徒然草
 

■第二百十一段

よろづのことは頼むべからず。愚かなる人は、深く物を頼む故に、恨み、いかることあり。勢いきほひありとて、頼むべからず。こはき者先づ滅ぶ。財たから多しとて、頼むべからず。時のに失ひ易し。才ざえ ありとて、頼むべからず。孔子も時にはず。徳ありとて、頼むべからず。顔回ぐわんかいも不幸なりき。君きみちょうをも頼むべからず。誅 ちうを受くることすみやかなり。奴やつこ従へりとて、頼むべからず。背そむき走ることあり。人のこころざしをも頼むべからず。必ずへん。約やくをも頼むべからず。信しんあること少し。

身をも人をも頼まざれば、なる時は喜び、なる時は恨みず。左右さう広ければ、さはらず、前後遠ぜんごとほければ、ふさがらず。狭せばき時はひしくだく。心を用ゐることすこしきにしてきびしき時は、物にさかひ、争ひて破る。緩ゆるくしてやはら かなる時は、一毛いちまうも損せず。

人は天地の霊なり。天地は限る所なし。人のしやう、何ぞことならん。寛大くわんだいにして極まらざる時は、喜怒きどこれに障らずして、物のためにわづらはず。










松田史生氏が作成したテキストファイルを、岡島昭浩氏が手を加え、さらに江口聡氏がHTML化したファイルを以下のように変更しました。

変更箇所
  ルビ付きHTMLファイルに変換
  ルビをカタカナからひらがなに変更
  行間処理(行間180%)
  段落処理(形式段落ごとに<P>タグ追加、段落冒頭の一字下げを一行下げに変更)
変更作業:里実福太朗
変更終了:平成13年10月