徒然草
 

■第四十九段

老来おいきたりて、始めて道をぎやうぜんと待つことなかれ。古き つか、多くはこれ少年せうねんの人なり。はからざるに病を受けて、たちまちにこの世を去らんとする時にこそ、始めて、過ぎぬるかたあやまれることは知らるなれ。誤りといふは、のことにあらず、すみや かにすべきことをゆるくし、緩くすべきことを急ぎて、過ぎにしことのくや しきなり。その時悔ゆとも、かひあらんや。

人は、たゞ、無常の、身に迫りぬることを心にひしとかけて、束の間も忘るまじきなり。さらば、などか、この世のにごりも薄く、仏道をつとむる心もまめやかならざらん。

「昔ありけるひじりは、人来りて自他じたの要ことえうじを言ふ時、答へて云はく、「今、火急くわきふのことありて、すで朝夕てうせきせまれり」とて、耳をふたぎて念仏して、つひに往生わうじやうげけり」と、禅林ぜんりん十因じふいんに侍り。心戒しんかい といひける聖は、余りに、この世のかりそめなることを思ひて、静かについゐけることだになく、常はうづくまりてのみぞありける。










松田史生氏が作成したテキストファイルを、岡島昭浩氏が手を加え、さらに江口聡氏がHTML化したファイルを以下のように変更しました。

変更箇所
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変更作業:里実福太朗
変更終了:平成13年10月