徒然草
 

■第百六十八段

年老いたる人の、一こといちじすぐれたるざえのありて、「この人ののちには、誰にか問はん」など言はるゝは、おい方人かたうど にて、けるもいたづらならず。さはあれど、それもすたれたる所のなきは、一生、このことにて暮れにけりと、つたなく見ゆ。「今は忘れにけり」と言ひてありなん。

大方は、知りたりとも、すゞろに言ひ散らすは、さばかりの才にはあらぬにやと聞え、おのづから誤りもありぬべし。「さだかにもわきまへ知らず」など言ひたるは、なほ、まことに、道のあるじとも覚えぬべし。まして、知らぬこと、したりがほに、おとなしく、もどきぬべくもあらぬ人の言ひ聞かするを、「さもあらず」と思ひながら聞きゐたる、いとわびし。










松田史生氏が作成したテキストファイルを、岡島昭浩氏が手を加え、さらに江口聡氏がHTML化したファイルを以下のように変更しました。

変更箇所
  ルビ付きHTMLファイルに変換
  ルビをカタカナからひらがなに変更
  行間処理(行間180%)
  段落処理(形式段落ごとに<P>タグ追加、段落冒頭の一字下げを一行下げに変更)
変更作業:里実福太朗
変更終了:平成13年10月