徒然草
 

■第二百四十一段

望月もちづきまどかなることは、しばらくもぢゆうせず、やがてけぬ。心止とどめぬ人は、一夜ひとようちにさまで変るさまの見えぬにやあらん。病やまひおもるも、住するひまなくして、死期しご既に近し。されども、いま病急きふならず、死におもむかざる程は、常住平生じやうぢゆうへいぜいの念に習ひて、 しやうの中に多くのことをじやうじてのちしづかに道をしゆ せんと思ふ程に、病を受けて死門しもんに臨む時、所願一ことしよぐわんいちじも成せず。言ふかひなくて、年月としつき懈怠けだいいて、このたびし立ち直りていのちまつたくせば、に継ぎて、このこと、かのこと、おこたらずじゃうじてんと願ひを起すらめど、やがておもりぬれば、われにもあらず取り乱して果てぬ。このたぐいのみこそあらめ。このこと、づ、人々、急ぎ心に置くべし。

所願しよぐわんを成じてのちいとまありて道にむかはんとせば、所願尽くべからず。如幻によげんしやううちに、何ことなにごとをかなさん。すべて、所願皆妄想みなまうざうなり。所願心に来たらば、妄信迷乱まうしんめいらんすと知りて、一こといちじをもなすべからず。直ぢきに万ことばんじ放下はうげして道にむかふ時、障りなく、所作しよさなくて、心身しんじん永くしづかなり。










松田史生氏が作成したテキストファイルを、岡島昭浩氏が手を加え、さらに江口聡氏がHTML化したファイルを以下のように変更しました。

変更箇所
  ルビ付きHTMLファイルに変換
  ルビをカタカナからひらがなに変更
  行間処理(行間180%)
  段落処理(形式段落ごとに<P>タグ追加、段落冒頭の一字下げを一行下げに変更)
変更作業:里実福太朗
変更終了:平成13年10月