徒然草
 

■第七十五段

つれづれわぶる人は、いかなる心ならん。まぎるゝ方なく、たゞひとりあるのみこそよけれ。

世に従へば、心、ほかちりに奪はれて惑ひ易く、人に交れば、言葉、よその聞きにしたがひて、さながら、心にあらず。人にたはぶれ、物に争ひ、一度ひとたびは恨み、一度は喜ぶ。そのこと、定まれることなし。分別ふんべつみだりに起りて、得失とくしつ止む時なし。惑ひの上に へり。酔ひの中に夢をなす。走りて急がはしく、ほれて忘れたること、人皆かくの如し。

いまだ、まことの道を知らずとも、えんを離れて身を閑かにし、ことにあづからずして心を安くせんこそ、しばらく楽しぶとも言ひつべけれ。「生活・人ことにんじ・伎能ぎのう・学問等の諸縁しよえんを止めよ」とこそ、摩訶止観まかしくわんにも侍れ。










松田史生氏が作成したテキストファイルを、岡島昭浩氏が手を加え、さらに江口聡氏がHTML化したファイルを以下のように変更しました。

変更箇所
  ルビ付きHTMLファイルに変換
  ルビをカタカナからひらがなに変更
  行間処理(行間180%)
  段落処理(形式段落ごとに<P>タグ追加、段落冒頭の一字下げを一行下げに変更)
変更作業:里実福太朗
変更終了:平成13年10月