徒然草
物に争はず、己れを枉げて人に従ひ、我が身を後にして、人を先にするには及かず。
万の遊びにも、勝負を好む人は、勝ちて興あらんためなり。己れが芸のまさりたることを喜ぶ。されば、負けて興なく覚 ゆべきこと、また知られたり。我負けて人を喜ばしめんと思はば、更に遊びの興なかるべし。人に本意なく思はせて我が心を慰めんこと、徳に背けり。睦しき中に戯るゝも、人に計り欺 きて、己れが智のまさりたることを興とす。これまた、礼にあらず。されば、始め興宴より起りて、長き恨みを結ぶ類多し。これみな、争ひを好む失なり。
人にまさらんことを思はば、たゞ学問して、その智を人に増さんと思ふべし。道を学ぶとならば、善に伐らず、輩に争ふべからずといふことを知るべき故なり。大きなる職をも辞し、利をも捨つるは、たゞ、学問の力なり。
松田史生氏が作成したテキストファイルを、岡島昭浩氏が手を加え、さらに江口聡氏がHTML化したファイルを以下のように変更しました。
変更箇所
ルビ付きHTMLファイルに変換
ルビをカタカナからひらがなに変更
行間処理(行間180%)
段落処理(形式段落ごとに<P>タグ追加、段落冒頭の一字下げを一行下げに変更)
変更作業:里実福太朗
変更終了:平成13年10月