徒然草
神無月かみなづきのころ、栗栖野くるすのといふ所を過ぎて、ある山里に尋ね入いること侍りしに、遥かなる苔こけの細道を踏み分けて、心ぼそく住みなしたる庵いほりあり。木の葉に埋うづもるる懸樋かけひの雫しづくならでは、つゆおとなふものなし。閼伽棚あかだなに菊・紅葉もみぢ など折り散らしたる、さすがに、住む人のあればなるべし。
かくてもあられけるよとあはれに見るほどに、かなたの庭に、大きなる柑子 かうじの木の、枝もたわわになりたるが、まはりをきびしく囲ひたりしこそ、少しことさめて、この木なからましかばと覚えしか。