徒然草
寸陰惜しむ人なし。これ、よく知れるか、愚かなるか。愚かにして怠る人のために言はば、一銭軽しと言へども、これを重ぬれば、貧しき人を富める人となす。されば、商人の、一銭を惜しむ心、切なり。刹那覚えずといへども、これを運びて止まざれば、命を終ふる期、忽ちに至る。
されば、道人は、遠く日月を惜しむべからず。たゞ今の一念、空しく過ぐることを惜しむべし。もし、人来りて、我が命、明日は必ず失はるべしと告げ知らせたらんに、今日の暮るゝ間、何ことをか頼み、何ことをか営まん。我等が生ける今日の日、何ぞ、その時節に異ならん。一日のうちに、飲食・便利・睡眠・言語・行歩、止むことを得ずして、多くの時を失ふ。その余りの暇幾ばくならぬうちに、無益のことをなし、無益のことを言ひ、無益のことを思惟して時を移すのみならず、日を消し、月を亘りて、一生を送る、尤も愚かなり。
謝霊運は、法華の筆受なりしかども、心、常に風雲の思を観ぜしかば、恵遠、白蓮の交りを許さざりき。暫くもこれなき時は、死人に同じ。光陰何のためにか惜しむとならば、内に思慮なく、外に世ことなくして、止まん人は止み、修せん人は修せよとなり。
松田史生氏が作成したテキストファイルを、岡島昭浩氏が手を加え、さらに江口聡氏がHTML化したファイルを以下のように変更しました。
変更箇所
ルビ付きHTMLファイルに変換
ルビをカタカナからひらがなに変更
行間処理(行間180%)
段落処理(形式段落ごとに<P>タグ追加、段落冒頭の一字下げを一行下げに変更)
変更作業:里実福太朗
変更終了:平成13年10月