徒然草
 

■第百七十段

さしたることなくて人のがり行くは、よからぬことなり。用ありて行きたりとも、そのこと果てなば、く帰るべし。久しく居たる、いとむつかし。

人とむかひたれば、ことば多く、身もくたびれ、心もしづかならず、万のことさはりて時を移す、互ひのためやくなし。厭いとはしげに言はんもわろし。心づきなきことあらん折は、なかなか、そのよしをも言ひてん。同じ心に向はまほしく思はん人の、つれづれにて、「今暫しば。今日けふ心閑しづかに」など言はんは、この限りにはあらざるべし。阮籍げんせきが青きまなこ、誰にもあるべきことなり。

そのこととなきに、人の来りて、のどかに物語して帰りぬる、いとよし。また、ふみも、「久しくきこえさせねば」などばかり言ひおこせたる、いとうれし。










松田史生氏が作成したテキストファイルを、岡島昭浩氏が手を加え、さらに江口聡氏がHTML化したファイルを以下のように変更しました。

変更箇所
  ルビ付きHTMLファイルに変換
  ルビをカタカナからひらがなに変更
  行間処理(行間180%)
  段落処理(形式段落ごとに<P>タグ追加、段落冒頭の一字下げを一行下げに変更)
変更作業:里実福太朗
変更終了:平成13年10月