徒然草
　

■第二百二十段

「何ことも、辺土へんどは賤しく、かたくななれども、天王寺てんわうじ の舞楽ぶがくのみ都みやこに恥ぢず」と云ふ。天王寺の伶人れいじんの申し侍りしは、「当寺たうじの楽がくは、よく図づを調べ合はせて、ものの音ねのめでたく調ととのほり侍ること、外ほかよりもすぐれたり。故は、太子たいしの御時おんときの図、今に侍るを博士はかせとす。いはゆる六時ろくじ堂の前の鐘なり。その声、黄鐘調わうじきでうの最中もなかなり。寒かん・暑しよに随したがひて上あがり・下さがりあるべき故に、二月涅槃会にぐわつねはんヱより聖霊会しやうりやうヱまでの中間ちゆうげんを指南しなんとす。秘蔵ひさうのことなり。この一調子 いつてうしをもちて、いづれの声をも調へ侍るなり」と申しき。

凡およそ、鐘の声は黄鐘調なるべし。これ、無常の調子、祇園精舎ぎをんしやうじやの無常院むじやういんの声なり。西園寺さいをんじの鐘、黄鐘調に鋳いらるべしとて、数多度あまたたび鋳かへられけれども、叶かなはざりけるを、遠国をんごくより尋ね出されけり。浄金剛じやうこんがう院の鐘の声、また黄鐘調なり。

松田史生氏が作成したテキストファイルを、岡島昭浩氏が手を加え、さらに江口聡氏がＨＴＭＬ化したファイルを以下のように変更しました。

変更箇所
　　ルビ付きＨＴＭＬファイルに変換
　　ルビをカタカナからひらがなに変更
　　行間処理（行間１８０％）
　　段落処理（形式段落ごとに＜Ｐ＞タグ追加、段落冒頭の一字下げを一行下げに変更）
変更作業：里実福太朗
変更終了：平成１３年１０月