徒然草
 

■第百三十段

物に争はず、己れをげて人に従ひ、我が身をのちにして、人を先にするにはかず。

よろづの遊びにも、勝負かちまけを好む人は、勝ちてきょうあらんためなり。己れが芸のまさりたることを喜ぶ。されば、負けて興なくおぼ ゆべきこと、また知られたり。我負けて人を喜ばしめんと思はば、さらに遊びの興なかるべし。人ほいに本意なく思はせて我が心を慰めんこと、徳に そむけり。睦むつましき中にたはぶるゝも、人にはかあざむ きて、己れがのまさりたることを興とす。これまた、礼にあらず。されば、始め興宴きようえんより起りて、長き恨みを結ぶたぐい多し。これみな、争ひを好むしつなり。

人にまさらんことを思はば、たゞ学問して、その智を人に増さんと思ふべし。道を学ぶとならば、善にほこらず、ともがらに争ふべからずといふことを知るべき故なり。大きなる職をも辞し、利をも捨つるは、たゞ、学問の力なり。










松田史生氏が作成したテキストファイルを、岡島昭浩氏が手を加え、さらに江口聡氏がHTML化したファイルを以下のように変更しました。

変更箇所
  ルビ付きHTMLファイルに変換
  ルビをカタカナからひらがなに変更
  行間処理(行間180%)
  段落処理(形式段落ごとに<P>タグ追加、段落冒頭の一字下げを一行下げに変更)
変更作業:里実福太朗
変更終了:平成13年10月