どんぐりと山猫

宮澤賢治




1

おかしなはがきが、ある土曜日どえうびゆふがた、一郎いちらうのうちにきました。
   かねた一郎さま 九月十九日
   あなたは、ごきげんよろしいほで、けつこです。
   あした、めんどなさいばんしますから、おいで
   んなさい。とびどぐもたないでくなさい。
                      山ねこ 拝

2

こんなのです。はまるでへたで、すみもがさがさしてゆびにつくくらゐでした。けれども一郎いちらうはうれしくてうれしくてたまりませんでした。はがきをそつと学校がくかうのかばんにしまつて、うちぢうとんだりはねたりしました。

3

どこにもぐつてからも、山猫やまねこにやあ・・・としたかほや、そのめんだうだといふ裁判さいばんのけしきなどをかんがへて、おそくまでねむりませんでした。

4

けれども、一郎いちらうをさましたときは、もうすつかりあかるくなつてゐましたおもてにでてみると、まはりのやまは、みんなたつたいまできたばかりのやうにうるうるもりあがつて、まつさをなそらのしたにならんでゐました。一郎いちらうはいそいでごはんをたべて、ひとり谷川たにがは沿つたこみちを、かみのはうへのぼつて行きました。

5

すきとほつたかぜがざあつとくと、くりはばらばらとをおとしました。一郎いちらうくりをみあげて、
くりくり、やまねこがここをとほらなかつたかい。」とききました。くりはちよつとしづかになつて、「やまねこなら、けさはやく、馬車ばしやでひがしのはうんできましたよ。」とこたへました。
ひがしならぼくのいくはうだねえ、おかしいな、とにかくもつといつてみやう。くりありがたう。」

6

くりはだまつてまたをばらばらとおとしました。

7

一郎いちらうがすこし行きますと、そこはもうふえふきのたきでした。ふえふきのたきといふのは、まつしろいはがけのなかほどに、ちいさなあながあいてゐて、そこからみづふえのやうにつてし、すぐたきになつて、ごうごうたににおちてゐるのをいふのでした。

8

一郎いちらうたきいてさけびました。
「おいおい、ふえふき、やまねこがここをとほらなかつたかい。」たきがぴーぴーこたへました。
「やまねこは、さつき、馬車ばしや西にしはうんできましたよ。」
「おかしいな、西にしならぼくのうちのはうだ。けれども、まあもすこつてみやうふえふき、ありがたう。」

9

たきはまたもとのやうにふえきつゞけました。

10

一郎いちらうがすこしきますと、一ぽんのぶなののしたに、たくさんのしろいきのこが、どつてこどつてこどつてこと、へん楽隊がくたいをやつてゐました。

11

一郎いちらうはからだをかがめて、
「おい、きのこ、やまねこが、こゝをとほらなかつたかい。」 とききました。するときのこは
「やまねこなら、けさはやく、馬車ばしやみなみはうんできましたよ。」とこたへました。一郎いちらうくびをひねりました。
「みなみならあつちのやまのなかだ。おかしいな。まあもすこしつてみやう。きのこ、ありがたう。」

12

きのこはみんないそがしきうに、どつてこどつてこと、あのへんな楽隊がくたいをつづけました。

13

一郎いちらうはまたすこしきました。すると一ぽんのくるみのこずゑを、栗鼠りすがぴよんととんでゐました。一郎いちらうはすぐまねぎしてそれをとめて、
「おい、りす、やまねこがここをとほらなかつたかい。」とたづねました。するとりすは、うへから、ひたひをかざして、一郎いちらうながらこたへました。
「やまねこなら、けさまだくらいうちに馬車ばしやでみなみのはうんできましたよ。」
「みなみへ行つたなんて、ふたとこでそんなことをふのはおかしいなあ。けれどもまあもすこし行つてみやう。りす、ありがたう。」りすはもうませんでした。たゞくるみのいちばんうへえだがゆれ、となりのぶなのがちらつとひかつただけでした。

14

一郎いちらうがすこしきましたら、谷川たにがはにそつたみちは、もうほそくなつてえてしまひました。そして谷川たにがはみなみの、まつくろかやもりはうへ、あたらしいちいさなみちがついてゐました。一郎いちらうはそのみちをのぼつて行きました。かやえだはまつくろにかさなりあつて、あをぞらはひときれもえず、みちはたいへんきうさかになりました。一郎いちらうかほをまつかにして、あせをぽとぽとおとしながら、そのさかをのぼりますと、にはかにぱつとあかるくなつて、がちくつとしました。そこはうつくしい黄金きんいろの草地くさちで、くさかぜにざわざわり、まはりは立派りつばなオリーヴいろのかやののもりでかこまれてありました。

15

その草地くさちのまんなかに、せいのひくいおかしなかたちをとこが、ひざげて革鞭かわむちをもつて、だまつてこつちをみてゐたのです。

16

一郎いちらうはだんだんそばへつて、びつくりしてちどまつてしまひました。そのをとこは、片眼かためで、えないはうは、しろくびくびくうごき、上着うはぎのやうな半天はんてんのやうなへんなものをて、だいいちあしが、ひどくまがつて山羊やぎのやう、ことにそのあしさきときたら、ごはんをもるへらのかたちだつたのです。一郎いちらう気味きみわるかつたのですが、なるべくちついてたづねました。
「あなたは山猫やまねこをしりませんか。」

17

するとそのをとこは、横眼よこめ一郎いちらうかほて、くちをまげてにやつとわらつてひました。
やまねこさまはいますぐに、こゝにもどつておやるよ。おまへは一郎いちらうさんだな。」

18

一郎いちらうはぎよつとして、ひとあしうしろにさがつて、
「え、ぼく一郎いちうです。けれども、どうしてそれをつてますか。」と言ひましたするとその奇体きたいをとこはいよ いよにやにやしてしまひました。
「そんだら、はがきだべ。」
ました。それでたんです。」
「あのぶんしやうは、ずゐぶん下手へただべ。」とをとこしたをむいてかなしさうにひました。一郎いちらうはきのどくになつて、
「さあ、なかなか、ぶんしやうがうまいやうでしたよ。」 と言ひますと、をとこはよろこんで、いきをはあはあして、みゝのあたりまでまつになり、きものゝえりをひろげて、かぜをからだにれながら、
「あのもなかなかうまいか。」ときゝました。一郎いちらうは、おもはずわらひだしながら、へんじしました。
「うまいですね。五年生ごねんせいだつてあのくらゐにはけないでせう。」

19

するとをとこは、きうにまたいやなかほをしました。
五年生ごねんせいつていふのは、尋常五年生じんじやうごねんせいだべ。」そのこゑが、あんまりちからなくあはれにきこえましたので、一郎いちらうはあわてゝひました。
「いゝえ、大学校だいがくかう五年生ねんせいですよ。」

20

すると、をとこはまたよろこんで、まるで、かほぢうくちのやうにして、にたにたにたにたわらつてさけびました。
「あのはがきはわしがいたのだよ。」一郎いちらうはおかしいのをこらえて、
「ぜんたいあなたはなにですか。」とたづねますと、をとこきふにまじめになつて、
「わしはやまねこさまの馬車別当ばしやべつたうだよ。」とひました。

21

そのとき、かぜがどうといてきて、くさはいちめんなみだち、別当べつたうは、きふにていねいなおぢぎをしました。

22

一郎いちらうはおかしいとおもつて、ふりかへつてますと、そこに山猫やまねこが、いろな陣羽織じんばをりのやうなものをて、みどりいろのをまんまるにしてつてゐました。やつぱり山猫やまねこみゝは、つてとがつてゐるなと、一郎いちらうがおもひましたら、やまねこはぴよこつとおぢぎをしました。一郎いちらうもていねいに挨拶あいさつしました。
「いや、こんにちは、きのふははがきをありがたう。」

23

山猫やまねこはひげをぴんとひつぱつて、はらをつきしてひました。
「こんにちは、よくいらつしやいました。じつはおとゝひから、めんだうなあらそひがおこつて、ちよつと裁判さいばんにこまりましたので、あなたのおかんがへを、うかがひたいとおもひましたのです。まあ、ゆつくり、おやすみください。ぢき、どんぐりどもがまゐりませう。どうもまいとし、この裁判さいばんでくるしみます。」やまねこは、ふところから、巻煙草まきばこはこを出だして、じぶんが一本いつぽんくわい、
「いかゞですか。」と一郎いちらうしました。一郎いちらうはびつくりして、
「いゝえ。」と言ひましたら、やまねこはおほやうにわらつて、
「ふゝん、まだおわかいから、」と言ひながら、マッチをしゅつとつて、わざとかほをしかめて、あをいけもりをふうときました。やまねこの馬車別当ばしやべつうは、けの姿勢しせいで、しやんとつてゐましたが、いかにも、たばこのほしいのをむりにこらえてゐるらしく、なみだをぼろぼろこぼしました。

24

そのとき、一郎いちらうは、あしもとでパチパチしほのはぜるやうな、おとをきゝました。びつくりしてかゞんでますと、くさのなかに、あつちにもこつちにも、黄金きんいろのまるいものが、ぴかぴかひかつてゐるのでした。よくみると、みんなそれはあかいずぼんをはいたどんぐりで、もうそのかずときたら、三びやくでもかないやうでした。わあわあわあわあ、みんななにかつてゐるのです。
「あ、たな。ありのやうにやつてくる。おい、さあ、はやくベルをらせ。今日けふはそこが日当ひあたりがいゝから、そこのとこのくされ。やまねこはまきたばこをげすてゝ、おほいそぎで馬車別当ばしやべつたうにいひつけました。馬車別当ばしやべつたうもたいへんあわてゝ、こしからおほきなかまをとりだして、ざつくざつくと、やまねこのまへのとこのくさりました。そこへ四方しはうくさのなかゝら、どんぐりどもが、ぎらぎらひかつて、して、わあわあわあわあ言ひました。

25

馬車別当ばしやべつたうが、こんどはすゞをがらんがらんがらんがらんとりました。おとはかやのもりに、がらんがらんがらんがらんとひゞき、黄金きんのどんぐりどもは、すこししづかになりました。るとやまねこは、もういつか、くろなが繻子しゆすふくて、勿体もつたいらしく、どんぐりどものまへにすわつてゐました。まるで奈良ならのだいぶつさまにさんけいするみんなののやうだと一郎いちらうはおもひました。別当べつたうがこんどは、革鞭かはむちを二三べん、ひゆうぱちつ、ひゆう、ぱちつとらしました。

26

そらあをくすみわたり、どんぐりはぴかぴかしてじつにきれいでした。
裁判さいばんももう今日けふ三日目みつかめだぞ、いゝ加減かげんになかなほりをしたらどうだ。」やまねこが、すこし心配しんばいさうに、それでもむりに威張ゐばつてひますと、どんぐりどもは口々くちぐちさけびました。
「いえいえ、だめです、なんといつたつてあたまのとがつてるのがいちばんえらいんです。そしてわたしがいちばんとがつてゐます。」
「いゝえ、ちがひます。まるいのがえらいのです。いちばんまるいのはわたしです。」
おほきなことだよ。おほきなのがいちばんえらいんだよ。わたしがいちばんおほきいからわたしがえらいんだよ。」
「さうでないよ。わたしのはうがよほどおほきいと、きのふも判事はんじさんがおつしやつたぢやないか。」
「だめだい、そんなこと。せいのたかいのだよ。せいのたかいことなんだよ。」
しつこのえらいひとだよ。しつこをしてきめるんだよ。」もうみんな、がやがやがやがやつて、なにがなんだか、まるではちをつゝついたやうで、わけがわからなくなりました。そこでやまねこがさけびました。
「やかましい。こゝをなんとこゝろえる。しづまれ、しづまれ。」

27

別当べつたうがむちをひゆうばちつとならしましたのでどんぐりどもは、やつとしづまりました。やまねこは、ぴんとひげをひねつて言ひました。
裁判さいばんももうけふで三日日みつかだぞ。いゝ加減かげんなかなほりしたらどうだ。」

28

すると、もうどんぐりどもが、くちぐちに云ひました。
「いえいえ、だめです。なんといつたつて、あたまのとがつてゐるのがいちばんえらいのです。」
「いゝえ、ちがひます。まるいのがえらいのです。」
「さうでないよ。おほきなことだよ。」がやがやがやがや、もうなにがなんだかわからなくなりました。山猫やまねこさけびました。
「だまれ、やかましい。こゝをなんと心得こゝろえる。しづまれしづまれ。」別当べつたうが、むちをひゆうばちつとらしました。山猫やまねこがひげをぴんとひねつて言ひました。
裁判さいばんももうけふで三日目みつかめだぞ。いゝ加減かんになかなほりをしたらどうだ。」
「いえ、いえ、だめです。あたまのとがつたものが……。」がやがやがやがや。

29

やまねこがさけびました。
「やかましい。こゝをなんとこゝろえる。しづまれ、しづまれ。」別当べつたうが、むちをひゆうばちつとらし、どんぐりはみんなしづまりました。山猫やまねこ一郎いちらうにそつとまをしました。
「このとほりです。どうしたらいゝでせう。」一郎いちらうはわらつてこたへました。
「そんなら、かうひわたしたらいゝでせう。このなかでいちばんばかで、めちやくちやで、まるでなつてゐないやうなのが、いちばんえらいとね。ぼくお説教せつけうできいたんです。」山猫やまねこはなるほどといふふうにうなづいて、それからいかにも気取きどつて、繻子しゆすのきものゝえりひらいて、いろの陣羽織じんばをりをちよつとしてどんりどもにまうしわたしました。
「よろしい。しづかにしろ。まうしわたしだ。このなかで、いちばんえらくなくて、ばかで、めちやくちやで、てんでなつてゐなくて、あたまのつぶれたやうなやつが、いちばんえらいのだ。」

30

どんぐりは、しいんとしてしまひました。それはそれはしいんとして、かたまつてしまひました。

31

そこで山猫やまねこは、くろ繻子しゆすふくをぬいで、ひたいあせをぬぐひながら、一郎いちろうをとりました。別当べつたうおほよろこびで、五六ペん、むちをひゆうぱちつ、ひゆうぱちつ、ひゆうひゆうばちつとらしました。やまねこがひました。
「どうもありがたうございました。これほどのひどい裁判さいばんを、まるで一分半ぷんはんでかたづけてくださいました。どうかこれからわたしの裁判所さいばんじよの、名誉判事めいよはんじになつてください。これからも、葉書はがきつたら、どうかてくださいませんか。そのたびにおれいはいたします。」
承知しようちしました。おれいなんかいりませんよ。」
「いゝえ、おれいはどうかとつてください。わたしのじんかくにかゝはりますから。そしてこれからは、葉書はがきにかねた一郎いちらうどのといて、こちらを裁判所さいばんしよとしますが、ようございますか。」

32

一郎いちらうが「えゝ、かまひません。」とまうしますと、やまねこはまだなにかひたさうに、しばらくひげをひねつて、をぱちぱちさせてゐましたが、たうたう決心けつしんしたらしくしました。
「それから、はがきの文句もんくですが、これからは、用事ようじこれありにき、明日出頭めうにちしゆつとうすべしといてどうでせう。」

33

一郎いちらうはわらつてひました。
「さあ、なんだかへんですね。そいつだけはやめたはうがいゝでせう。」

34

山猫やまねこは、どうもひやうがまづかつた、いかにも残念ざんねんだといふふうにしばらくひげをひねつたまゝ、したいてゐましたが、やつとあきらめてひました。
「それでは、文句もんくはいまゝでのとほりにしませう。 そこで今日けふのおれいですが、あなたは黄金きんのどんぐり一しやうと、塩鮭しほざけのあたまと、どつちをおすきですか。」
黄金きんのどんぐりがすきです。」

35

山猫やまねこは、しやけあたまでなくて、まあよかつたといふやうに、口早くちばや馬車別当ばしやべつたうひました。
「どんぐりを一しやうはやくもつてこい。一しやうにたりなかつたら、めつきのどんぐりもまぜてこい。はやく。」

36

別当べつたうは、さつきのどんぐりをますに入れて、はかつてさけびました。
「ちやうど一しやうあります。」やまねこの陣羽織じんばをりかぜにばたばたりました。そこでやまねこは、おほきくびあがつて、めをつぶつて、半分はんぶんあくびをしながら言ひました。
「よし、はやく馬車ばしやのしたくをしろ。」しろおほきなきのこでこしらえた馬車ばしやが、ひつぱりだされました。そしてなんだかねずみいろの、おかしなかたちうまがついてゐます。
「さあ、おうちへおおくりいたしませう。」山猫やまねこひました。二人ふたり馬車ばしやにのり別当べつたうは、どんぐりのますを馬車ばしやのなかにれました。

37

ひゆう、ぱちつ。

38

馬車ばしや草地くさちをはなれました。やぶがけむりのやうにぐらぐらゆれました。一郎いちらう黄金きんのどんぐりを、やまねこはとぼけたかほつきで、とほくをみてゐました。

39

馬車ばしやすゝむにしたがつて、どんぐりはだんだんひかりがうすくなつて、まもなく馬車ばしやがとまつたときは、あたりまへのちやいろのどんぐりにかはつてゐました。そして、やまねこのいろな陣羽織じんばをりも、別当べつたうも、きのこの馬車ぽしやも、一度えなくなつて、一郎いちらうはじぶんのうちのまへに、どんぐりを入れたますをつてつてゐました。

40

それからあと、やまねこはいといふはがきは、もうきませんでした。やつぱり、出頭しゆつとうすべしといてもいゝとへばよかつたと、一郎いちらうはときどきおもふのです。




■このファイルについて
標題:どんぐりと山猫
著者:宮澤賢治
本文:「注文の多い料理店」
発行:大正十三年十二月一日
販売元:杜陵出版部/東京光原社
 新選 名著復刻全集 近代文学館  昭和51年4月1日 発行(第14刷)

表記:原文の表記を尊重しつつ、Webでの読みやすさを考慮して、以下のように扱います。

○誤字・脱字等は訂正せず、底本通りとしました。
○本文のかなづかいは、底本通りとしました。
○旧字体は、現行の新字体に替えました。だだし、新字体に替えなかった漢字もあります。新字体がない場合は、旧字体をそのまま用いました。
○段落冒頭の一字下げは行わず、一行あけでそれにかえました。
○段落番号を追加しました。
○行間処理(行間200%)を行いました。

入力:今井安貴夫
ファイル作成:里実工房
公開:2005年9月13日 里実文庫