徒然草
高野証空上人、京へ上りけるに、細道にて、馬に乗りたる女の、行きあひたりけるが、口曳きける男、あしく曳きて、聖の馬を堀へ落してんげり。
聖、いと腹悪しくとがめて、「こは希有の狼藉かな。四部の弟子はよな、比丘よりは比丘尼に劣り、比丘尼より優婆塞は劣り、優婆塞より優婆夷は劣れり。かくの如くの優婆夷などの身にて、比丘を堀へ蹴入れさする、未曾有 の悪行なり」と言はれければ、口曳きの男、「いかに仰せらるゝやらん、えこそ聞き知らね」と言ふに、上人、なほいきまきて、「何と言ふぞ、非修非学の男」とあらゝかに言ひて、極まりなき放言しつと思ひける気色にて、馬ひき返して逃げられにけり。
尊かりけるいさかひなるべし。
松田史生氏が作成したテキストファイルを、岡島昭浩氏が手を加え、さらに江口聡氏がHTML化したファイルを以下のように変更しました。
変更箇所
ルビ付きHTMLファイルに変換
ルビをカタカナからひらがなに変更
行間処理(行間180%)
段落処理(形式段落ごとに<P>タグ追加、段落冒頭の一字下げを一行下げに変更)
変更作業:里実福太朗
変更終了:平成13年10月