徒然草
顔回は、志、人に労を施さじとなり。すべて、人を苦しめ、物を虐ぐること、賤しき民の志をも奪ふべからず。また、いときなき子を賺し、威し、言ひ恥かしめて、興ずることあり。おとなしき人は、まことならねば、ことにもあらず思へど、幼き心には、身に沁みて、恐ろしく、恥かしく、あさましき思ひ、まことに切 なるべし。これを悩まして興ずること、慈悲の心にあらず。おとなしき人の、喜び、怒り、哀しび、楽しぶも、皆虚妄なれども、誰か実有の相に著せざる。
身をやぶるよりも、心を傷ましむるは、人を害ふことなほ甚だし。病を受くることも、多くは心より受く。外より来る病は少し。薬を飲みて汗を求むるには、験なきことあれども、一旦恥ぢ、恐るゝことあれば、必ず汗を流すは、心のしわざなりといふことを知るべし。凌雲の額を書きて白頭の人と成りし例、なきにあらず。
松田史生氏が作成したテキストファイルを、岡島昭浩氏が手を加え、さらに江口聡氏がHTML化したファイルを以下のように変更しました。
変更箇所
ルビ付きHTMLファイルに変換
ルビをカタカナからひらがなに変更
行間処理(行間180%)
段落処理(形式段落ごとに<P>タグ追加、段落冒頭の一字下げを一行下げに変更)
変更作業:里実福太朗
変更終了:平成13年10月