徒然草
 

■第百七十一段

かひおほふ人の、我が前なるをばきて、余所よそを見渡して、人のそでのかげ、膝の下まで目をくばる間に、前なるをば人におほはれぬ。よく覆ふ人は、余所までわりなく取るとは見えずして、近きばかり覆ふやうなれど、多く覆ふなり。碁盤ごばんの隅に石を立てて弾くに、向ひなる石を目守まぼりて弾くは、当らず、我が手許てもとをよく見て、こゝなる聖目ひじりめすぐに弾けば、立てたる石、必ず当る。

万のこと、ほかに向きて求むべからず。たゞ、こゝもとを正しくすべし。清献公せいけんこうが言葉に、「好ことかうじぎやうじて、前程ぜんていを問ふことなかれ」と言へり。世をたもたん道も、かくや侍らん。内うちを慎まず、かろく、ほしきまゝにして、みだりなれば、遠き国必ずそむく時、初めてはかりことを求む。「風に当り、湿しつして、病を神霊に訴ふるは、愚かなる人なり」と医書に言へるが如し。目の前なる人のうれへめ、恵みを施し、道を正しくせば、その化 くわ遠く流れんことを知らざるなり。禹の行きて三苗さんべうせいせしも、いくさかへして徳をくにはかざりき。










松田史生氏が作成したテキストファイルを、岡島昭浩氏が手を加え、さらに江口聡氏がHTML化したファイルを以下のように変更しました。

変更箇所
  ルビ付きHTMLファイルに変換
  ルビをカタカナからひらがなに変更
  行間処理(行間180%)
  段落処理(形式段落ごとに<P>タグ追加、段落冒頭の一字下げを一行下げに変更)
変更作業:里実福太朗
変更終了:平成13年10月