徒然草
 

■第五十九段

大ことだいじを思ひ立たん人は、去り難く、心にかゝらんことの本意ほんい を遂げずして、さながら捨つべきなり。「しばし。このこと果てて」、「同じくは、かのこと沙汰さたしおきて」、「しかしかのこと、人のあざけりりやあらん。行末難ゆくすヱなんなくしたゝめまうけて」、「年来としごろもあればこそあれ、そのこと待たん、程あらじ。物騒さわがしからぬやうに」など思はんには、え去らぬことのみいとゞ重なりて、ことの尽くる限りもなく、思ひ立つ日もあるべからず。おほやう、人を見るに、少し心あるきはは、皆、このあらましにてぞ一期いちごは過ぐめる。

近き火などに逃ぐる人は、「しばし」とや言ふ。身を助けんとすれば、はぢをも顧みず、たからをも捨ててのがれ去るぞかし。命は人を待つものかは。無常の来ることは、水火すヰくわの攻むるよりもすみやかに、遁れ難きものを、その時、老いたる親、いときなき子、君の恩、人のなさけ、捨て難しとて捨てざらんや。










松田史生氏が作成したテキストファイルを、岡島昭浩氏が手を加え、さらに江口聡氏がHTML化したファイルを以下のように変更しました。

変更箇所
  ルビ付きHTMLファイルに変換
  ルビをカタカナからひらがなに変更
  行間処理(行間180%)
  段落処理(形式段落ごとに<P>タグ追加、段落冒頭の一字下げを一行下げに変更)
変更作業:里実福太朗
変更終了:平成13年10月