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歌曲
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イギリス海岸の歌
Tertiary the younger Tertiary the younger
Tertiary the younger Mud-stone
あをじろ日破れ あをじろ日破れ
あをじろ日破れに おれのかげ
Tertiary the younger Tertiary the younger
Tertiary the younger Mud-stone
なみはあをざめ 支流はそそぎ
たしかにここは修羅のなぎさ
※ 五線譜
〔私は五聯隊の古参の軍曹〕 「饑餓陣営」の歌(一)
一、私は五聯隊の古参の軍曹
六月の九日に演習から帰り
班中を整理して眠りました
そのおしまひのあたりで夢を見ました。
二、大将の勲章を部下が食ふなんて
割合に適格なことでもありませんが
まる二日食事を取らなかつたので
恐らくはこの変てこな夢をみたのです。
※ 五線譜
〔一時半なのにどうしたのだらう〕 「饑餓陣営」の歌(二)
一、一時半なのにどうしたのだらう。
バナナン大将はまだやってこない
胃時計はもう十時なのに
バナナン大将は帰らない。
二、もう二時なのにどうしたのだらう、
バナナン大将はまだ来てゐない
ストマクウヲッチはもう十時なのに
バナナン大将は帰らない。
四、もう四時なのにどうしたのだらう、
バナナン大将はまだ来てゐない
もう四時なのにどうしたのだらう。
バナナン大将は帰らない。
五、もう四時半なのにどうしたのだらう、
バナナン大将はまだ来てゐない
もう五時なのにどうしたのだらう
バナナン大将は 帰らない。
七、七時半なのにどうしたのだらう
バナナン大将はまだ来てゐない
七時半なのにどうしたのだらう
バナナン大将は 帰らない。
八、もう八時なのにどうしたのだらう
バナナン大将はまだ来てゐない。
もう八時なのにどうしたのだらう
バナナン大将は 帰らない。
★[バナナン大将]の[ン]は小文字。
※ 五線譜
〔糧食はなし四月の寒さ〕 「饑餓陣営」の歌(三)
三、糧食はなし 四月の寒さ
ストマクウヲッチももうめちゃめちゃだ。
どうしたのだらうバナナン大将
もう一遍だけ 見て来やう。
六、大将ひとりでどこかの並木の
苹果を叩いてゐるかもしれない
大将いまごろどこかのはたけで
人蔘ガリガリ 噛んでるぞ。
九、いくさで死ぬならあきらめもするが
いまごろ餓えて死にたくはない
あゝたゞひときれこの世のなごりに
バナナかなにかを 食ひたいな。
十、つかれたつかれたすっかりつかれた
脚はまるっきり 二本のステッキ
いったいすこぅし飲み過ぎたのだし
馬肉もあんまり食ひすぎた。
★[バナナン大将]の[ン]は小文字。
※ 五線譜
〔饑餓陣営のたそがれの中〕 「饑餓陣営」の歌(四)
饑餓陣営のたそがれの中
犯せる罪はいとも深し
あゝ夜のそらの青き火もて
われらがつみをきよめたまヘ。
マルトン原のかなしみのなか
ひかりはつちにうづもれぬ
あゝみめぐみのあめをくだし
われらがつみをゆるしたまへ。
〔合唱〕 あゝ、みめぐみのあめをくだし
われらがつみをゆるしたまへ。
※ 五線譜
〔いさをかゞやく バナナン軍〕 「饑餓陣営」の歌(五)
いさをかゞやく バナナン軍
マルトン原に たむろせど
荒さびし山河の すべもなく
飢餓の 陣営 日にわたり
夜をもこむれば つはものの
ダムダム弾や 葡萄弾
毒瓦斯タンクは 恐れねど
うゑとつかれを いかにせん。
やむなく食みし 将軍の
かゞやきわたる 勲章と
ひかりまばゆき エボレット
そのまがつみは 録されぬ
あはれ二人の つはものは
責に死なんと したりしに
このとき雲の かなたより
神ははるかに みそなはし
くだしたまへるみめぐみは
新式生産体操ぞ。
ベース ピラミッド カンデラブル
またパルメット エーベンタール
ことにも二つの コルドンと
棚の仕立に いたりしに
ひかりのごとく 降り来し
天の果実を いかにせん。
みさかえはあれ かゞやきの
あめとしめりの くろつちに
みさかえはあれ かゞやきの
あめとしめりの くろつちに。
★[バナナン軍]の[ン]は小文字。
※ 五線譜
〔けさの六時ころ ワルトラワラの〕 「ポラーノの広場」の歌(一)
けさの六時ころ ワルトラワラの
峠をわたしが 越えやうとしたら
朝霧がそのときに ちゃうど消えかけて
一本の栗の木は 後光を出してゐた
わたしはいたゞきの石にこしかけて
朝めしの堅パンを噛ぢりはじめたら
その栗の木がにはかに ゆすれだして
降りて来たのは 二疋の電気栗鼠
※ 五線譜
※ 五線譜
〔つめくさの花の 咲く晩に〕 「ポラーノの広場」の歌(二)
つめくさの花の 咲く晩に
ポランの広場の 夏まつり
ポランの広場の 夏のまつり
酒を呑まずに 水を呑む
そんなやつらが でかけて来ると
ポランの広場も 朝になる
ポランの広場も 白ぱっくれる。
つめくさの花の かほる夜は
ポランの広場の 夏まつり
ポランの広場の 夏のまつり
酒くせのわるい 山猫が
黄いろのシャツで出かけてくると
ポランの広場に 雨がふる
ポランの広場に 雨が落ちる。
※ 五線譜
〔つめくさのはなの 終わる夜は〕 「ポラーノの広場」の歌(三)
つめくさのはなの 終わる夜は
ポランの広場の 秋まつり
ポランの広場の 秋のまつり
水をのまずに酒を呑む
そんなやつらが威張ってゐると
ポランの広場の 夜が明けぬ
ポランの広場も 朝にならぬ。
つめくさの花のしぼむ夜は
ポランの広場の秋まつり
ポランの広場の秋のまつり
酒くせの悪い山猫は
黄いろのシャツで遠くへ遁げて
ポランの広場は 朝になる、
ポランの広場は 夜が明ける。
※ 五線譜
ポラーノの広場のうた 「ポラーノの広場」の歌(四)
つめくさ灯ともす 夜のひろば
むかしのラルゴを うたひかはし
雲をもどよもし 夜風にわすれて
とりいれまぢかに 年ようれぬ
まさしきねがひに いさかふとも
銀河のかなたに ともにわらひ
なべてのなやみを たきゞともしつゝ
はえある世界を ともにつくらん
※ 五線譜
剣舞の歌 「種山ヶ原の夜」の歌(二)
夜風とどろきひのきはみだれ
月は射そそぐ銀の矢並
打つも果てるも火花のいのち
太刀の軋りの消えぬひま
dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah
太刀は稲妻萓穂のさやぎ
獅子の星座に散る火の雨の
消えてあとない天のがはら
打つも果てるもひとつのいのち
dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah
※ 五線譜
牧歌 「種山ヶ原の夜」の歌(三)
種山ヶ原の、雲の中で刈った草は、
どごさが置いだが、忘れだ 雨ぁふる、
種山ヶ原の、せ高の芒あざみ、
刈ってで置ぎわすれで雨ふる、雨ふる
種山ヶ原の 霧の中で刈った草さ
わすれ草も入ったが、忘れだ 雨ふる
種山ヶ原の置ぎわすれの草のたばは
どごがの長嶺で ぬれでる ぬれでる
種山ヶ原の 長嶺さ置いだ草は
雲に持ってがれで 無ぐなる無ぐなる
種山ヶ原の 長嶺の上の雲を
ぼっかげで見れば 無ぐなる無ぐなる
※ 五線譜
蒼い槍の葉
(ゆれるゆれるやなぎはゆれる)
雲は来るくる南の地平
そらのエレキを寄せてくる
鳥はなく啼く青木のほづえ
くもにやなぎのかくこどり
(ゆれるゆれるやなぎはゆれる)
雲がちぎれて日ざしが降れば
黄金の幻燈 草の青
気圏日本のひるまの底の
泥にならべるくさの列
(ゆれるゆれるやなぎはゆれる)
雲はくるくる日は銀の盤
エレキづくりのかはやなぎ
風が通ればさえ冴え鳴らし
馬もはねれば黒びかり
(ゆれるゆれるやなぎはゆれる)
雲がきれたかまた日がそそぐ
土のスープと草の列
黒くおどりはひるまの燈籠
泥のコロイドその底に
(ゆれるゆれるやなぎはゆれる)
りんと立て立て青い槍の葉
たれを刺さうの槍ぢやなし
ひかりの底でいちにち日がな
泥にならべるくさの列
(ゆれるゆれるやなぎはゆれる)
雲がちぎれてまた夜があけて
そらは黄水晶ひでりあめ
風に霧ふくぶりきのやなぎ
くもにしらしらそのやなぎ
(ゆれるゆれるやなぎはゆれる)
りんと立て立て青い槍の葉
そらはエレキのしろい網
かげとひかりの六月の底
気圏日本の青野原
(ゆれるゆれるやなぎはゆれる)
※ 五線譜
★この譜がどこから出てきたものか不明だが、1995年発行「賢治の夢と修羅」畑山博著によれば、この曲ばかりは楽譜が無く、又教え子達に聞いても思い出してもらえない。手を尽くして楽譜を捜すが見つからず、作者は、散逸したというより最初から楽譜のあるものではなく、賢治の即興ではないかと言っている。
牧馬地方の春の歌
風ぬるみ 鳥なけど
うまやのなかのうすあかり
かれくさと雪の映え
野を恋ふる声聞けよ
白樺も日に燃えて
たのしくめぐるい春が来た
わかものよ
息熱い
アングロアラヴに水色の
羅沙を着せ
にぎやかなみなかみにつれて行け
雪融の流れに飼ひ
風よ吹き軋れ青空に
鳥よ飛び歌へ雲もながれ
水いろの羅沙をきせ
馬をみなかみに連れ行けよ
※ 五線譜
〔北ぞらのちぢれ羊から〕
北ぞらのちぢれ羊から
おれの崇敬は照り返され
天の海と窓の日おほひ
おれの崇敬は照り返され
※ 五線譜
種山ヶ原
春はまだきの朱雲を
アルペン農の汗に燃し
縄と菩提樹皮にうちよそひ
風とひかりにちかひせり。
四月は風のかぐはしく
雲かげ原を超えくれば
雪融けの草をわたる。
繞る八谷に劈靂の
いしぶみしげきおのづから
種山ヶ原に燃ゆる火の
なかばは雲に鎖さるゝ。
四月は風のかぐはしく
雲かげ原を超えくれば
雪融けの草をわたる。
※ 五線譜
〔弓のごとく〕
弓のごとく
鳥のごとく
昧爽の風の中より
家に帰り来れり
※ 五線譜
火の島
海鳴りのとゞろく日は
船もより来ぬを
火の山の燃え熾りて
雲の流るゝ
海鳴りよせ来る椿のはやしに
ひねもす百合堀り
今日もはてぬ
※ 五線譜
大菩薩峠の歌
二十月かざす刃は音無しの
虚空も二つときりさぐる
その竜之助
風もなき修羅のさかひを行き惑ひ
すすきすがるるいのじ原
その雲のいろ
日は沈み鳥はねぐらにかへれども
ひとはかへらぬ修羅の旅
その竜之助
※ 五線譜
耕母黄昏
風たちて樹立さわぎ
鳥とびてくれぬ
子らよ待たん いざかへれ
夕餉たきてやすらはん
風たちて穂麦さわぎ
雲とびてくれぬ
子らよ待たん いざかへり
夕餉たきていこひなん
※ 五線譜
花巻農学校精神歌
(一)日ハ君臨シ カガヤキハ
白金ノアメ ソソギタリ
ワレラハ黒キ ツチニ俯シ
マコトノクサノ タネマケリ
(二)日ハ君臨シ 穹窿ニ
ミナギリワタス 青ビカリ
ヒカリノアセヲ 感ズレバ
気圏ノキハミ 隈モナシ
(三)日ハ君臨シ 玻璃ノマド
清澄ニシテ 寂カナリ
サアレマコトヲ 索メテハ
白堊ノ霧モ アビヌベシ
(四)日ハ君臨シ カガヤキノ
太陽系ハ マヒルナリ
ケハシキタビノ ナカニシテ
ワレラヒカリノ ミチヲフム
※ 五線譜
※ 五線譜
黎明行進歌
蛇紋山地の 赤きそら、
雲すみやかに過ぎ行て、
夢死とわらはん田園の、
黎明いまは果てんとす。
銹びし五日の 金の鎌、
かの山稜に 落ち行きて、
われらが犂の 燦転と、
朝日の酒は 地に充てり。
起てわが気圏の戦士らよ
暁すでに やぶれしを
いま角礫のあれつちに
リンデの種子をわが播かん。
とりいれの日は遠からず
微風緑樹の 荘厳と
禾穀の浪は きららかに
歓呼は天も 応へなん。
ふるふ地平の紺の上、
広き肩なすはらからよ、
げに辛酸のしろびかり、
になひてともに過ぎ行かん。
※ 五線譜
角礫行進歌
氷霧はそらに鎖し、
落葉松も黒くすがれ、
稜礫の あれつちを、
やぶりてわれらはきたりぬ。
かけすの歌も途絶え、
腐植質はかたく凍ゆ、
角礫のかどごとに
はがねは火花をあげ来し。
(天のひかりは降りも来ず、
天のひかりは注ぎ 来ず、
天のひかりは射しも来ず。)
※ 五線譜
応援歌 「種山ヶ原の夜」の歌(一)
(a tropical war song modified)
Balcoc Bararage Brando Brando Brando
Lahmetingri calrakkanno sanno sanno sanno
Lahmetingri Lamessanno kanno kanno kanno
Dal-dal pietro dal-dal piero
正しいねがひはまことのちから
すすめ すすめ すすめ やぶれ かてよ
★この歌のみ、横書きされている。
※ 五線譜
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生前発表童謡
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あまの川
あまのがは
岸の小砂利も見いへるぞ。
底のすなごも見いへるぞ。
いつまで見ても、
見えないものは、水ばかり。
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変更箇所
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変更作業:里実福太朗
変更終了:平成14年2月