徒然草
 

■第二百四十段

しのぶのうらあまの見る目もところせく、くらぶの山も人繁しげからんに、わりなくかよはん心のいろこそ、浅からず、あはれと思ふ、節々ふしぶしの忘れがたきことも多からめ、親・はらからゆるして、ひたふるにむかゑたらん、いとまばゆかりぬべし。

世にありわぶる女の、似げなき老法師おいぼふし、あやしの吾妻人あづまうどなりとも、にぎはゝしきにつきて、「誘さそう水あらば」など云ふを、仲人なかうど何方いづかたも心にくきさまに言ひなして、知られず、知らぬ人をむかへもてたらんあいなさよ。何ことなにごと をか打ちづることにせん。年月としつきのつらさをも、「分葉山はやまの」なども相語あひかたらはんこそ、きせぬことにてもあらめ。

すべて、余所よその人の取りまかなひたらん、うたて心づきなきこと、多かるべし。よき女ならんにつけても、品下しなくだり、見にくゝ、としけなん男は、かくあやしきのために、あたら身をいたづらになさんやはと、人も心劣こころおとりせられ、我が身は、むかひゐたらんも、影恥かげはづかしく覚えなん。いとこそあいなからめ。

梅の花かうばしき朧月おぼろづきたたずみ、御垣みかきはら露分つゆわけ出でん有明ありあけの空も、身様みざましのばるべくもなからん人は、たゞ、色好まざらんにはかじ。










松田史生氏が作成したテキストファイルを、岡島昭浩氏が手を加え、さらに江口聡氏がHTML化したファイルを以下のように変更しました。

変更箇所
  ルビ付きHTMLファイルに変換
  ルビをカタカナからひらがなに変更
  行間処理(行間180%)
  段落処理(形式段落ごとに<P>タグ追加、段落冒頭の一字下げを一行下げに変更)
変更作業:里実福太朗
変更終了:平成13年10月