徒然草
 

■第八十五段

人の心すなほならねば、いつはりなきにしもあらず。されども、おのづから、正直しやうぢきの人、などかなからん。己おのれすなほならねど、人のけんを見てうらやむは、尋常よのつねなり。至りて愚かなる人は、たまたま賢なる人を見て、これを憎む。「大きなる利を得んがために、少 すこしきの利を受けず、いつはり飾りて名を立てんとす」とそしる。己れが心にたがへるによりてこのあざけりをなすにて知りぬ、この人は、下愚かぐせい移るべからず、偽りて小利せうりをもすべからず、仮りにも賢を学ぶべからず。

狂人の真似まねとて大路おほちを走らば、即ち狂人なり。悪人の真似とて人を殺さば、悪人なり。驥を学ぶは驥のたぐひ、しゆんを学ぶは舜のともがらなり。偽りても賢を学ばんを、賢といふべし。










松田史生氏が作成したテキストファイルを、岡島昭浩氏が手を加え、さらに江口聡氏がHTML化したファイルを以下のように変更しました。

変更箇所
  ルビ付きHTMLファイルに変換
  ルビをカタカナからひらがなに変更
  行間処理(行間180%)
  段落処理(形式段落ごとに<P>タグ追加、段落冒頭の一字下げを一行下げに変更)
変更作業:里実福太朗
変更終了:平成13年10月