徒然草
 

■第二百十五段

平宣時朝臣たひらののぶときあつそんおいの後、昔語むかしがたり に、「最明寺入道さいみやうじのにふだう或宵あるよひに呼ばるゝことありしに、『やがて』と申しながら、直垂ひたたれのなくてとかくせしほどに、また、使つかひ来りて、『直垂などの候はぬにや。夜なれば、異様ことやうなりとも、く』とありしかば、えたる直垂、うちうちのまゝにてまかりたりしに、銚子てうし土器かはらけ取り へて持て出でて、『この酒を独りたうべんがさうざうしければ、申しつるなり。肴さかなこそなけれ、人は静まりぬらん、さりぬべき物やあると、いづくまでも求め給へ』とありしかば、紙燭しそくさして、隈々くまぐまを求めし程に、台所の棚に、小土器に味噌みその少し附きたるを見出みいでて、『これぞ求め得て候ふ』と申ししかば、『ことこと足りなん』とて、心よく数献 すこんに及びて、きょうに入られ侍りき。その世には、かくこそ侍りしか」と申されき。










松田史生氏が作成したテキストファイルを、岡島昭浩氏が手を加え、さらに江口聡氏がHTML化したファイルを以下のように変更しました。

変更箇所
  ルビ付きHTMLファイルに変換
  ルビをカタカナからひらがなに変更
  行間処理(行間180%)
  段落処理(形式段落ごとに<P>タグ追加、段落冒頭の一字下げを一行下げに変更)
変更作業:里実福太朗
変更終了:平成13年10月