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人生は静態のものでなくて動態のものであり、それの固定を病的状態とし、それの流動を正統状態として、常に動揺変化の中にあるものであるということは説明の必要もないことですが、戦後の世界は戦前においてさまで[#「さまで」に傍点]優勢でなかった思想が勃興し初めたために、経済的、政治的、社会的のいずれの方面においても、これまでになかった急激な動揺変化を生じて、それがために人間の思想と実際生活とは紛糾に紛糾を重ねようとしています。即ち今日の新しい合言葉となっている人道主義とか、民主主義とか、国際平和主義とかいうものは、戦前において学者、詩人、社会改良論者、宗教家等の空想として、大多数の人類から軽視されていたものですが、今は普魯西のカイゼル父子とそれを繞っていた軍閥者流とが代表として固執していた旧式な浪曼主義に根ざす軍国主義や専制主義がこの度の戦争の末期において頓挫したために、英仏米諸国の一流の学者、政治家、芸術家に由って支持される新しい浪曼主義に根ざした人道主義や民主主義の思想が天下の権威であるが如き外観を呈するに到りました。そうして、今や世界は、この新しい権威である思想に向って俄かに自己の生活を適応させるために照準の大転換を行おうとして焦燥る者と、この思想に反抗して時代遅れの専制的、階級的、官僚的、資本家的の旧思想を維持するために、あらゆる非合理と陰険と暴力とを手段として固執する者と、この急劇な世界の変化に対し、こういう場合に処すべき修養と訓練とをそれまで[#「それまで」に傍点]から欠いていたために、どうすれば好いか、全く策の出ずる所を知らないで徒らに狼狽して右往左往する者と、大体においてこの三種に分つべき人々に由って未曾有の混乱状態を引起しています。
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私はこれを以て人類がやむをえず一度経験しなければならない過程であると思います。母が一人の子を生むにも精神と肉体との尠からぬ苦痛を払います。人類が遠く釈迦や基督の時代から憧れて来た、愛、正義、自由、平等を精神とする最高価値の新生に向って、大股に一つの飛躍を取ろうとするには、八百万人の死傷者と三千億円の戦費とを犠牲としてまだ足らず、更に思想的、経済的、政治的、社会的の猛烈な戦争と混乱との中に、劇甚な苦痛の試錬を受けねばならないのは理由のあることだと思います。
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新しい浪曼主義の代表者であるウィルソン大統領の戦時中から今日に到るまでの度々の提議は、一語として新時代を指導する聖経風の金言でないものはありません。古から大国の元首にしてウィルソンのように正大と高華とを極めた提議を、ウィルソンだけの徳望と権威を持ちつつ世界に対して指導的に為し得た者があるでしょうか。私はウィルソンの人格の偉大であることを驚嘆しています。しかしそういう特別に飛び離れて偉大な人格が今日もなお世界に存在する如くに見え、大多数の人類がそういう偉大なと見える人格に由って音頭を取ってもらわねばならないという事実が、私の考察では、まだ世界の文化が非常に偏頗な状態にある証拠であり、従って大多数の人類がウィルソンの提議に現れたような正大な思想を、何の凝滞も曲解も反抗もなしに、空気を吸い水を飲むように、安々と肯定し、受容し、味解することの出来る程度に達していないものであることを思わせます。
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民主主義ということは、大多数の人類が平等の機会と、平等の教育と、平等の経済的保障とに由って、すべて平等に最高の人格を完成することを、それの極致としているものであると私は解しているのですが、この解釈にして誤っていないならば、大多数の人類がまだ完全に民主主義の意義さえ知らず、人格の差異の甚だしい今日において一躍して容易にウィルソンの提議通りの世界改造が実現されようとは考えられません。ウィルソンのような思想はまだ特別に優秀な人格を持っている少数者の間の思想です。その思想は人類の平等化を目的とする民主主義であっても、その思想の主張者が高い飛び離れた位地にいて、まだ階級的に指導者または支配者という態度を以て大多数の人類に臨まざるを得ない有様である限り、それが果して勝利を得て、大多数の人類の間に家常茶飯として普及することを疑わないにしても、それまでには多少の期間を要することは免れがたく、その期間には幾多の逆流があり、幾多の故障の起ることを予想せねばなりません。現にウィルソンの思想を講和条件に具体して決行しようとすれば各国の軍備の絶対的撤廃を主張しなければならないはずであるのに、ウィルソンの代表する米国では、反対に自国の海軍の大拡張を声明して世界の人にその一大矛盾を掩うことの出来ないような見苦しい現象のあるのは、民主主義の本場である米国においてさえ、国内における複雑な政争関係から、ウィルソンをして敢てこの一大矛盾を忍ばしめるに到ったことが想像されます。
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私はウィルソンだけが唯だ一人傑出した大人格であると考えていません。ウィルソンぐらいの愛と識見と勇気とを持った人格は我国の少壮学者たちの中にも幾人かを数えることが出来ると思うのですが、世人がウィルソンとかロイド・ジョオジとかだけを特に崇拝して殆ど神様扱いにするばかりに推尊するというのは、それだけ世人がまだ他人に対する公平な批判力を持たず、自己の力量をウィルソンの力量と比較して同等に信頼し得るだけの修養も自覚も持っていないことの反映に過ぎないのです。民主主義の徹底する時代には偶像崇拝の思想の幻滅すべきは勿論のこと、法外な英雄崇拝の思想もまた自我の退嬰萎縮として峻拒されねばならないことだと思います。
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こういう風に、人類の教養と訓練とに優劣の差が甚だしくあって、思想的には急進派と保守派と無定見派、経済的には富豪と中産階級と第四階級、政治的には官僚と、商工業者と労働者、こういう風に分離して、それが互に反撥し合ってる限り、人道主義や民主主義を標準として真実に全人類の生活を浄化するということは、まだまだこれを未来の時日に待たねばなりません。
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殊に近代文明の中心から遠ざかっていた日本人においては、これまで久しくそれらの理想とは反対の思想の中に養われて来た者です。現にそれらの反対の思想が日本のあらゆる方面に浸潤して容易に抜きがたい勢力を持っているのです。日本人は個人の魂から深海の魚のように自覚の眼をなくすることのみを強制されて来ました。個性の尊貴とか人格の自由独立とかいう普通教育として最も大切な部分は、日本のどの学校においても教えられずに来たのです。教えられる所は、何事も要するに唯だ少数の権力者と、少数の資本家と、一人の家長とへの奴隷的奉仕に役立つという以外のことはないのです。教育ばかりでなく、宗教も道徳も専ら奴隷的奉仕の器械たるべく他律的に日本人を圧抑する手段たるに過ぎません。そのうえに私たち婦人にあっては一切の男子の下風に立ってそれに奉仕する絶対の屈従を天命とし、無上権威の道徳として課せられているのです。それがためには、特に婦人を愚にして魂の覚醒を禁圧する必要から、男子と対等の教育を私たちに施すことを拒み、名は高等女学校卒業といいながら、男子の中学の二年生程度にも匹敵しない低級な教育を、文明国の体面を保存する言訳だけに授けて置くに過ぎないのです。男子とても教育の自由を実際には許されていないのですから、高等教育を受ける男子は少数の経済上の僥倖者に限られ、その少数の男子も卒業の後は官僚となり、財閥の成員乃至奉仕者となる人たちが大部分を占めているのですから、大多数の日本人を無学無産の第二次的国民として蔑視する階級思想と、日本の政治、学問、財力のいずれをも少数者の福利のために独占しようとする専制思想とは、次ぎ次ぎにその立派な後継者を得て繁昌しつつあります。
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こういう保守思想がまだ優勢を示している日本において、人道主義や民主主義の思想が容れられず、反対に危険思想であるが如き冤名をこれに着せようとする頑冥な反抗を見るのはやむをえない事だと思います。独逸という外敵に勝った各国の人道主義者は、これより更に、その各の国内における非人道思想や、専制思想と戦わねばなりませんが、日本人の国内におけるこの意味の戦いは、最も多くの苦闘を覚悟する必要があると私は考えます。
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新しい人間生活の方針である唯だ一つの理想を、自我実現と愛と正義との方面から見て人道主義と名づけ、人類平等の方面から見て民主主義と名づけたのであると概括して考えている私は、これを一言に簡約して新理想主義と呼びましょう。そうしてこの新理想主義を拒む保守主義者の言動が既に日本の各方面に起っていることは、敏感な自由思想家の見逃さない所であろうと思います。その一つをいえば、官僚的教育者の集団である臨時教育会議が、最近に女子教育を以て家族制度の精神に集中せしめたいという事、及び国民の思想を統一しようという事を政府に向って建議した事実などがそれでしょう。
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かつては家族制度を必要とした未開時代もありました。しかしながら家長一人の力で全家族の衣食と教育とに要する経済的条件を負担することが出来ない上に、個人の欲望が大きくなり多様になって、家族の各があながち父祖以来の家業を守ることを好まず、何人も適材を抱いて適所に奔ろうとし、また父祖以来の家業を守ろうとしても、その家業が現代に適しないものであったり、あるいは辛うじて家長一人に属する家族の最小限度の経済生活を支えるに足って、到底その他の大家族を養うことが出来なかったりする現代の家庭の経済状態において、どうして家族制度を維持することが出来ましょう。家族制度の今一つの要素となるものは親子兄弟という血縁関係ですが、今日の実際生活においては、第一に前に挙げた経済状態の圧迫がその血縁関係の結合をも解き放ち、その上、各人の事業欲や名誉欲も手伝って、戸主以外の青年男女をその故郷の家に固着させて置きません。家族制度を最も遅くまで守持するであろうと思われる農家が、かえって第一にその子女の大多数を他郷の人たらしめねばならない時代となっています。都会における戦後の失職者に帰農を勧誘するような事は、この理由から、或程度以上は実行しがたい、無理な註文であるのです。家族制度を維持せよと強制することは、一般国民の経済状態を考えない官僚教育者の僻説であって、人と制度との主客関係を顛倒し、制度のために個人の自我発展を阻止し、個人の活力を圧殺して顧みないものだと思います。
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高田保馬氏の新著『社会学的研究』の中には、また特殊の見地から家族制度に対する弱点が暗示されています。即ち人間が家族的乃至民族的というような関係に由って小さく結合する事は、それが内に向って鞏固であるほど、それだけ排他的精神が強く働き、従って社会的人類的の大きな結合が困難になるという議論です。私はこの議論に敬服します。家族制度の精神は一種の小さな党派根性です。他と自分とを水と油の関係に置いて分離し、新理想主義の極致たる、世界人類を以て連帯責任の共存生活体と見る精神と相容れないものです。家族制度の排他思想を最も露骨に示すものは、貴族や富豪の家屋が塀を高くし門を堅くして、他に向って小さな城塞にひとしい威圧を示さなければ満足しないのでも見ることが出来ます。彼らはその家屋と庭園とを公開して民衆と共に楽もうとするような新理想主義的な雅懐を持っていないのです。また家族制度の下に家系に繋がる特殊の栄誉を世襲する彼らは、祖先の美名と現在の爵位とを誇示して、他の一般民衆と分離し、幾段か高い名門貴種の人であることを是認せしめようとします。みすぼらしい家屋に住んで、平凡無能な祖先しか持たず、その上に何らの社会的地位もない私たち大多数の無産者に取って、最も頑固な家族制度の中に旧式な生活を維持している大華族や大富豪ほど四民平等的の親みを持ちがたい者はありません。今は成金と称する新富豪さえも彼らに擬して、その邸宅と日常生活を民衆と区別し、その称呼をも御前様お姫様を以て自ら僭しつつあります。家族制度の結合が固まるほど社会と極端に分離する性質のものであることは高田氏のお説の通りだと思います。
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私はまた家族制度に由って縛られた生活ほど、唯今の時代においては、道徳的に不良な状態にあるものはないという事を附け加えずにいられません。この制度の下にあっては、家長の命令が至上権を持っています。父母の保護監督を必要とする少年期にはともかく、それ以上の年齢に達して自由意志を持つ青年男女が、自己の権利と責任観念とに由って自主的に自己の欲求する行動を取り難いということは、いうまでもなく非常の苦痛です。彼らはカントのいわゆる自己目的のために存在する独立の人格者でなくて、家長の意志に由って左右される第二次的人間として存在せねばならないのです。これがために家長と家族との間に忌わしい反目があり衝突があります。親と子と、兄と弟とが同じ屋根の下に住んで見苦しいかつ悲しい争闘を続けている家庭というものは、我国の現在において随所に発見することが出来ます。女子が良人の選択権を持たず、家長の意志のままに恋愛のない結婚に盲従してしまうのもこの制度のためです。舅姑の勢力が嫁に対して良人より勝っているのもこの制度のためです。男子の遊蕩を寛仮して妻妾の併存を認容するのも、男女道徳以上に血統を重視する家族制度の特権であるのです。この制度の中に因習的に住む者が思想感情の乖離と、物質的福利の争奪と嫉妬とに由って、常に複雑にして醜悪な小人的の私闘を絶たない事は、家族の延長である我国の親族関係において特に顕著であって、この事は大抵の人に思い当る所があると信じます。
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保守主義者は家族制度を以て孝悌忠信の保育所であるように考えているのですが、実際は大抵の場合これと反対な結果を示しているのです。現に地方から都会に出て独立の生活を営んでいる者は、大学の教授、政府の大官、財界の有力者より工場の女子労働者に至るまで、多くは非常な勇断の下に家族制度の精神に背いて、かつて一度その郷里の家庭から離れ去った人たちであるのです。現代においては、このように家族制度を超越して、父母の膝下を辞し、兄弟相別れて、各自の欲する所に赴いて活動するのが、かえって順当に孝悌忠信の実を挙げる結果になっています。これは決して男女の性別に由って相違のある事ではなく、現代における経済条件の必要と個性に根ざす独立生活の欲望とは、男をも女をも屋外と他郷との労働に就かしめ、特に男子よりもその数において多い我国の婦人労働者は、工場におけるその痩腕の稼ぎから生み出した賃銀に由って自己の衣食を支え、それを以て家長の厄介を尠くしているだけでも、家にあって反目と争闘の中に暮している上流階級の家族制度的婦人に比べて、どれだけ現代道徳の実行者であるか知れません。私が昨年の九州旅行で聞いた事ですが、布哇や北米やその他へ出稼ぎしている彼地方の男女は、毎年尠からぬ額の金を郷里へ送って父母の慰安とし、弟妹の教育費に当てる者が多く、中には家倉を新築させ、田畑を買わしめる者さえあるといいます。もしそれらの男女が家族的制度の下に小さく固まって郷里に留っていたら、果してそれだけの愛情を父母兄弟に寄せることが出来たでしょうか。
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思想の統一に至っては、茲にも官僚教育者たちの画一主義が専制的な威圧を示しつつあることを私は怖れます。ウィルソンは巴里のソルボンヌ大学の演説で「大学の精神は自由にあり」という事を述べましたが、大学をすら官僚の牙営に供して、その独立自由を確保しない我国の教育者は、人間の思想をも官営として一手専売を強いようとするのです。しかし思想の何物であるかを知る人々にあっては、官僚は勿論、如何なる偉大な人格が強制的に統一しようとしても不可能である事を識別するであろうと思います。何が世の中で自由であるといっても、人間の心の内に起伏し流動する思想ほど自由なものはありません。顔さえも個別的の特色を備えて真実の意味にて瓜二つというものはないのに、まして、刻々に移動する思想は、個人の自発的なものほど個性の色彩が著しく、たとい他人の思想を受け容れたものでも第二の個性に由って着色され変形されないものはないのですから、万人万様の思想が存在するのは当然の事で、それらの思想が拮抗し、比較し、補正し、助長し合って存在してこそ、人類の思想は自浄作用の中に深化と進歩とを遂げるのであると思います。昔から宗教、学問、芸術のいずれでも官営の一種に決ってしまえば、いずれもその本質の腐敗を招かないものはありません。堂上の和歌、聖堂の朱子学、ロダンが罵った仏蘭西院体派の芸術、その実例はいくらでもあります。殊に官営の宜しくない事はその官権を以て反対の思想を暴力的に圧伏することです。思想の自由を奪うに至っては思想の統一でも尊重でもなく、反対に思想そのものの発展を願わない者のする残忍不法な行為です。
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思想は統一されるものでない。兵隊の数に応じて同じ帽を被らせ得るように、人類をして均一に同じ思想を持たせ得るものでない。同じ思想に停滞したり囚えられたりしないで、勝手に優れたものであると自認する新しい思想を提供してこそ、世界人類の創造的進化に参加して各人が実力相応の貢献を為し得るのであると思います。思想が一種に固定してしまったら世界は化石状態となって、人類は自我発展の余地がなくなり、何の生き甲斐もない退屈な中に退化し自滅し去らねばならないでしょう。
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それよりも、今日において、何人も互に自ら注意すべきことは、思想の統一というような閑問題でなく、この戦後に発生する雑多な思想の混乱激動の中を安全に乗り切ろうとするのに、その雑多な思想のいずれをも観察し、批判する事を怠らず、それがたとい外観上如何に険峻なものに見えようとも、また温健なるものに見えようとも、必ずその内容の純正か否かを透察し、それを自分の思想の養料として採用することだと思います。生活の理想は他人の指導に盲従してはならない。必ず自分の批判を経て全く自分の思想となったものを信頼せねばなりません。ウィルソンの唱える新理想主義にしても、私はそれの雷同者の俄に多いことを頼もしげなく思います。戦争で独逸の負けたのを見て俄に独逸語の排斥を唱えたり、独逸の学問芸術までを罵ったりする軽佻な識者の多い日本に、昨日今日威勢の好い民主自由の思想に何の省慮も取らず共鳴する人の殖えて行くのは一概に嬉しいとはいわれません。
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私もウィルソンを尊敬する一人です。しかしウィルソンの唱えたが故に私は人道主義や民主主義に賛成する者ではないのです。貧弱ながら私の理想は私自身の建てたものです。それがウィルソンの偉大な理想と偶ま似ている所があるというに過ぎません。そうして、私は今日の私に停滞していようとする者でなく、勿論ウィルソンの理想に低徊しているような閑人でもありません。明日はウィルソンが彼れの大きな道を選んで前進するように、私は私で自分の小さな道を選んで前進するでしょう。固より次第に激増する雑多な思想の混乱激動に出会うのは覚悟の前です。
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私は一つの譬喩を茲に挿みます。巴里のグラン・ブルヴァルのオペラ前、もしくはエトワアルの広場の午後の雑沓へ初めて突きだされた田舎者は、その群衆、馬車、自動車、荷馬車の錯綜し激動する光景に対して、足の入れ場のないのに驚き、一歩の後に馬車か自動車に轢き殺されることの危険を思って、身も心もすくむのを感じるでしょう。しかしこれに慣れた巴里人は老若男女とも悠揚として慌てず、騒がず、その雑沓の中を縫って衝突する所もなく、自分の志す方角に向って歩いて行くのです。雑沓に統一があるのかと見ると、そうでなく、雑沓を分けていく個人個人に尖鋭な感覚と沈着な意志とがあって、その雑沓の危険と否とに一々注意しながら、自主自律的に自分の方向を自由に転換して進んで行くのです。その雑沓を個人の力で巧に制御しているのです。私はかつてその光景を見て自由思想的な歩き方だと思いました。そうして、私もその中へ足を入れて、一、二度は右往左往する見苦しい姿を巴里人に見せましたが、その後は、危険でないと自分で見極めた方角へ思い切って大胆に足を運ぶと、かえって雑沓の方が自分を避けるようにして、自分の道の開けて行くものであるという事を確めました。この事は戦後の思想界と実際生活との混乱激動に処する私たちの覚悟に適切な暗示を与えてくれる気がします。
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保守主義者の反抗思想の中には随分莫迦々々しいものがあります。或婦人雑誌に法学博士三潴信三氏が婦人職業問題に反対して「欧米において婦人が何々の職業を与えられているからというが如き単なる理由の下に、婦人の職業を徒らに奨励するが如きは、家族主義の我国としては破壊的の考えといわねばなりません。……婦人が進んで家庭から離れようとする如き考えは決して健全なものと思われません」といわれた如きは、博士こそ余りに「単なる理由」の下に軽率なる断案を下されたもので、博士は我国の女工八十万の家庭事情が経済的と倫理的の両方面から、彼らを職業婦人たらしめねば置かないという重要な理由を看過しておられるのです。彼らにしてもし工場労働者とならなかったら、餓死するか醜業婦となって堕落するかの外に道はないでしょう。
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三潴博士のお説で更に笑うべきは「外国の事柄を借らずともよい」という単なる理由から、西洋音楽を排斥し、サンタクロスの代りに大黒様の名を挙げ、家庭においてパパとかママとか呼ばせていることを攻撃し、正月の遊びにも西洋趣味の物でなくて東海道々中双六を用いて欲しいと望んでおられる事です。日本音楽が西洋音楽に比べて非常に劣等な位地に停滞しているものである事は、新進の音楽学者兼常清佐氏の日本音楽論を読まれても解ることです。兼常氏は日本音楽を西洋音楽に勝るとするのは蝙蝠を見て飛行機より偉大であるとするに等しいといわれました。博士は外国の輸入物を嫌われることがまるでペスト菌にでも触れられるようですが、日本の法律が範を独逸に採っているのは勿論、古くは雲上の御称号の文字を始め、今日の三潴博士の姓氏の文字までが外国からの移植であって見れば、パパといい、ママというのも決して忌むべき理由はありません。博士はチチ(父)ハハ(母)という言葉を純粋の国産だと思っておられるのでしょうが、進歩した言語学ではそれが支那の古代語であることを証明しています。外国産の輸入を嫌っていると、古代人の尊重した鏡までが、日本で発明した「鈴鏡」という鏡を除く以外は、すべて支那へ返さねばならない事になるでしょう。三潴博士のお説は一笑に附し去っても好いようですが、これを突き詰めて行くと、博士のお考とは反対に、古来の日本文明を破壊すると共に、新しい日本文明の建設を阻害する結果となるのを遺憾に思います。これと同様の保守的俗論がなお続々と日本人の間に頭を挙げるでしょう。私たちは独自の見識を以て今後のあらゆる反動思想を批判し取捨せねばなりません。(一九一九年一月)
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底本:「与謝野晶子評論集」岩波文庫、岩波書店
1985(昭和60)年8月16日初版発行
1994(平成6年)年6月6日10刷発行
底本の親本:「激動の中を行く」アルス
1919(大正8)年8月初版発行
入力:Nana ohbe
校正:門田裕志
2001年12月22日公開
2003年5月18日修正
青空文庫ファイル:
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公開:平成16年8月8日