徒然草
　

■第百五十五段

世に従したがはん人は、先まづ、機嫌きげんを知るべし。序悪ついであしきことは、人の耳にも逆さかひ、心にも違たがひて、そのこと成らず。さやうの折節をりふしを心得こころうべきなり。但ただし、病やまひ を受け、子生み、死ぬることのみ、機嫌をはからず、序悪しとて止むことなし。生 しやう・住ぢゆう・異い・滅めつの移り変る、実まことの大ことは、猛たけき河かはの漲みなぎりり流るゝが如し。暫しばしも滞とどこほらず、直ただちに行ひゆくものなり。されば、真俗しんぞくにつけて、必ず果はたし遂げんと思はんことは、機嫌を言ふべからず。とかくのもよひなく、足を踏み止とどむまじきなり。

春暮れて後のち、夏になり、夏果てて、秋の来るにはあらず。春はやがて夏の気きを催もよほし、夏より既に秋は通かよひ、秋は即すなはち寒くなり、十月は小春こはるの天気てんき、草も青くなり、梅も蕾つぼみぬ。木この葉はの落つるも、先まづ落ちて芽めぐむにはあらず、下 したより萌きざしつはるに堪たへずして落つるなり。迎むかふる気き、下に設けたる故に、待ちとる序甚はなはだ速し。生・老らう・病びやう ・死しの移り来きたること、また、これに過ぎたり。四季は、なほ、定さだまれる序あり。死期しごは序ついでを待たず。死は、前よりしも来きたらず。かねて後うしろに迫れり。人皆死しあることを知りて、待つことしかも急きふならざるに、覚えずして来る。沖の干潟遥ひかたはるかなれども、磯いそより潮しほの満つるが如し。

松田史生氏が作成したテキストファイルを、岡島昭浩氏が手を加え、さらに江口聡氏がＨＴＭＬ化したファイルを以下のように変更しました。

変更箇所
　　ルビ付きＨＴＭＬファイルに変換
　　ルビをカタカナからひらがなに変更
　　行間処理（行間１８０％）
　　段落処理（形式段落ごとに＜Ｐ＞タグ追加、段落冒頭の一字下げを一行下げに変更）
変更作業：里実福太朗
変更終了：平成１３年１０月