徒然草
　

■第百五十七段

筆を取れば物書かれ、楽器がくきを取れば音ねを立てんと思ふ。盃さかづきを取れば酒を思ひ、賽さいを取れば攤だ打たんことを思ふ。心は、必ず、ことことに触れて来る。仮にも、不善ふぜんの戯たわぶれをなすべからず。

あからさまに聖教しやうげうの一句いつくを見れば、何となく、前後ぜんごの文もんも見ゆ。卒爾そつじにして多年たねんの非を改むることもあり。仮に、今、この文を披ひろげざらましかば、このことを知らんや。これ則ち、触るゝ所の益やくなり。心更さらに起らずとも、仏前ぶつぜんにありて、数珠じゆずを取り、経きやうを取らば、怠るうちにも善業自ぜんごふおのづから修せられ、散乱さんらんの心ながらも縄床じようしやう に座ざせば、覚えずして禅定成ぜんぢやうなるべし。

ことじ・理りもとより二つならず。外相げさうもし背かざれば、内証ないしよう必ず熟す。強ひて不信を言ふべからず。仰あふぎてこれを尊たふとむべし。

松田史生氏が作成したテキストファイルを、岡島昭浩氏が手を加え、さらに江口聡氏がＨＴＭＬ化したファイルを以下のように変更しました。

変更箇所
　　ルビ付きＨＴＭＬファイルに変換
　　ルビをカタカナからひらがなに変更
　　行間処理（行間１８０％）
　　段落処理（形式段落ごとに＜Ｐ＞タグ追加、段落冒頭の一字下げを一行下げに変更）
変更作業：里実福太朗
変更終了：平成１３年１０月