城のある町にて   ある午後  「高いとこの眺めは、アアツ(と咳[せき]をして)また格段[かくだん]でごわすな」  片手に洋傘、片手に扇子と日本手拭を持ってゐる。頭が奇麗[きれい]に禿げてゐて、カンカン帽子を冠つてゐるのが、まるで栓[せん]をはめたやうに見える。−−そんな老人が朗らかにさう云ひ捨てたまま峻[たかし]の脇を歩いて行った。云つておいて此方を振り向くでもなく、眼はやはり遠[とほ]い眺望へ向けたままで、さも|やれやれ[ヽヽヽヽ]といった風[ふう]に石垣のはなのベンチへ腰[こし]をかけた。−−  町を外[はづ]れてまだ二里ほどの間は平坦な緑。T湾の濃い藍[あゐ]がそれの彼方に拡[ひろが]つてゐる。裾[すそ]のぼやけた、そして全体[ぜんたい]もあまりかつきりしない入道雲[にゆうだうぐも]が水平線の上に静かに蟠[わだかま]つてゐる。−−  「ああ、さうですなあ」少し間誤[まご]つきながらさう答へた時の自分の声の後味[あとあぢ]がまだ喉や耳のあたりに残ってゐるやうな気がされて、その時の自分と今の自分とが変[へん]にそぐはなかった。なんの拘[こだは]りもしらないやうなその老人に対する好意が頻に刻まれたまま、峻はまた先程の静かな展望[てんぼう]のなかへ吸ひ込まれて行った。−−風がすこし吹いて、午後であった。  一つには、可愛い盛[ざか]りで死なせた妹のことを落ちついて考へて見たいといふ若者めいた感慨から、峻はまだ五七日[にち]を出ない頃の家を出て此の地の姉の家へやつて来た。  ぼんやりしてゐて、それが他所[よそ]の子の泣声だと気がつくまで、死んだ妹の声の気持がしてゐた。  「誰れだ。暑いのに泣かせたりなんぞして」  そんなことまで思つてゐる。  彼女が|こと[ヽヽ]切れた時よりも、火葬場での時よりも、変[かは]つた土地へ来てするこんな経験の方に「失つた」といふ思ひは強く刻まれた。  「たくさんの虫が、一匹の死にかけてゐる虫の周囲に集つて、悲しんだり泣いたりしてゐる」と友人に書いたやうな、彼女の死の前後の苦[くる]しい経験がやつと薄い面紗[ヴエイル]のあちらに感ぜられるやうになつたのも此の土地へ来てからであつた。そしてその思ひにも落ちつき、新らしい周囲にも心が馴染[なじ]んで来るに随つて、峻には珍らしく静かな心持がやつて来るやうになつた。いつも都会に住み慣れ、殊に最近は心の休む隙[ひま]もなかつた後[あと]で、彼はなほさらこの静けさの中で恭[うや]々しくなつた。道を歩くのにも出来るだけ疲れないやうに心懸[こころが]ける。棘[とげ]一つ立てないやうにしよう。指一本詰[つ]めないやうにしよう。ほんの些細なことがその日の幸福を左右する。−−迷信に近いほどそんなことが思はれた。そして旱[ひでり]の多かつた夏にも雨が一度来[き]、二度来、それがあがる度毎に稍々秋めいたものが肌に触れるやうに気候もなつて来た。  さうした心の静けさとかすかな秋の先駆[さきがけ]は、彼を部屋の中の書物や妄想にひきとめてはおかなかつた。草や虫や雲や風景を眼の前へ据ゑて、秘[ひそ]かに抑へて来た心を燃えさせる、−−ただそのことだけが仕甲斐のあることのやうに峻には思へた。  「家の近所にお城跡[しろあと]がありまして峻の散歩には丁度良いと思ひます」姉が彼の母の許[もと]へ寄来[よこ]した手紙にこんなことが書いてあつた。着いた翌日の夜、義兄と姉とその娘と四人で初めて此の城跡へ登つた。旱[ひでり]の為|うんか[ヽヽヽ]がたくさん田に湧[わ]いたのを除虫燈で殺してゐる。それがもうあと二三日だからといふので、それを見にあがつたのだつた。平野は見渡す限り除虫燈の海だつた。遠くになると星のやうに瞬[またた]いてゐる。山の峡間[はざま]が|ぼう[ヽヽ]と照[てら]されて、そこから大河のやうに流れ出てゐる所もあつた。彼はその異常な光景に昂奮して涙ぐんだ。風のない夜で涼み方がた見物に来る町の人びと−−で城跡は賑[にぎ]はつてゐた。闇のなかから白粉を厚く塗つた町の娘達がはしゃいだ眼を光らせた。  今、空は悲しいまで晴れてゐた。そしてその下に町は甍[いらか]を並べてゐた。  白亜[はくあ]の小学校。土蔵作りの銀行。寺の屋根。そして其所此所、西洋菓子の間に詰めてあるカンナ屑めいて、緑色の植物が家々の間から萌[も]え出てゐる。或る家の裏には芭蕉[ばせう]の葉が垂[た]れてゐる。糸杉の巻きあがつた葉も見える。重[かさ]ね綿[わた]のやうな恰好に刈られた松も見える。みな黒[くろず]んだ下葉と新らしい若葉で、いい風な緑色の容積を造つてゐる。  遠くに赤いポストが見える。  乳母車なんとかと白くペンキで書いた屋根が見える。  日をうけて赤い切地[きれぢ]を張つた張物板が、小さく屋根瓦の間に見える。−−  夜になると火の点[つ]いた町の大通[おほどほ]りを、自転車でやつて来た村の青年達が、大勢達れで遊廓の方へ乗つてゆく。店[みせ]の若い衆なども浴衣[ゆかた]がけで、昼[ひる]見る時とはまるで異つた風に身体[からだ]をくねらせながら白粉を塗つた女をからかつてゆく。−−さうした町も今は屋根瓦の間へ挟まれてしまつて、そのあたりに幟[のぼり]をたくさんたてて芝居小屋がそれと察しられるばかりである。  西日[にしび]を除[よ]けて、一階も二階も三階も、西の窓すつかり日覆をした旅館が稍々近くに見えた。何処からか材木を叩く音が−−もともと高くもない音らしかつたが、町の空へ「カーン、カーン」と反響した。  次つぎと止まるひまなしにつくつく[ヽヽヽヽ]法師[ほふし]が鳴いた。「文法の語尾の変化をやつてゐるやうだな」ふとそんなに思つて見て、聞いてゐると不思議に興[きよう]が乗つて来た。「チユクチユクチユク」と始めて「オーシ、チユクチユク」を繰返[くりか]へす、そのうちにそれが「チユクチエク、オーシ」になつたり「オーシ、チユクチユク」にもどつたりして、しまひに「スットコチーヨ」「スットコチーヨ」になつて「ヂー」と鳴きやんでしまふ。中途[ちゆうと]に横から「チユクチユク」と始めるのが出て来る。するとまた一つのは「スットコチーヨ」を終つて「ヂー」に移[うつ]りかけてゐる。三|重[ぢゆう]四重、五重にも六重にも重なつて鳴いてゐる。  峻は此の間、やはりこの城跡のなかにある社の桜の木で法師蝉[ほふしぜみ]が鳴くのを、一尺ほどの間近[まぢか]で見[み]た。華車な骨に石鹸玉のやうな薄い羽板を張つた、身体の小さい昆虫に、よくあんな高い音が出せるものだと、驚[おどろ]きながら見てゐた。その高い音と関係があると云へば、ただその腹から尻尾[しつぽ]へかけての伸縮であつた。柔毛[じうもう]の密生してゐる、筋を持つた、その部分は、まるでエンヂンの或る部分のやうな正確さで動いてゐた。−−その時の恰好が思ひ出せた。腹から尻尾へかけてのブリツとした膨らみ。隅々まで力ではち切つたやうな伸び縮み。−−そしてふと蝉一匹の生物が無上に勿体ないものだといふ気持に打たれた。  時どき、先程の老人のやうにやつて来ては涼[りやう]をいれ、景色を眺めてはまた立つてゆく人があつた。  峻が此所へ来る時によく見る、亭[ちん]の中で昼寝をしたり海を眺めたりする人がまた来てゐて、今日は子守娘と親しさうに話をしてゐる。  蝉取竿を持つた子供があちこちする。虫籠[むしかご]を持たされた兄は、時どき立ち留つては籠の中を見、また竿の方を見ては小走[こばし]りに随[つ]いてゆく。物を云はないでゐて変に芝居のやうな面白さが感じられる。  またあちらでは女の子達が|米つきばつた[ヽヽヽヽヽ]を拓[とら]へては、「ねぎさん米つけ、何とか何とか」と云ひながら米をつかせてゐる。|ねぎさん[ヽヽヽヽ]といふのは此の土地の言葉で神主のことを云ふのである。峻は善良な長い顔の先に短い二本の触角を持つた、さう思へばいかにも神主めいた|ばつた[ヽヽヽ]が、女の子に後脚[あとあし]を持たれて身動[みうご]きのならないままに米をつくその恰好が呑気[のんき]なものに思ひ浮んだ。  女の子が追ひかける草のなかを、ばつたは二本の脚を伸し、日の光を羽根[はね]一ぱいに負ひながら、何匹も飛び出した。  時どき煙を吐く煙突があつて、田野はその辺から展[ひら]けてゐた。レムブラントの素描めいた風景が散ぼつてゐる。  黒い木立。百姓家。街道。そして青田のなかに褪赭[たいしや]の煉瓦の煙突。  小さい軽便[けいべん]が海の方からやつて来る。  海からあがつて来た風は軽便の煙を陸[をか]の方へ、その走る方へ吹きなびける。  見てゐると煙のやうではなくて、煙の形を逆に固定したまま玩具の汽車が走つてゐるやうである。  サヽヽヽと日が翳[かげ]る。風景の顔色が見る見る変つてゆく。  遠く海岸に沿つて斜[ななめ]に入り込んだ入江が見えた。−−峻は此の城跡へ登る度[たび]、幾度[いくど]となくその入江を見るのが癖になつてゐた。  海岸にしては大きい立木が所どころ繁つてゐる。その陰にちよつぴり人家の屋根が覗いてゐる。そして入江には舟が舫[もや]つてゐる気持。  それはただそれだけの眺めであつた。何処を取り立てて特別[とくべつ]心を惹くやうなところはなかつた。それでゐて変[へん]に心が惹かれた。  なにかある。本当になにかがそこにある。といつてその気持を口に出せば、もう空[そら]ぞらしいものになつてしまふ。  例へばそれを故のない淡い憧憬といつた風の気持、と名づけて見ようか。誰れかが「さうぢやないか」と尋[たづ]ねて呉れたとすれば彼はその名づけ方に賛成したかも知れない。然し自分では「まだなにか」といふ気持がする。  人種の異つたやうな人びとが住んでゐて、此の世と離れた生活を営んでゐる。−−そんなやうな所にも思へる。とはいへそれはあまりお伽話[とぎばなし]めかした、ぴつたりしないところがある。  なにか外国の画で、彼処[あすこ]に似た所が画[か]いてあつたのが思ひ出せない為ではないかとも思つて見る。それにはコンステイブルの画を一枚思ひ出してゐる。やはりそれでもない。  では一体[たい]何だらうか。このパノラマ風の眺めは何に限らず一種の美しさを添へるものである。然し入江の眺めはそれに過ぎてゐた。そこに限つて気韻が生動してゐる。そんな風に思へた。−−  空が秋らしく青空に澄む日には、海はその青より稍々温い深青に映[うつ]つた。白い雲がある時は海も白く光つて見えた。今日は先程の入道雲が水平線の上へ拡[ひろが]つてザボンの内皮の色がして、海も入江の真近[まぢか]までその色に映つてゐた。今日も入江はいつものやうに謎をかくして静まつてゐた。  見てゐると、獣[けもの]のやうにこの城のはなから悲しい唸声[うなりごゑ]を出して見たいやうな気になるのも同じであつた。息苦しいほど妙なものに思へた。  夢で不思議な所へ行つてゐて、此処は来た覚[おぼ]えがあると思つてゐる。−−丁度それに似た気持で、えたいの知れない想出[おもひで]が湧いて来る。「あゝかゝる日のかゝるひととき」 「あゝかゝる日のかゝるひととき」  何時[いつ]用意したとも知れないそんな言葉が、ひらひらとひらめいた。−− 「ハリケンハツチのオートバイ」 「ハリケンハツチのオートバイ」  先程の女の児らしい声が峻の足の下で次々に高く響いた。丸の内の街道を通つてゆくらしい自働自転車の爆音がきこえてゐた。  この町のある医者がそれに乗つて帰つて来る時刻であつた。その爆音を聞くと峻の家の近所にゐる女の子は我勝[われが]ちに「ハリケンハツチのオートバイ」と叫[さけ]ぶ。「オートバ」と云つてゐる児もある。  三階の旅館は日覆をいつの間にか外[はづ]した。  遠い物干台の赤い張物板[はりものいた]ももう見つからなくなつた。  町の屋根からは煙。遠い山からは蜩[ひぐらし]。   手品と花火  これはまた別の日。  夕飯と風呂を済[す]ませて峻は城へ登つた。  薄暮[はくぼ]の空に、時どき、数里離[はな]れた市で花火をあげるのが見えた。気がつくと綿で包んだやうな音がかすかにしてゐる。それが遠[とほ]いので間の抜けた時に鳴つた。いいものを見る、と彼は思つてゐた。  ところへ十七ほどを頭[かしら]に三人連れの男の児が来た。これも食後の涼みらしかつた。峻に気を兼ねてか静[しづ]かに話をしてゐる。  口で教へるのにも気がひけたので、彼はわざと花火のあがる方を熱心なふりをして見てゐた。  末遠いパノラマのなかで、花火は星水母[ほしくらげ]ほどのさやけさに光つては消えた。海は暮れかけてゐたが、その方はまだ明[あか]るみが残つてゐた。  暫くすると少年達もそれに気がついた。彼は心の中で喜んだ。 「四十九」 「ああ四十九」  そんなことを云ひあひながら、一度あがつて次あがるまでの時間を数へてゐる。彼はそれらの会話をきくともなしに聞いてゐた。 「××ちゃん花は」 「フロラ」一番年[とし]のいつたのがそんなに答へてゐる。−−  城でのそれを憶[おも]ひ出しながら、彼は家へ帰つて来た。家の近くまで来ると、隣家のひとが峻の顔を見た。そして慌[あわ]てたやうに、 「帰つておいでなしたぞな」と家へ云ひ入れた。  奇術が何[なん]とか座[ざ]にかかつてゐるのを見にゆかうかと云つてゐたのを、峻がぽつと出てしまつたので騒いでゐたのである。 「あ。どうも」と云ふと、義兄[あに]は笑ひながら、 「はつきり云ふとかんのがいかんのやさ」と姉に背負はせた。姉も笑ひながら衣服を出しかけた。彼が城へ行つてゐる間に姉も信子(義兄の妹)もこつてり化粧をしてゐた。  姉が義兄に 「あんた、扇子は?」 「衣嚢[かくし]にあるけど……」 「さうやな。あれも汚[よご]れてますで……」  姉が合点合点などしてゆつくり捜[さが]しかけるのを、じゆうじゆうと音をさせて煙草を喫[の]んでゐた兄は、 「扇子なんかどうでもええわな。早う仕度しやんし」と云つて煙管の詰[つま]つたのを気にしてゐた。  奥の間で信子の仕度を手伝つてやつてゐた義母が、 「さあこんなは奈何[どう]やな」と云つて団扇[うちは]を二三本寄[よ]せて持つて来た。砂糖屋などが配[くば]つて行つた団扇である。  姉が種々と衣服を着こなしてゐるのを見ながら、彼は信子がどんな心持で、またどんな風[ふう]で着付けをしてゐるだらうなど、奥の間の気配[けはい]に心をやつたりした。  やがて仕度が出来たので峻はさきへ下りて下駄を穿[は]いた。 「勝子(姉夫婦の娘)がそこらにゐますで、よぼつてやつとくなさい」と義母が云つた。  袖の長い衣服を着て、近所の子等のなかに雑[まじ]つてゐる勝子は、呼ばれたまま、まだなにか云ひあつてゐる。 「『カ』ちうとこへ行くの」 「かつどうや」 「活動や活動やあ」と二三人の女の児がはやした。 「ううん」と勝子は首をふつて、 「『ヨ』ちつとこへ行くの」とまたやつてゐる。 「ようちえん?」 「いやらし、幼稚園、晩にはあれへんわ」  義兄[あに]が出て来た。 「早うお出でな。放[ほ]つといてゆくぞな」  姉と信子が出て来た。白粉を濃くはいた顔が夕暗[ゆふやみ]に浮んで見えた。さつきの団扇を一つづつ持つてゐる。 「お待ち遠さま。勝子は。勝子、扇[あふぎ]持つてるか」  勝子は小さい扇をちらと見せて姉に纏[まと]ひつきかけた。「そんならお母さん、行つて来ますで……」  姉がさう云ふと、 「勝子、帰ろ帰ろ云はんのやんな」と義母は勝子に云つた。 「云はんのやんな」勝子は返事のかはりに口真似をして峻の手のなかへ入[はひ]つて来た。そして峻は手をひいて歩き出した。  往来に涼み台を出してゐる近所の人びとが、通りすがりに、今晩は、今晩は、と声をかけた。 「勝ちやん此所何て|とこ[ヽヽ]?」彼はそんなことを訊[き]いて見た。 「しやうせんかく」 「朝鮮閣?」 「ううん、しやうせんかく」 「朝鮮閣」 「しやうーせんーかく」 「朝ー鮮ー関?」 「うん」と云つて彼の手をぴしやと叩いた。   暫[しばら]くして勝子から、 「しやうせんかく」といひ出した。 「朝鮮閣」  牴牾[もどか]しいのは此方だ、と云つた風に寸分違[すんぶんたが]はないやうに似せてゆく。それが遊戯になつてしまつた。しまひには彼が「松仙閣」といつてゐるのに、勝子の方では知らずに「朝鮮閣」と云つてゐる。信子がそれに気がついて笑ひ出した。笑はれると勝子は冠[かんむり]を曲げてしまつた。 「勝子」今度は義兄の番だ。 「ちがひますともわらびます」 「ううん」鼻ごゑをして、勝子は義兄を打つ真似をした。義兄は知らん顔で、 「ちがひますともわらびます。あれ何やつたな。勝子。一遍[ぺん]峻さんに聞かしたげなさい」  泣きさうに鼻をならし出したので信子が手をひいてやりながら歩き出した。 「これ……それから何[なん]といふ積[つも]りやつたんや?」 「これ、蕨[わらび]とは違ひますつて云ふ積りやつたんやなあ」信子がそんなに云つて庇護[かば]つてやつた。 「一体何処[どこ]のひとにそんなことを云ふたんやな?」今度は半分信子に訊いてゐる。 「吉峯[よしみね]さんのをぢさんにやなあ」信子は笑ひながら勝子の顔を覗いた。 「まだあつたぞ。もう一つ|どえらい[ヽヽヽヽ]のがあつたぞ」義兄[あに]がおどかすやうにさう云ふと、姉も信子も笑ひ出した。勝子は本式に泣きかけた。  城の石垣に大きな電燈がついてゐて、後[うし]ろの木々に皎[かう]々と照つてゐる。その前の木々は反対に黒ぐろとした陰[かげ]になつてゐる。その方で蝉がヂツヂヂツヂと鳴いた。  彼は一人後ろになつて歩いてゐた。  彼が此の土地へ来てから、かうして一緒に出歩くのは今夜がはじめてであつた。若い女達と出歩く。そのことも彼の経験では、極めて稀[まれ]であつた。彼はなんとなしに幸福であつた。  少し我儘[わがまま]な所のある彼の姉と触[ふ]れ合つてゐる態度に、少しも無理がなく、−−それを器用にやつてゐるのではなく、生地[きぢ]からの平和な生れつきでやつてゐる。信子はそんな娘であつた。  義母などの信心から、天理教様に拝んで貰へと云はれると、素直[すなほ]に拝んで貰つてゐる。それは指の傷だつたが、そのため評判の琴も弾かないでゐた。  学校の植物の標本を造つてゐる。用事に町へ行つたついでなどに、雑草をたくさん風呂敷へ入れて帰つて来る。勝子が欲しがるので勝子にも頒[わ]けてやつたりなどして、独[ひと]りせつせと|おし[ヽヽ]をかけてゐる。  勝子が彼女の写真帖を引き出して来て、彼のところへ持つて来た。それを極[きま]り悪さうにもしないで、彼の聞くことを穏[おだや]かにはきはきと受け答へする。−−信子はそんな好[この]もしいところを持つてゐた。  今彼の前を、勝子の手を曳いて歩いてゐる信子は、家の中で肩縫揚[かたぬひあ]げのしてある衣服を着て足をによきによき出してゐる彼女とまるで違つて|おとな[ヽヽヽ]に見えた。その隣に姉が歩いてゐる。彼は姉が以前より少し痩[や]せて、いくらかでも歩き振[ぶ]りがよくなつたと思つた。 「さあ。あんた。先へ歩いて……」  姉が突然|後[うし]ろを向いて彼に云つた。 「どうして」今までの気持で訊[さ]かなくともわかつてゐたがわざと彼はとぼけて見せた。そして自分から笑つてしまつた。こんな笑ひ方をしたからにはもう後ろから歩いてゆく訳[わけ]にはゆかなくなつた。 「早う。気持が悪いわ。なあ。信ちゃん」 「……」笑ひながら信子も点頭[うなづ]いた。  芝居小屋のなかは思つたやうに蒸[む]し暑かつた。  水番といふのか、銀杏返[いちやうがへ]しに結[ゆ]つた、年の老[ふ]けた婦[をんな]が、座布団を数[かず]だけ持つて、先[さき]に立つてばたばた敷いてしまつた。平場[ひらば]の一番|後[うし]ろで、峻が左の端、中へ姉が来て、信子が右の端、後ろへ兄が坐つた。丁度|幕間[まくあひ]で、階下[した]は七分通詰つてゐた。  先刻[さつき]の婦[をんな]が煙草盆を持つて来た。火が埋んであつて、暑いのに気が利[き]かなかつた。立ち去らずに愚図愚図[ぐづぐづ]してゐる。何と云つたらいいか、この手の婦特有な狡猾[ずる]い顔附[かほつき]で、眼をきよろきよろさせてゐる。眼顔で火鉢[ひばち]を指したり、そらしたり、義兄の顔を盗み見たりする。此方[こつち]が見てよくわかつてゐるのにと思ひ、財布の銀貨を袂の中で出し悩[なや]みながら、彼はその無躾[ぶしつけ]に腹が立つた。  義兄は落ちついてしまつて、まるで無感覚[むかんかく]である。 「へ、お火鉢」婦[をんな]はこんなことをそわそわ云つてのけて、忙しさうに揉手[もみで]をしながらまた眼をそらす。やつと銀貨が出て婦は帰つて行つた。  やがて幕があがつた。  日本人のやうでない皮膚の色が少し黒みがかつた男が不熱心[ふねつしん]に道具を運[はこ]んで来て、時どきぢろぢろと観客の方を見た。ぞんざいで、面白く思へなかつた。それが済むと怪しげな名前の印度人が不作法なフロツクコートを着て出て来た。何かわからない言葉で喋つた。唾[つば]をとばしてゐる様子で、褪[さ]めた唇の両端[りやうはし]に白く唾がたまつてゐた。 「なんて云つたの」姉がこんなに訊いた。すると隣の他所[よそ]のひとも彼の顔を見た。彼は閉口[へいこう]してしまつた。  印度人は席へ下りて立会人を物色[ぶつしよく]してゐる。一人の男が腕をつかまれたまま、危[あや]ふ気[げ]な羞笑をしてゐた。その男はたうとう舞台へ連れてゆかれた。  髪の毛を前へおろして、糊の寝た浴衣[ゆかた]を着、暑いのに黒足袋[くろたび]を穿いてゐた。にこにこして立つてゐるのを、先程の男が椅子を持つて来て坐らせた。  印度人は非道[ひど]い奴[やつ]であつた。  握手[あくしゆ]をしようと云つて男の前へ手を出す。男[をとこ]はためらつてゐたが思ひ切つて手を出した。すると印度人は自分の手を引き込めて、観客の方を向き、その男の手振[てぶり]を醜く真似て見せ、首板[くびね]つ子を縮[ちぢ]めて嘲笑[あざわら]つて見せた。毒[どく]々しいものだつた。男は印度人の方を見、自分の元[もと]ゐた席の方を見て、危[あぶ]な気に笑つてゐる。なにか訳[わけ]のありさうな笑ひ方だつた。子供か女房かがゐるのぢやないか。堪[たま]らない、と峻は思つた。  握手が失敬[しつけい]になり、印度人の悪ふざけは益々|性[たち]がわるくなつた。見物はその度に笑つた。そして手品がはじまつた。  紐があつたのは、切つてもつながつてゐるといふ手品。金属の瓶[びん]があつたのは、いくらでも水が出るといふ手品。−−極く詰[つま]らない手品で、硝子の卓子の上のものは減[へ]つて行つた。まだ林檎が残つてゐた。これは林檎を食つて、食つた林檎の切[きれ]が今度[こんど]は火を吹いて口から出て来るといふので、試[ため]しに例の男が食はされた。皮ごと食つたといふので、これも笑はれた。  峻はその箸[はし]にも棒[ぼう]にもかからないやうな笑ひ方を印度人がする度に、何故[なぜ]あの男は何とかしないのだらうと思つてゐた。そして彼自身かなり不愉快になつてゐた。  そのうちに不図、先程の花火が思ひ出されて来た。 「先程の花火はまだあがつてゐるだらうか」そんなことを思つた。  薄明りの平野のなかへ、星水母[ほしくらげ]ほどに光つては消える遠[とほ]い市の花火。海と雲と平野のパノラマがいかにも美しいものに思へた。 「花は」 「Frola」  たしかに「Flower」とは云はなかつた。  その子供といひ、そのパノラマといひ、どんな手品師も敵[かな]はないやうな立派な手品だつたやうな気がした。  そんなことが彼の不愉快を段々と洗つて行つた。いつもの癖で、不愉快な場面を非人情に見る、−−さうすると反対に面白く見えて来る−−その気持がもの[ヽヽ]になりかけて来た。  下等な道化[だうけ]に独りで腹を立ててゐる先程の自分が、ちよつと滑稽だつたと彼は思つた。  舞台の上では印度人が、看板画そつくりの雰囲気のなかで、口から盛[さかん]に火を吹いてゐた。それには怪しげな美しささへ見えた。  やつと済むと幕[まく]が下[お]りた。 「ああ面白かつた」ちよつと嘘[うそ]のやうな、とつてつけたやうに勝子が云つた。云ひ方が面白かつたので皆[みな]笑つた。  美人の宙釣[ちうづ]り。  力業。  オペレット。浅草気分[あさくさきぶん]。  美人胴切。 そんなプログラムで、晩[おそ]く家へ帰つた。   病気  姉が病気になつた。脾腹[ひばら]が痛む、そして高い熟が出る。峻は腸チブスではないかと思つた。枕元[まくらもと]で兄が、 「医者さんを呼びに遣らうかな」と云つてゐる。 「まあよろしいわな。|かい[ヽヽ]虫[ちゆう]かも知れませんで」そして峻にともつかず義兄にともつかず、 「昨日あないに暑かつたのに、歩いて帰る道で汗がちつとも出なんだの」と弱[よわ]々しく云つてゐる。  その前の日の午後、少し浮かぬ顔で遠くから帰つて来るのが見え、勝子と二人で窓からふざけながら囃[はや]し立てた。 「勝子、あれ何処[どこ]のひと?」 「あら。お母さんや。お母さんや」 「嘘いへ。他所[よそ]のをばさんだよ。見ておいで。家へは入[はひ]らないから」  その時の顔を峻は思ひ出した。少し変だつたことは少し変だつた。家のなかばかりで見馴[みな]れてゐる家族を、不図往来で他所目[よそめ]に見る−−そんな珍[めづ]らしい気持で見た故[せゐ]と峻は思つてゐたが少し力がないやうでもあつた。  医者が来て、矢張りチブスの疑[うたが]ひがあると云つて帰つた。峻は階下[した]で困つた顔を兄とつき合せた。兄の顔には苦[くる]しい微笑が凝つてゐた。  腎臓の故障[こしやう]だつたことがわかつた。舌の苔[こけ]がなんとかで、と云つて明瞭[めいれう]にチブスとも云ひ兼ねてゐた由を云つて、医者も元気に帰つて行つた。  此の家へ嫁[とつ]いで来てから、病気で寝たのはこれで二度目だと姉が云つた。 「一度は北ムロで」 「あの時は弱つたな。近所に氷がありませいでなあ、夜中[よなか]の二時頃、四里ほどの道を自転車で走つて、叩き起して買ふたのはまあよかつたやさ。風呂敷へ包んでサドルの後[うし]ろへ結[ゆは]へつけて戻つて来たら、擦[す]れとりましてな、これだけほどになつとつた」  義兄はその手つきをして見せた。姉の熱のグラフにしても、二時間おきほどの正確[せいかく]なものを造らうとする兄だけあつて、その話には兄らしい味[あぢ]が出てゐて峻も笑はされた。 「その時は?」 「|かい[ヽヽ]虫[ちゆう]をわかしとりましたんぢや」  −−一つには峻自身の不検束[ふけんそく]な生活から、彼は一度[ど]肺を悪くしたことがあつた。その時義兄は北ムロでその病気が癒るやうにと神詣[かみまう]でをして呉れた。病気が稍ゝよくなつて、峻は一度その北ムロの家へ行つたことがあつた。其所[そこ]は山のなかの寒村で、村は百姓と木樵[きこり]で、養蚕などもしてゐた。冬になると家の近くの畑まで猪[ゐのしし]が芋[いも]を掘りに来たりする。芋は百姓の半分常食になつてゐた。その時はまだ勝子も小さかつた。近所のお婆[ばあ]さんが来て、勝子の絵本[ゑほん]を見ながら講釈[かうしやく]してゐるのに、象のことを鼻捲[はなま]き象、猿のことを|山の若い衆[ヽヽヽヽヽ]とか|やゑん[ヽヽヽ]とか呼んでゐた。苗字[めうじ]のないといふ児[こ]がゐるので聞いて見ると木樵[きこり]の子だからと云つて村の人は当然[たうぜん]な顔をしてゐる。小学校には生徒から名前の呼び棄[す]てにされてゐる、薫といふ村長の娘が教師をしてゐた。まだそれが十六七の年頃だつた。  北ムロはそんな処であつた。峻は北ムロでの兄の話には興味[きやうみ]が持てた。  北ムロにゐた時、勝子が川へ陥[はま]つたことがある。その話が兄の口から出て来た。  −−兄が心臓脚気[しんざうがつけ]で寝てゐた時のことである。七十を越した、兄の祖母で、勝子の曾祖母にあたるお祖母さんが、勝子を連れて川へ茶碗[ちやわん]を漬[つ]けに行つた。その川といふのが急な川で、狭かつたが底はかなり深[ふか]かつた。お祖母さんは、何時でも兄達が捨てておけといふのに、姉が留守[るす]だつたりすると、勝子などを抱きたがつた。その時も姉は外出してゐた。  はあ、出[で]て行つたな。と寝床の中で思つてゐると、暫くして変な声がしたので、あつと思つたまま、ひかれるやうに大病人[たいびやうにん]が起きて出た。川は直[す]ぐ近くだつた。見ると、お祖母さんが変な顔をして、 「勝子が」と云つたのだが、そして−−所懸命に云はうとしてゐるのだが、そのあとが云へない。 「お祖母さん。勝子が何とした!」 「………」手の先だけが激[はげ]しくそれを云つてゐる。  勝子が川を流れてゆくのが見えてゐるのだ!  川は丁度雨のあとで水かさが増[ま]してゐた。先[さき]に石の橋があつて、水が板石[いたいし]とすれすれになつてゐる。その先には川の曲[まが]るところがあつて、そこは何時も渦[うづ]が巻いてゐる所だ。川はそこを曲つて深い沼[ぬま]のやうな所へ入る。橋か曲り角で頭を打ちつけるか、流れて行つて沼へ沈[しづ]みでもしようものなら助からないところだつた。  兄はいきなり川へ跳び込んで、あとを追つた。橋までに捕[とら]へるつもりだつた。  病気の身だつた。それでもやつと橋の手前[てまへ]で捕へることは出来た。然し流れがきつくて橋を力に上らうと思つても到底[たうてい]駄目だつた。板石と水の隙間[すきま]は、やつと勝子の頭位は通[とほ]せるほどだつたので、兄は勝子を差し上げながら水を潜[くぐ]り、下手でやうやくあがれたのだつた。勝子はぐつたりとなつてゐた。逆[さかさ]にしても水を吐かない。兄は気が気でなく、しきりに勝子の名を呼びながら背中を叩いた。  勝子はけろりと気がついた。気がついたが早いか、立つと直ぐ踊り出したりするのだ。兄はばかされたやうで何だか変だつた。 「このべべ何としたんや」と云つて濡れた衣服をひつぱつて見ても「知らん」と云つておる。足が滑つた拍子[ひやうし]に気絶してをつたので、全く溺[おほ]れたのではなかつたと見える。  そして、何とまあ、何時[いつ]もの顔で踊つてゐるのだ。−−  兄の話のあらましはこんなものだつた。丁度近所の百姓家が昼寝[ひるね]の時だつたので、自分がその時起きてゆかなければどんなに危険だつたかとも云つた。  話してゐる方も聞いてゐる方も惹[ひ]き入れられて、兄が口をつぐむと、静かになつた。 「わたしが帰つて行つたらお祖母さんと三人で門[かど]で待つてはるの」姉がそんなことを云つた。 「何やら家にゐてられなんだわさ。着物を着かへてお母ちやんを待[ま]つとろと云ふたりしてなあ」 「お祖母さんが|ぼけ[ヽヽ]はつたのはあれからでしたな」姉は声を少しひそませて意味の籠[こも]つた眼を兄に向けた。 「それがあつてからお祖母さんが一寸|ぼけ[ヽヽ]みたいになりましてなあ。何時まで経[た]つてもこれに(と云つて姉を指し)|よしやん[ヽヽヽヽ]に済[す]まん、よしやんに済まんて云ひましてな」 「なんのお祖母さん、そんなことがあらうかさ、と云つてゐるのに……」  それからのお祖母さんは目に見えて|ぼけ[ヽヽ]て行つて一年ほど経つてから死んだ。  峻にはそのお祖母さんの運命がなにか惨酷[ざんこく]な気がした。それが故郷ではなく、勝子のお守りでもする気で出かけて行つた北ムロの山の中だつただけに、もう一つその感じは深かつた。  峻が北牟婁へ行つたのは、その事件の以前であつた。お祖母さんは勝子の名前を、その当時もう女学校へ上つてゐた筈の信子の名と、よく呼び違へた。信子はその当時母などと此方にゐた。まだ信子を知らなかつた峻には、お祖母さんが呼び遠へる度毎[たびごと]に、信子といふ名を持つた十四五の娘が頭に親しく想像された。   勝子  峻は原つぱに面[めん]した窓に寄[よ]りかかつて外を眺めてゐた。  灰色の雲が空一帯を罩[こ]めてゐた。それはずつと奥深[おくぶか]くも見え、また地上低く垂[た]れ下[さが]つてゐるやうにも思へた。あたりのものはみな光を失つて静まつてゐた。ただ遠い病院の避雷針[ひらいしん]だけが、どうしたはづみか白く光つて見える。  原つぱのなかで子供が遊んでゐた。見てゐると勝子もまじつてゐた。男[をとこ]の子が一人ゐて、なにか荒い遊[あそ]びをしてゐるらしかつた。  勝子が男の子に倒[たふ]された。起きたところをまた倒された。今度[こんど]はぎうぎう押[おさ]へつけられてゐる。  一体なにをしてゐるのだらう。なんだかひどいことをする。さう思つて峻は目をとめた。  それが済むと今度は女の子連中[れんぢゆう]が−−それは三人だつたが、改札口[かいさつぐち]へ並ぶやうに男の子の前へ立つた。変な切符切[きつぷき]りがはじまつた。女の子の差し出した手を、その男の子がやけに引つ張る。その女の子は地面[ぢめん]へ叩きつけられる。次の子も手を出す。その手も引つ張られる。倒された子は起きあがつて、また列[れつ]の後ろへつく。  見てゐるとかうであつた。男の子が手を引つ張る力|加減[かげん]に変化がつく。女の子の方ではその強弱をおつかなびつくりに期待[きたい]するのが面白いのらしかつた。  強く引くのかと思ふと、身体[からだ]つきだけ強さうにして軽[かる]く引張る。すると次はいきなり叩きつけられる。次はまた、手を持つたといふ位[くらゐ]の軽さで通[とほ]す。  男の子は小さい癖[くせ]にどうかすると大人[おとな]の−−それも木挽[こび]きとか石工とかの恰好そつくりに見えることのある子で、今もなにか鼻唄[はなうた]でも歌ひながらやつてゐるやうに見える。そしていかにも得意気[とくいげ]であつた。  見てゐるとやはり勝子だけが一番|余計[よけい]強くされてゐるやうに思へた。彼にはそれが悪くとれた。勝子は婉曲[ゑんきよく]に意地悪されてゐるのだな。−−さう思ふのには、一つは勝子が我儘で、よその子と遊ぶのにも決して|いい子[ヽヽヽ]にならないからでもあつた。  それにしても勝子にはあの不公平[ふこうへい]がわからないのかな。いや、あれがわからない筈はない。寧ろ勝子にとつては、わかつてはゐながら痩我慢[やせがまん]を張つてゐるのが本当らしい。  そんなに思つてゐるうちにも、勝子はまたこつぴどく叩きつけられた。痩我慢を張つてゐるとすれば、倒された拍子[ひやうし]に地面と眺めつこをしてゐる時の顔付きは、一|体[たい]どんなだらう。−−立ちあがる時にはもうほかの子と同じやうな顔をしてゐるが。  よく泣き出さないものだ。  男の子が不図した拍子にこの窓を見るかもしれないからと思つて彼は窓のそばを離れなかつた。  奥の知れないやうな曇[くも]り空のなかを、きらりきらり光りながら過[よぎ]つてゆくものがあつた。  鳩?  雲の色にぼやけてしまつて、姿は見えなかつたが、光の反射[はんしや]だけ、鳥にすれば三羽ほど、鳩一流の何処[どこ]に|あて[ヽヽ]があるともない飛び方で舞[ま]つてゐる。 「あゝあ、勝子のやつ奴、勝手[かつて]に注文[ちゆうもん]して強くして貰つてゐるのぢやないかな」そんなことがふつと思へた。何時[いつ]か峻が抱きすくめてやつた時、「もつとぎうつと」と何度も抱きすくめさせた。その時のことが思ひ出せたのだつた。さう思へばそれもいかにも勝子のしさうなことだつた。峻は窓を離れて部屋のなかへ入[はい]つた。  夜、夕飯[ゆふはん]が済んで暫くしてから、勝子が泣きはじめた。峻は二階でそれを聞いてゐた。しまひにはそれを鎮[しづ]める姉の声が高くなつて来て、勝子もあたりかまはず泣き立てた。あまり声が大きいので峻は下へおりで行つた。信子が勝子を抱いてゐる。勝子は片手を電燈の真下[ました]へ引き寄せられて、針を持つた姉が、掌[てのひら]へ針を持つてゆかうとする。 「そとへ行つて棘[とげ]を立てて来ましたんや。知らんとをつたのが御飯[ごはん]を食べるとき醤油[しようゆう]が染みてな」義母が峻にさう云つた。 「もつとぎうとお出し」姉は怒[おこ]つてしまつて、邪慳[じやけん]に掌を引つ張つてゐる。その度に勝子は火の付くやうに泣[なき]声[ごゑ]を高くする。 「もう知らん、放つといてやる」しまひに姉は掌を振り離してしまつた。 「今は仕様[しやう]ないで、××膏をつけてくくつとかうよ」母が取りなすやうに云つてゐる。信子が薬を出しに行つた。峻は勝子の泣き声に閉口[へいこう]してまた二階へあがつた。  薬をつけるのに勝子の泣き声はまだ鎮[しづ]まらなかつた。 「棘[とげ]はどうせあのとき立てたに違ひない」峻は昼間[ひるま]のことを思ひ出してゐた。ぴしゃつと地面へうつぶせになつた時の勝子の顔はどんなだつたらう、といふ考へがまた蘇[よみがへ]つて来た。 「ひょつとしてあのときの痩我慢を破裂[はれつ]させてゐるのかも知れない」そんなことを思つて聞いてゐると、その火がつくやうな泣き声が、なにか悲しいもののやうに峻には思へた。   昼と夜  彼は或る日城の傍の崖[がけ]の陰に立派な井戸があるのを見つけた。  そこは昔の士の屋敷跡のやうに思へた。畑とも庭ともつかない地面[ぢめん]には、梅の老木があつたり南瓜[かぼちや]が植ゑてあつたり紫蘇[しそ]があつたりした。城の崖からは太い逞しい喬木や古い椿が緑の衝立[ついたて]を作つてゐて、井戸はその陰に坐つてゐた。  大きな井桁[ゐげた]、堂々とした石の組み様[やう]、がつしりしてゐて立派であつた。  若い女のひとが二人、洗濯物を大盥で濯[すす]いでゐた。  彼のゐた所からは見えなかつたが、その仕掛[しかけ]は|はね[ヽヽ]釣瓶[つるべ]になつてゐるらしく、汲みあげられて来る水は大きい木製[もくせい]の釣瓶桶に溢れ、樹々の緑が瑞[みづ]々しく映つてゐる。盥の方の女のひとが待つ|ふり[ヽヽ]をすると、釣瓶の方の女のひとは水を空けた。盥の水が躍[をど]り出して水玉の虹がたつ。そこへも緑は影[かげ]を映して、美しく洗はれた花崗岩[くわかうがん]の畳石の上を、また女のひとの素足[すあし]の上を水は豊かに流れる。  羨ましい、素晴らしく幸福さうな眺めだつた。涼しさうな緑の衝立の陰。確かに清冽[せいれつ]で豊かな水。なんとなく魅[み]せられた感じであつた。   けふは青空よい天気。   まへの家でも隣でも   水汲む洗ふ掛ける干す。  国定教科書にあつたのか小学唱歌にあつたのか、少年の時に歌つた歌の文句[もんく]が憶[おも]ひ出された。その言葉には何のたくみも感ぜられなかつたけれど、彼が少年だつた時代、その歌によつて抱[いだ]いた|しん[ヽヽ]に朗らかな新鮮[しんせん]な想像が、思ひがけず彼の胸におし寄せた。   かあかあ烏が鳴いてゆく、   お寺の屋根へ、お宮の森へ、   かあかあ烏が鳴いてゆく。  それには画がついてゐた。  また「四方」とかいふ題で、子供が朝日の方を向いて手を拡げてゐる図などの記憶[きおく]が、次つぎ憶ひ出されて来た。  国定教科書の肉筆[にくひつ]めいた楷書[かいしよ]の活字[くわつじ]。また何といふ画家の手に成つたものか、角[かど]のないその字体と感[かん]じのまるで似た、子供といへば円顔の優等生のやうな顔をしてゐるといつた風[ふう]の、挿[さし]絵のこと。 「何とか権所有[ヽヽヽ]」それがゴンシヨユウと、人の前では読まなかつたが、心の中で仮に極めて読んでいたこと。そのなんとか権所有[ヽヽヽ]の、これもさう思へば国定教科書に似つかはしい、手紙の文例[ぶんれい]の宛名のやうな、人の名。そんな奥付の有様[ありさま]までが憶ひ出された。  −−少年の時にはその画[ゑ]の通りの処[ところ]が何処かにあるやうな気がしてゐた。さうした単純[たんじゆん]に正直な児が何処かにゐるやうな気がしてゐた。彼にはそんなことが思はれた。  それ等はなにかその頃の憧憬[どうけい]の対象でもあつた。単純で、平明で、健康な世界。−−今その世界が彼の前にある。思ひもかけず、こんな田舎[ゐなか]の緑樹の陰[かげ]に、その世界はもつと新鮮な形を具へて存在[そんざい]してゐる。  そんな固定教科書風な感傷のなかに、彼は彼の営むべき生活が指唆[しさ]されたやうな気がした。  −−食つてしまひ度くなるやうな風景に対する愛着と、幼い時の回顧[くわいこ]や新しい生活の想像とで彼の時どきの瞬間が燃えた。また時どき寝られない夜が来た。  寝られない夜のあとでは、一寸したことに直ぐ底熱[そこあつ]い昂奮が起きる、その昂奮がやむと道傍でもかまはない直ぐ横になり度いやうな疲労が来る。そんな昂奮は楓[かへで]の肌を見てさへ起つた。−−  楓樹の肌が冷えてゐた。城の本丸[ほんまる]の彼が何時も坐るベンチの後[うし]ろでであつた。  根方に松葉が落ちてゐた。その上を蟻[あり]が清らに匍[は]つてゐた。  冷い楓の肌[はだ]を見てゐると、ひぜんのやうについてゐる蘚[こけ]の模様[もやう]が美しく見えた。  子供の時の茣蓙遊びの記憶−−殊にその触感が蘇つた。  やはり楓の樹の下である。松葉が散つてゐて蟻が匍つてゐる。地面には|でこぼこ[ヽヽヽヽ]がある。そんな上へ茣蓙を敷いた。 「子供といふものは確かにあの土地の|でこぼこ[ヽヽヽヽ]を冷[つめた]い茣蓙の下に感じる蹠[あしのうら]の感覚の快さを知つてゐるものだ。そして茣蓙を敷[し]くや否や直ぐその上へ跳[と]び込んで、着物|ぐるみ[ヽヽヽ]ぢかに地面の上へ転がれる自由[じゆう]を楽しんだりする」そんなことを思ひながら彼は直ぐにも頬ぺたを楓[かへで]の肌につけて冷して見たいやうな衝動[しようどう]を感じた。 「やはり疲れてゐるのだな」彼は手足が軽[かる]く熱を持つてゐるのを知つた。  「私はお前にこんなものをやらうと思ふ。   一つはゼリーだ。ちょつとした人の足音[あしおと]にさへいくつもの波紋[はもん]が起り、風が吹いて来ると漣[さざなみ]をたてる。色は海の青色で−−御覧そのなかをいくつも魚が泳いでゐる。   もう一つは窓掛けだ。織物ではあるが秋草[あきぐさ]が茂つてゐる叢[くさむら]になつてゐる。またそこには見えないが、色づきかけた銀杏[いてふ]の木がその上には生えてゐる気持。風が来ると草がさわぐ。そして、御覧。尺取虫[しやくとりむし]が枝から枝を匍つてゐる。   この二つをお前にあげる。まだ出来あがらないから待つてゐるがいい、そして詰[つま]らない時には、ふつと思ひ出して見るがいい。きつと愉快になるから。」  彼は或る日|葉書[はがき]へそんなことを書いてしまつた、勿論[もちろん]遊戯ではあつたが。そして此の日頃の昼となし夜となしに、時どきふと感じる気持のむづ痒[がゆ]さを幾分はかせたやうな気がした。夜、静かに寝られないでゐると、空を五位が啼[な]いて通つた。ふとするとその声が自分の身体[からだ]の何処かでしてゐるやうに思はれることがある。虫の啼く声などもへんに部屋の中でのやうに聞える。「はあ、来るな」と思つてゐるとえたいの知れない気特が起つて来る。−−これは此頃|眠[ねむ]れない夜のお極[き]まりのコースであつた。  変な気持は、電燈を消し眼をつぶつてゐる彼の眼の前へ、物が盛に運動する気配を感じさせた。尨大[ぼうだい]なものの気配が見るうちに裏返[うらがへ]つて微塵ほどになる。確かどこかで触[さは]つたことのあるやうな、口へ含んだことのあるやうな運動である、廻転機[くわいてんき]のやうに絶えず廻つてゐるやうで、寝てゐる自分の足の先あたりを想像すれば、途方もなく遠方にあるやうな気持に直ぐそれが捲き込まれてしまふ。本などを読んでゐると時とすると字が小さく見えて来ることがあるが、その時の気持にすこし似てゐる。ひどくなると一|種[しゆ]の恐怖さへ伴[ともな]つて来て眼を閉[ふさ]いではゐられなくなる。  彼は此頃それが妖術[えうじゆつ]が使へさうになる気特だと思ふことがあつた。それはこんな妖術であつた。  子供の時、弟と一|緒[しよ]に寝たりなどすると、彼はよくうつ伏せになつて両手で墻[かき]を作りながら(それが牧場の積りであつた)、 「芳雄君。この中に牛が見えるぜ」と云ひながら弟をだました。両手にかこまれて、顔で蓋[ふた]をされた、敷布の上の暗黒[あんこく]のなかに、さう云へばたくさんの牛や馬の姿が想像されるのだつた。−−彼は今そんなことは本当に可能だといふ気がした。  田園、平野、市街、市場、劇場。船著場や海。さういつた広大[くわうだい]な、人や車馬や船や生物でちりばめられた光景が、どうかしてこの暗黒のなかへ現はれて呉れるといい。そしてそれが今にも見えて来さうだつた。耳にもその騒音[さうおん]が伝はつて来るやうに思へた。  葉書へいたづら書[がき]をした彼の気持も、その変[へん]てこなむづ痒さから来てゐるのだつた。   雨  八月も終りになつた。  信子は明日市の学校の寄宿舎へ帰るらしかつた。指の傷が癒[なほ]つたので、天理様へお陰に行つて来いと母に云はれ、近所[きんじよ]の人に連れられて、そのお礼[れい]も済ませて来た。その人がこの近所では最も熱心[ねつしん]な信者だつた。 「荷札は?」信子の大きな行李[かうり]を縛つてやつてゐた兄がさう云つた。 「何を立つて見とるのや」兄が怒[おこ]つたやうにからかふと、信子は笑ひながら捜[さが]しに行つた。 「ないわ」信子がそんなに云つて帰つて来た。 「カフスの古いので作[つく]つたら………」と彼が云[い]ふと、兄は、 「いや、まだたくさんあつた筈や。あの抽出[ひきだ]し見たか」信子は見たと云つた。 「勝子がまた蔵[しま]ひ込んどるんやないかいな。一|遍[ぺん]見てみ」兄がそんなに云つて笑つた。勝子は自分の抽出[ひきだ]しへ極[ご]く下[くだ]らないものまで拾[ひろ]つて来ては蔵ひ込んでゐた。 「荷札ならここや」母がさう云つて、それ見たかといふやうな軽い笑顔をしながら持つて来た。 「やつぱり年寄[としより]がをらんとあかんて」兄はそんな情愛[じようあい]の籠[こも]つたことを云つた。  晩には母が豆を煎[い]つてゐた。 「峻さん。あんたにこんなのはどうですな」そんなに云つて煎りあげたのを彼の方へ寄せた。 「信子が寄宿舎へ持つて帰るお土産[みやげ]です。一升ほども持つて帰つても、ぢきにぺろつと失くなるのやさうで………」  峻が話を聴[き]きながら豆を皎[か]んでゐると、裏口で音がして信子が帰つて来た。 「貸して呉れはつたか」 「はあ裏へおいといた」 「雨が降るかも知れんでづつとなかへ引き込んでおいで」 「はあ。引き込んである」 「吉峯[よしみね]さんのをばさんがあしたお帰りですかて………」信子は何かをかしさうに言葉を杜断[とぎ]らせた。 「あしたお帰りですかて?」母が聞きかへした。吉峯さんの小母さんに「何時[いつ]お帰りです。あしたお帰りですか」と訊[き]かれて、信子が間誤[まご]ついて「ええ、あしたお帰りです」と云つたといふ話だつた。母や彼が笑ふと、信子は少し顔を赦[あか]くした。  借りて来たのは乳母車だつた。 「明日一番で立つのを、行李[かうり]|乗[の]せて停車場まで送[おく]つて行[い]てやります」母がそんなに云つて訳[わけ]を話した。  大変だな、と彼は思つてゐた。 「勝子も行くて?」信子が訊くと、 「行くのやと云ふて、今夜は早うからおやすみや」と母が云つた。  彼は、朝が早いのに荷物を出すなんて面倒だから、今夜のうちに切符を買つて、先へ手荷物で送つてしまつたらいいと思つて、 「僕、今から持つて行つて来ませうか」と云つて見た。一つには、彼自身|体裁屋[ヽヽヽ]なので、年頃[としごろ]の信子の気持を先廻りした積[つも]りであつた。然し母と信子があまり「かまはない、かまはない」と云ふのであちらまかせにしてしまつた。  母と娘と姪[めひ]が、夏の朝の明方[あけがた]を三人で、一人は乳母車をおし、一人は|いでたち[ヽヽヽヽ]をした一人に手を曳[ひ]かれ、停車場へ向つてゆく、その出発を彼は心に浮べて見た。美しかつた。 「お互の心の中でさうした出発の楽[たの]しさを|あて[ヽヽ]にしてゐるのぢやなからうか」そして彼は心が清く洗はれるのを感じた。  夜はその夜も眠りにくかつた。十二時頃夕立がした。その続きを彼は心待ちに寝[ね]てゐた。  暫くするとそれが遠[とほ]くからまた歩[あゆ]み寄つて来る音がした。  虫の声が雨の音に変つた。ひとしきりするとそれはまた町[まち]の方へ過ぎて行つた。  蚊帳[かや]をまくつて起きて出、雨戸を一枚繰[く]つた。  城の本丸に電燈が輝いてゐた。雨に光沢を得た樹の葉がその灯の下で数知れない魚鱗[ぎよりん]のやうな光を放つてゐた。  また夕立が来た。彼は閾[しきい]の上へ腰をかけ、雨で足を冷した。  眼の下の長屋の一軒の戸が開いて、ねまき姿[すがた]の若い女が喞筒[ぽんぷ]へ水を汲みに来た。  雨の脚が強くなつて、とゆ[ヽヽ]がごくりごくり喉[のど]を鳴らし出した。  気がつくと、白[しろ]い猫が一匹、よその家の軒下[のきした]をわたつて行つた。  信子の着物が物干竿にかかつたまま雨の中にあつた。筒袖[つつそで]の、平常[ふだん]着てゐた|ゆかた[ヽヽヽ]で彼の一番眼に慣れた着物だつた。その故[せゐ]か、見てゐると不思議な位信子の身体つきが髣髴[はうふつ]とした。  夕立はまた町の方へ行つてしまつた。遠くでその音がしてゐる。 「チン、チン」 「チン、チン」  鳴きだしたこほろぎの声にまじつて、質[しつ]の緻密[ちみつ]な玉を硬度の高い金属ではじくやうな虫もなき出した。  彼はまだ熱い額を感[かん]じながら、城を越[こ]えてもう一つ夕立が来るのを待つてゐた。 (大正十四年二月) ■このファイルについて 標題:城のある町にて 著者:梶井基次郎 本文:「檸檬」(武蔵野書院版)      精選 名著復刻全集 近代文学館   昭和48年5月20日 発行 参照:「梶井基次郎全集」 第一巻      1999年11月10日 初版第一刷発行      発行所 筑摩書房 異同:「梶井基次郎全集」との異同 (武蔵野書院版/筑摩書房版全集) *1…入道雲[にゆうだうぐも]/[にふだうぐも] *2…展望[てんぼう]/[てんばう] *3…北ムロ/北牟婁 *4…瑞々/瑞みづ *5…教科書/教教書 *6…づつとなかへ/ずつとなかへ *7…褪赭/代赭 *8…興味[きやうみ]/[きようみ] *9…入[はい]つた/入[はひ]つた *10…醤油[しようゆう]/醤油[しやうゆう] *11…自由[じゆう]/自由[じいう] *12…銀杏[いてふ]/銀杏[いちやう] *13…厖大[ぼうだい]/厖大[ばうだい] *14…情愛[じようあい]/情愛[じやうあい] *15…閾[しきい]/閾[しきゐ] 表記:以下のように扱いました。 ●誤字・脱字等は訂正せず、底本通りとしました。 ●本文のかなづかいは、底本通りとしました。 ●旧字体は、現行の新字体に変えました。新字体がない場合は、旧字体をそのまま用いました。 ●「|」は、ルビ等をふる最初の文字を示します。 ●[]内はルビです。 入力:今井安貴夫 ファイル作成:里実工房 公開:2005年6月20日