徒然草
 

■第百十二段

明日は遠き国へおもむくべしと聞かん人に、心閑しづかになすべからんわざをば、人言ひかけてんや。俄にはかの大ことをも営み、せつ なげくこともある人は、他のことを聞き入れず、人のうれへ・喜びをも問はず。問はずとて、などやと恨むる人もなし。されば、年もやうやうけ、病にもまつはれ、いはんや世をものがれたらん人、また、これに同じかるべし。

人間の儀式、いづれのことか去り難からぬ。世俗せぞくもくし難きに随ひて、これを必ずとせば、願ひも多く、身も苦しく、心のいとまもなく、一生は、雑ことざふじ小節せうせつにさへられて、空しく暮れなん。日暮れ、みち遠し。吾が生既に蹉蛇さだたり。諸縁しよえん放下はうげすべき時なり。信をも守らじ。礼儀をも思はじ。この心をも得ざらん人は、物狂ひとも言へ、うつつなし、なさけなしとも思へ。毀そしるとも苦しまじ。誉むとも聞き入れじ。










松田史生氏が作成したテキストファイルを、岡島昭浩氏が手を加え、さらに江口聡氏がHTML化したファイルを以下のように変更しました。

変更箇所
  ルビ付きHTMLファイルに変換
  ルビをカタカナからひらがなに変更
  行間処理(行間180%)
  段落処理(形式段落ごとに<P>タグ追加、段落冒頭の一字下げを一行下げに変更)
変更作業:里実福太朗
変更終了:平成13年10月