徒然草
園の別当入道は、さうなき庖丁者 なり。或人の許にて、いみじき鯉を出だしたりければ、皆人、別当入道の庖丁を見ばやと思へども、たやすくうち出でんもいかゞとためらひけるを、別当入道、さる人にて、「この程、百日の鯉を切り侍るを、今日欠き侍るべきにあらず。枉げて申し請けん」とて切られける、いみじくつきづきしく、興ありて人ども思へりけると、或人、北山太政入道殿に語り申されたりければ、「かやうのこと、己れはよにうるさく覚ゆるなり。『切りぬべき人なくは、給べ。切らん』と言ひたらんは、なほよかりなん。何条 、百日の鯉を切らんぞ」とのたまひたりし、をかしく覚えしと人の語り給ひける、いとをかし。
大方、振舞ひて興あるよりも、興なくてやすらかなるが、勝りたることなり。客人の饗応なども、ついでをかしきやうにとりなしたるも、まことによけれども、たゞ、そのこととなくてとり出でたる、いとよし。人に物を取らせたるも、ついでなくて、「これを奉らん」と云ひたる、まことの志なり。惜しむ由して乞はれんと思ひ、勝負の負けわざにことづけなどしたる、むつかし。
松田史生氏が作成したテキストファイルを、岡島昭浩氏が手を加え、さらに江口聡氏がHTML化したファイルを以下のように変更しました。
変更箇所
ルビ付きHTMLファイルに変換
ルビをカタカナからひらがなに変更
行間処理(行間180%)
段落処理(形式段落ごとに<P>タグ追加、段落冒頭の一字下げを一行下げに変更)
変更作業:里実福太朗
変更終了:平成13年10月