序  わたしたちは、氷砂糖[こほりざとう]をほしいくらゐもたないでも、きれいにすきとほつた風[かぜ]をたべ、桃[もゝ]いろのうつくしい朝[あさ]の日光[につくわう]をのむことができます。  またわたくしは、はたけや森[もり]の中[なか]で、ひどいぼろぼろのきものが、いちばんすばらしいびらうどや羅紗[らしや]や、宝[はう]石[せき]いりのきものに、かはつてゐるのをたびたび見[み]ました。  わたくしは、さういふきれいなたべものやきものをすきです。  これらのわたくしのおはなしは、みんな林[はやし]や野[の]はらや鉄道線路[てつだうせんろ]やらで、虹[にぢ]や月[つき]あかりからもらつてきたのです。  ほんたうに、かしはばやしの青[あを]い夕方[ゆふがた]を、ひとりで通[とほ]りかかつたり、十一月[ぐわつ]の山[やま]の風[かぜ]のなかに、ふるえながら立[た]つたりしますと、もうどうしてもこんな気[き]がしてしかたないのです。ほんたうにもう、どうしてもこんなことがあるやうでしかたないといふことを、わたくしはそのとほり書[か]いたまでです  ですから、これらのなかには、あなたのためになるところもあるでせうし、ただそれつきりのところもあるでせうが、わたくしには、そのみわけがよくつきません。なんのことだか、わけのわからないところもあるでせうが、そんなところは、わたくしにもまた、わけがわからないのです。  けれども、わたくしは、これらのちいさなものがたりの幾[いく]きれかが、おしまひ、あなたのすきとほつたほんたうのたべものになることを、どんなにねがふかわかりません。    大正十二年十二月二十日           宮 澤  賢 治     目  次 どんぐりと山猫……………………………(一九二一・九・一九)…………… 一 狼森と笊森、盗森…………………………(一九二一・一一・……)…………二三 注文の多い料理店…………………………(一九二一・一一・一〇)…………四三 烏の北斗七星………………………………(一九二一・一二・二一)…………六五 水仙月の四日………………………………(一二九二二・一・一九)…………八三 山男の四月…………………………………(一九二二・ 四・ 七)………一〇三 かしはばやしの夜…………………………(一九二一・ 八・二五)………一二三 月夜のでんしんばしら……………………(一九二一・九・一四)…………一五五 鹿踊のはじまり……………………………(一九二一・一九・一五)………一七一 ■このファイルについて 標題:注文の多い料理店     序     目次 著者:宮澤賢治 発行:大正十三年十二月一日 販売元:杜陵出版部/東京光原社 本文:「注文の多い料理店」      新選 名著復刻全集 近代文学館   昭和51年4月1日 発行                               (第14刷) 表記:原文の表記を尊重しつつ、Webでの読みやすさを考慮して、以下のように扱います。 ○誤字・脱字等は訂正せず、底本通りとしました。 ○本文のかなづかいは、底本通りとしました。 ○旧字体は、現行の新字体に替えました。だだし、新字体に替えなかった漢字もあります。新字体がない場合は、旧字体をそのまま用いました。 入力:今井安貴夫 ファイル作成:里実工房 公開:2005年9月2日