徒然草
 

■第九十二段

或人あるひと弓射ることを習ふに、諸矢もろやをたばさみて的に むかふ。師の云はく、「初心しよしんの人、二つの矢を持つことなかれ。後 のちの矢をたのみて、始めの矢に等閑なほざりの心あり。毎度まいど、たゞ、得失とくしつなく、この一矢ひとやさだむべしと思へ」と云ふ。わづかに二つの矢、師の前にて一つをおろかにせんと思はんや。懈怠けだいの心、みづから知らずといへども、師これを知る。このいましめ、万ことばんじにわたるべし。

みちがくする人、ゆうべにはあしたあらんことを思ひ、朝には夕あらんことを思ひて、重ねてねんごろにしゆせんことをす。況 いはんや、一刹那せつなの中において、懈怠の心あることを知らんや。何ぞ、たゞ今の一念において、ただちにすることのはなはかたき。










松田史生氏が作成したテキストファイルを、岡島昭浩氏が手を加え、さらに江口聡氏がHTML化したファイルを以下のように変更しました。

変更箇所
  ルビ付きHTMLファイルに変換
  ルビをカタカナからひらがなに変更
  行間処理(行間180%)
  段落処理(形式段落ごとに<P>タグ追加、段落冒頭の一字下げを一行下げに変更)
変更作業:里実福太朗
変更終了:平成13年10月