徒然草
 

■第百十四段

今出川いまでがは大殿おほいとの嵯峨さがへおはしけるに、有栖川ありすがはのわたりに、水の流れたる所にて、賽王丸さいわうまる御牛おんうしを追ひたりければ、あがきの水、前板まへいたまでさゝとかゝりけるを、為則ためのり御車みくるまのしりに候ひけるが、「希有けうわらはかな。かゝる所にて御牛おんうしをば追ふものか」と言ひたりければ、大殿、御気色みけしきしくなりて、「おのれ、車やらんこと、賽王丸にまさりてえ知らじ。希有の男なり」とて、御車にかしらを打ち当てられにけり。この高名かうみやうの賽王丸は、太秦殿うづまさどの の男、れう御牛飼おんうしかひぞかし。

この太秦殿に侍りける女房の名ども、一人はひざさち、一人はことづち、一人ははふばら、一人はおとうしと付けられけり。










松田史生氏が作成したテキストファイルを、岡島昭浩氏が手を加え、さらに江口聡氏がHTML化したファイルを以下のように変更しました。

変更箇所
  ルビ付きHTMLファイルに変換
  ルビをカタカナからひらがなに変更
  行間処理(行間180%)
  段落処理(形式段落ごとに<P>タグ追加、段落冒頭の一字下げを一行下げに変更)
変更作業:里実福太朗
変更終了:平成13年10月