徒然草
 

■第八十二段

「羅うすもの表紙へうしは、く損ずるがわびしき」と人の言ひしに、頓阿とんなが、「羅は上下かみしもはつれ、螺鈿らでんぢくは貝落ちてのちこそ、いみじけれ」と申し侍りしこそ、心まさりして覚えしか。一部とある草子などの、同じやうにもあらぬを見にくしと言へど、弘融こうゆう僧都そうづが、「物を必ず一具に調へんとするは、つたなき者のすることなり。不具ふぐなるこそよけれ」と言ひしも、いみじく覚えしなり。

「すべて、何も皆、ことのとゝのほりたるは、あしきことなり。し残したるをさて打ち置きたるは、面白く、生き延ぶるわざなり。内裏だいり造らるゝにも、必ず、作り果てぬ所を残すことなり」と、或人申し侍りしなり。先賢せんけん の作れる内外ないげふみにも、章段しやうだんけたることのみこそ侍れ。










松田史生氏が作成したテキストファイルを、岡島昭浩氏が手を加え、さらに江口聡氏がHTML化したファイルを以下のように変更しました。

変更箇所
  ルビ付きHTMLファイルに変換
  ルビをカタカナからひらがなに変更
  行間処理(行間180%)
  段落処理(形式段落ごとに<P>タグ追加、段落冒頭の一字下げを一行下げに変更)
変更作業:里実福太朗
変更終了:平成13年10月