寄り合ふきはみ晴れとほる高山の背に雲ひそむ見ゆ
684
八重山の八谷かぜ起りひさかたの天に白雲のゆらゆらと立っ
685
たくひれのかけのよろしき妹が名の豊旗雲と誰がいひそめし
686
小旗ぐも大旗雲のなびかひに今し八尺の日は入らむとす
687
いなびかりふくめる雲のたたずまひ物ほしにのりてつくづくと見つ
688
ひと国をはるかに遠き天ぐもの氷雲のほとり行くは何ぞも
689
雲に入る薬もがもと雲恋ひしもろこしの君は昔死にけり
690
ひむがしの天の八重垣しろがねと笹べり赤く渡津見の雲
691
秋のひかり土にしみ照り苅しほに黄ばめる小田を馬が来る見ゆ
692
竹おほき山べの村の冬しづみ雪降らなくに寒に入りけり
693
ふゆの日のうすらに照れば並み竹は寒ざむとして霜しづくすも
694
窓の外に月照りしかば竹の葉のさやのふる舞あらはれにけり
695
しもの夜のさ夜のくだちに戸を押すや竹群が奥に朱の月みゆ
696
竹むらの影にむかひて琴ひかば清掻にしも引くべかりけり
697
月あかきもみづる山に小猿ども天つ領巾など欲りしてをらむ
698
猿の子の目のくりくりを面白み日の入りがたをわがかへるなり
699
まもりゐの縁の入り日に飛びきたり蝿が手をもむに笑ひけるかも
700
一人して留守居さみしら青光る蝿のあゆみをおもひ無に見し
701
留守をもるわれの机にえ少女のえ少男の蝿がゑらぎ舞ふかも
702
秋の日の畳の上に飛びあよむ蝿の行ひ見つつ留守すも
703
入り日さすあかり障子はばら色にうすら匂ひて蝿一つとぶ
704
事なくて見ゐる障子に赤とんぼかうべ動かす羽さへふるひ
705
まもりゐのあかり障子にうつりたる蜻蛉は行きて何も来ぬかも
706
留守もりて入り日紅けれ紙ふくろ猫に冠せんとおもほえなくに
707
今しいま年の来るとひむがしの八百うづ潮に茜かがよふ
708
高ひかる日の母を恋ひ地の廻り廻り極まりて天新たなり
709
東海に礉馭盧生 710
ひむがしの朱 711
年のはの真日のうるはしくれなゐを高きに上り目蔭 712
新装 713
天明 714
しだり尾のかけの雄鳥が鳴く声の野に遠音 715
ひむがしの空押し晴るし守 716
うるはしと思ふ子ゆゑに命欲り夢のうつらと年明けにけり
717
沖つとりかもかもせむと初春にこころ問して見まくたぬしも
718
打日さす大城の森のこ緑のいや時じくに年ほぐらしも
719
豊酒の屠蘇に吾ゑへば鬼子ども皆死ににけり赤き青きも
720
くれなゐの梅はよろしも新 721
あかときの畑の土のうるほひに散れる桐の花ふみて来にけり
722
青桐のしみの広葉の葉かげよりゆふべの色はひろごりにけり
723
ひむがしのともしび二つこの宵も相寄らなくてふけわたるかな
724
うつそみのこの世のくにに春はさり山焼くるかも天の足り夜を
725
ひさ方の天の赤瓊 726
うつし世は一夏 727
真夏日の雲の峯天 728
荒磯 729
秋の夜を灯 730
ほそほそと虫啼きたれば壁にもたれ膝に手を組む秋のよるかも
731
旅ゆくと井 732
晴れ透 733
小筑波 734
関屋 735
おり上り通り過がひしうま二つ遥かになりて尾を振るが見ゆ
736
山角 737
馬車とどろ角 738
山路わだ紅葉はふかく山たかくいよよ逼 739
とうとうと喇叭を吹けば塩はらの深染 740
つぬさはふ岩間を垂るるいは水のさむざむとして土わけ行くも
741
湯のやどのよるのねむりはもみぢ葉の夢など見つつねむりけるかも
742
夕ぐれの川べに立ちて落ちたぎつ流るる水におもひ入りたり
743
あかときを目ざめて居ればくだの音の近くに止みぬ馬車着けるらし
744
床ぬちにぬくまり居れば宿の女 745
世のしほと言のたふとき名に負へる塩はらの山色づきにけり
746
谷川の音をききつつ分け入れば一あしごとに山あざやけし
747
山深くひた入り見むと露じもに染みし紅葉を踏みつつぞ行く
748
三千尺 749
かへりみる谷の紅葉の明らけく天に響かふ山がはの鳴り
750
現し我が恋心なす水の鳴りもみぢの中に寵りて鳴るも
751
山川のたぎちのどよみ耳底にかそけくなりて峯を越えつも
752
ふみて入るもみぢが奥は横はる朽ち木の下を水ゆく音す
753
山がはの水のいきほひ大岩にせまりきはまり音とどろくも
754
うつそみは常なけれども山川に映ゆる紅葉をうれしみにけり
755
うつし身の稀らにかよふ秋やまに親しみて鳴く蟋蟀のこゑ
756
打ちわたす山の雑木の黄にもみぢ明るき峡に道入りにけり
757
もみぢ原ゆふぐれしづむ蟋蟀はこのさみしみに堪へて鳴くなり
758
つかれより美くしいめに入る如き思ひぞ吾がする蟋蟀のこゑ
759
もみぢ照りあかるき中に我が心空しくなりてしまし居りけり
760
しほ原の湯の出でどころとめ来ればもみぢの赤き処なりけり
761
山の湯のみなもとどころ鉄色 762
鉄 763
親馬にあまえつつ来る子馬にし心動きて過ぎがてにせり
764
あしびきの山のはざまの西開き遠くれなゐに夕焼くる見ゆ
765
橋のべのちひさ楓 766
天地のなしのまにまに寄り合へる貝の石あはれとことはにして
767
ほり出すいはほのひまの貝の石ただ珍らしみありがてぬかも
768
玉ゆらのうれしごころもとはの世へ消えなく行かむはかなむ勿れ
769
おくやまの深き岩間ゆ海つもの石と成り出づ君に恋ふるとき
770
もみぢ葉の過ぎしを思ひ繁き世に触りつるなべに悲しみにけり
771
山峡のもみぢに深く相こもりほれ果てなむか峡のもみぢに
772
もみぢ斑の山の真洞に雲おり来雲はをとめの領巾 773
火に見ゆる玉手の動き少女らは何 774
天そそる白くもが上のいかし山夜見 775
まぼろしにもの恋ひ来れば山川の鳴る谷際 776
潮沫 777
やうらくの珠はかなしと歎 778
宵 779
をさな妻こころに守 780
かがまりて見つつかなしもしみじみと水湧き居れば砂うごくかな
781
夏晴れのさ庭の木かげ梅の実のつぶらの影もさゆらぎて居り
782
春闌けし山峡の湯にしづ籠り楤 783
馬に乗り湯どころ来つつ白梅のととのふ春にあひにけるかも
784
ひとり居て卵 785
干柿を弟の子に呉れ居れば淡々と思ひいづることあり
786
ゆふぐれのほどろ雪路をかうべ垂れ湿れたる靴をはきて行くかも
787
世のなかの憂苦 788
春の風ほがらに吹けばひさかたの天 789
萱 790
青山の町かげの田の畔みちをそぞろに来つれ春あさみかも
791
春あさき小田の朝道あかあかと金気 792
明けがたに近き夜さまのおのづから我心にし触るらく思ほゆ
793
天竺のほとけの世より子らが笑 794
さみだれはきのふより降り行々子 795
八百会 796
重かりし熱の病のかくのごと癒えにけるかとかひな撫 797
蜩 798
あな甘 799
まことわれ癒えぬともへば群ぎものこころの奥がに悲しみ湧くも
800
やまひ去り嬉しみ居ればほのぼのに心ぐけくもなりて来るかも
801
たまたまの現 802
病みぬればほのぼのとしてあり経 803
いはれ無 804
しまし間も今の悶えの酒狂 805
閉づる目ゆ熱き涙のはふり落ちはふり落ちつつあきらめ兼ねつ
806
やみ恍 807
みちのくに我稚くて熱を病みしその日仄かにあらはれにけり
808
おとろへし胸に真手 809
熱落ちておとろへ出で来もこのごろの日八日夜八夜 810
恣にやせ頬にのびし硬 811
うそ寒くおぼえ目ざめし室 812
ぬば玉のふくる夜床に目ざむればをなご狂 813
かうべ上げ見ればさ庭の椎の木の間おほき月入るよるは静かに
814
日を継ぎて現身さぶれ蝉の声も清 815
現身ははかなけれども現し身になるが嬉しく嬉しかりけり
816
おのが身し愛 817
火鉢べにほほ笑 818
病みて臥すわが枕べに弟妹 819
わらは等は汝兄 820
平凡に堪へがたき性 821
なに故に花は散りぬる理法 822
とめどなく物思ひ居ればさ庭べに未だいはけなく蟋蟀鳴くも
823
宵浅き庭を歩めばあゆみ路のみぎりひだりに蟋蟀なくも
824
宵毎に土にうまれし蟋蟀のまだいとけなく啼きて悲しも
825
さ庭べに何の虫ぞも鉦うちて乞ひのむがごとほそほそと鳴くも
826
玉ゆらにほの触れにけれ延 827
いつくしく瞬きひかる七星 828
神無月 829
うらがれにしづむ花野の際涯 830
よひよひの露冷えまさる遠空をこほろぎの子らは死にて行くらむ
831
この度 832
隣室 833
熱落ちてわれは日ねもす夜もすがら椎な児のごと物を思へり
834
のび上り見れば霜月
赤光目次
■このファイルについて
○原文で用いられている旧字体は、現行の新字体に変更しました。
歌数:茂吉自身は、「巻末に」で833首と書いていますが、実際には834首です。
○「赤光」…再版(大正4年7月1日発行)
入力:今井安貴夫
9 口 ぶ え
10 神田の火事
11 女学院門前
12 呉竹の根岸の里
13 さんげの心
14 墓 前
明治四十五年
大 正 元 年
1 雪ふる日
2 宮益坂
3 折に触れて
4 青山の鉄砲山
5 ひとりの道
6 葬り火
黄涙余録の一
7 冬 来
黄涙余録の二
8 柿乃村人へ 黄涙余録の三
9 郊外の半日
10 海辺にて
狂人守
12 土屋文明へ
13 夏の夜空
14 折々の歌
15 さみだれ
16 両 国
17 犬の長鳴
18 木 こ り 羽前国高湯村
19 木 の 実
20 睦岡山中
21 或る夜
明治四十四年
1 此の日頃
2 お く に
3 うつし身
4 うめの雨
5 蔵王山
6 秋の夜ごろ
7 折に触れて
8 Ornamentum をかなしみぬ。われは
東海の国の伽羅の木かげPluma loci と
いひてなげかふ。
明治四十三年
1 田螺と彗星
2 南蛮男
3 をさな妻
4 悼堀内卓
自明治三十八年
至明治四十二年
1 折に触れ 明治三十八年作
2 地獄極楽図 明治三十九年
3 蛍
昼見れば首筋
4 折に触れて 明治三十九年作
5 虫 明治四十年作
6 雲 明治四十年作
7 苅しほ 明治四十年作
8 留守居 明治四十年作
9 新年の歌 明治四十一年作
10 雑 歌 明治四十一年作
塩原行 明治四十一年作
12 折に触れて 明治四十二年作
13 細り身 明治四十二年作
14 分病室 明治四十二年作
赤光 をはり
(略)
挿画
蜜柑の収穫………木下杢太郎氏
彫 刻………伊上凡骨氏
通草のはな…………平福百穂氏
三色版………田中製版所
仏頭………………木下杢太郎氏
巻末に
○明治三十八年より大正二年に至る足かけ九年間の作八百三十三首を以てこの一巻を編んだ。たまたま伊藤左千夫先生から初めて教をうけた頃より先生に死なれた時までの作になつてゐる。アララギ叢書第二編が予の歌集の割番に当った時、予は先ずこの一巻を左千夫先生の前に捧呈しようと思つた。而して、今から見ると全然棄てなければならぬ様なひどい作までも輯録して往年の記念にしようとした。特に近ごろの予の作が先生から賞められるような事は殆ど無かったゆゑに、大正二年二月以降の作は雑誌に発表せずにこの歌集に収めてから是非先生の批評をあふがうと思って居た。ところか七月三十日の、この歌集編輯かやうやく大正二年度か終ったばかりの頃に、突如として先生に死なれて仕舞った。それ以来気が落つかず、清書するさへ臆劫になった。後半の順序の統一しないのは其為めである。最初の心と今の心と何という相違であろう。それでもどうにか歌集は出来上がつた。悲しくも予はこの一巻を先生の霊前にささげねばならぬ。
○平福百穂、木下杢太郎の二氏が特に本書のために絵を賜わった事は予のこよなき光栄である。そのうち木下杢太郎氏の仏頭図は明治四十三年十月三田文学に出た時分から密かに心に思って居たものである。このたび予の心願かなつて到々予のものになったのである。また、本書発行に就いて予を励まし便利を賜はつた長塚節、島木赤彦、中村憲吉、蕨桐軒、古泉千樫の諸氏並びに信濃諸同人に対し、又「とうとうと喇叭を吹けば」の句を賜はつた清水謙一郎氏に対し深く感謝の念をささぐ。
○文法の誤の数ケ所あること。送仮名法の一定せざること。漢字使用法の曖昧なること等は、臆劫な為めにその儘にして置いた。本書の作物は今ごろ発行して読んでもらうのには、工合の悪いのが多い。しかし同じく読んで頂く以上は自分に比較的親しいのを読んで頂こうと思って、新しい方を先にした。初まりの方を一寸読んで頂くという心持である。本書は予のはじめての歌集である。世の先輩諸氏からいろいろ教えて頂いて、もっと勉強したい。
○本書の「赤光」という名は仏説阿弥陀経から採ったのである、書く迄もなく彼経には「池中蓮華大如車輪青色青光黄色黄光赤色赤光白色白光微妙香潔」という甚だ音調の佳いところがある。予が未だ童子の時分に遊び仲間に魔法師が居て切りに御経を暗誦して居た。梅の実をひろうにも水を浴びるにも「しやくしき、しやくくわう、びやくしき、びやくくわう」と誦して居た。「しやくくわう」とは「赤い光」の事であると知ったのは東京に来てから、多分開成中学の二年ぐらゐの時、浅草に行って新刻訓点浄土三部妙典という赤い表紙の本を買った時分のころである。そのとき非常に嬉しかつたと記憶してゐる。本書に赤い衣を着せたのも其が関係がある。その頃は丁度露伴の「日輪すでに赤し」の句を発見した時分である。考へて見る春機発動期に入つたころである。それから繰つて見ると明治三十八年は予の二十五歳のときである。
大正二年九月二十四日よるしるす。
標題:赤光
著者:齋藤茂吉
本文:大正二年十月十五日発行(初版)
(アララギ叢書第二編)
発行所 東雲堂書店
表記:原文の表記を尊重しますが、Webでの読みやすさ等に配慮して以下のように扱いました。
○本文のかなづかいは、原文通りとしました。
○歌番号を追加しました。
○67首目「朝日」のふりがなは「あさめ」となっています。「改選初版」では、「日→目」に訂正していますので、それに従い「目」に直しました。
○330首目「桜実」のふりがなは、「さ らご」となっています。「再版」では「さくらご」となっていますので、「く」を補いました。
参照:以下の諸本を参照しました。
○「赤光」…五版(大正8年11月10日発行)
○「赤光」…改選初版(大正10年11月1日発行)
○「赤光」…復刻版(新選 名著復刻全集 近代文学館、昭和47年4月10日発行 第5刷))
○「赤光」…岩波文庫(昭和28年10月5日発行 第6刷)
○「赤光」…岩波文庫(1999年2月16日発行改版 第4刷)
ファイル作成:里実工房
公開:2004年12月28日 里実文庫
修正版公開:2011年8月19日