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13.補遺詩篇一
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  〔松の針はいま白光に溶ける〕

松の針はいま白光に溶ける。
(尊い金はなゝめにながれ……)
なぜテニスをやるか。
おれの額がこんなに高くなったのに。

日輪雲に没し給へば
雲はたしかに白金環だ。
松の実とその松の枝は
黒くってはっきりしてゐる。

雲がとければ日は水銀
天盤も砕けてゆれる
どうして、どうしておまへは泣くか
緑の針が波だつのに。

横雲が来れば雲は灼ける、
あいつは何といふ馬鹿だ。
横雲が行げば日は光燿
郡役所の屋根も近い。

(あゝ修羅のなかをたゆたひ
また青々とかなしむ。)

おれの手はかれ草のにほひ
眼には黄いろの天の川
黄水晶の砂利でも渡って見せやう
空間も一つではない。

風のひのきをてらし
太陽は今落ちて行く
春の透明の中から
遠いことばが身を責める。

朝はかれ草のどてを
黄いろのマントがひるがへり
ひるすぎはやなぎ並木を
上席書記がわらって来る。



  盛岡停車場

汽車の中は水色だ。
そして乾いてゐるらしい。
窓のガラスに額を寄せ
お前さんはあんまり大きな赤い苹果に
皮ごとパクッと喰ひつきます。
(おい、あんまりきろきろ見るない。)
えゝ、あの口はひからびてました。
何だか私は泣きたいのです。
それから変なあわてたものが、
あの口のまはりに一杯集ってゐたのです。
(何だ、つまらん。北海道から
 どこかへ帰る馬の骨。)
それから、こちらでは
あなたはべんたうをお買ひになるのですか。
なるほどそれももっともです。
どうです、辨当はおいしいですか。
汽車が発ってからおはじめなさい。
けれどもガラスの粗末な盃は
大へんに光って気の毒ではありませんか。
もう汽車が出ます。
(えゝと、どこの何やらあなた方は。)
どうせ今夜は汽車でお泊りでせう。
それではさよならお大事に。
ふりさけ見れば、
ふりさけ見れば、
落魄れかゝる青山を背負ひ
ひとりいらだつアークライトと
ペンキで描いた広告の地図に
向ふ見ず衝き当る生意気の小鳥。



  〔霧のあめと 雲の明るい磁器〕

       ※

霧のあめと 雲の明るい磁器
電しん柱は黒くて直立
烏は頸の骨をめぐらせ
雀は一疋平らに流れる
      (声はテノール。)

霧雨の黒のぬかるみから
飛びたつものは鳩のむれ
倉庫の屋根の亜鉛もそら
      (声はテノール。)

霧雨の下駄材のかげから
腐植のぬかるみのなかに
あるき出すものは白い鳩
電信ばしらの碍子もぬれ
      (声はテノール。)



  展勝地

        ※
ほこりの向ふのあんまり青い落葉松ラリツクス
青すぎることは陰うつで却っていやに見える、
そらはいよいよ白くつめたくて、
みんなはずゐぶん気が立ってあるいてゐる。
        ※
風と散漫、風と散漫、
いまその安山集塊岩の、
けはしく鋭い崖の上に、
雲を濾された少しの日光がそゝぎ
風は頁をひるがへし、
みんなの踏んで行く砂は、
天の河のその明るい砂だ。
        ※
砂の上に雲の影がある。
それは影ではなくて、
やっぱり暗い色の砂だ。
「桜羽場君、そこはだめだ。
 あなたは風邪も引いてるから、
 そんなところに座ってゐると、
 ついぐらぐらして陥ちるかもしれない。
 ははん、
 それは物理的には落ちない筈だけれども、
〔以下原稿なし〕



  〔大きな西洋料理店のやうに思はれる〕

〔冒頭原稿なし〕
大きな西洋料理店のやうに思はれる。
そしても一度けむりと朱金の間から
藍いろに起伏するものは
やっぱり樺太の鮭の尻尾の南端だ。
この風は丁度あけ方の岩手山の三合目
波にはちゃんと砒素鏡もある。



  夜

    ……Donald Caird can lilt and sing,
                   brithly dance the hehland
                             highlandだらうか
誰かゞ泣いて
誰か女がはげしく泣いて
雪、麻、はがね、暗の野原を河原を
川へ、凍った夜中の石へ走って行く、
わたくしははねあがらうか、
あゝ川岸へ棄てられたまゝ死んでゐた
赤児に呼ばれた母が行くのだ
崖の下から追ふ声が
あゝ その声は……
もう聞くな またかんがへるな
    ……Donald Caird can lilt and sing,
もういゝのだ つれてくるのだ 声がすっかりしづまって
まっくろないちめんの石だ



  牧馬地方の春の歌

風ぬるみ 鳥なけど
うまやのなかのうすあかり
かれくさと雪の映え
野を恋ふる声聞けよ
白樺も日に燃えて
たのしくめぐるい春が来た
わかものよ
息熱い
アングロアラヴに水色の
羅沙を着せ
にぎやかなみなかみにつれて行け
     雪融の流れに飼ひ
     風よ吹き軋れ青空に
     鳥よ飛び歌へ雲もながれ
水いろの羅沙をきせ
馬をみなかみに連れ行けよ



  ダルゲ

鉄階段をやっとのことで
おれは十階の床をふんだ
ここの天井はずゐぶん高い
ぜんたい壁や天井が灰いろの陰影だけでできてゐるのか
つめたい漆喰で固めあげられてゐるのかわからない
けれども さうだ この巨きな室にダルゲが居て
こんどこそもう会へるのだ
おれはなんだか胸のどこかが熱いか溶けるかしたやうだ
七米も高さのある大きな扉が半分開く
おれはするっとはいって行く
室はがらんとつめたくて
猫脊のダルゲが額に手をかざし
巨きな窓から西ぞらをじっと眺めてゐる
ダルゲは陰気な灰いろで
腰には厚い硝子の簔をまとってゐる
ダルゲは少しもうごかない
窓の向ふは雲が縮れて白く痛い
ダルゲがすこしうごいたやうだ
息を引くのは歌ふのだ
  西ぞらのちゞれ羊から
  おれの崇敬は照り返され
    (天の海と窓の日覆ひ)
  おれの崇敬は照り返され
空の向ふに氷河の棒ができあがる
ダルゲはもいちど小手をかざしてだまりこむ
もう仕方ない おれはひとあしそっちへすゝむ
  (えゝと、白堊系の砂岩の斜層理について)
ダルゲがこっちをふりむいて
おゝ ひややかにわらってゐる



  〔船首マストの上に来て〕

船首マストの上に来て
あるひはくらくひるがへる
煙とつはきれいなかげらふを吐き
そのへりにはあかつきの星もゆすれる
 ……船員たちはいきなり飛んできて
   足で鶏の籠をころがす
   鶏はむちゃくちゃに鳴き
   一人は籠に手を入れて
   奇術のやうに卵をひとつとりだした……
さあいまけむりはにはかに黒くなり
ウヰンチは湯気を吐き
馬はせはしく動揺する
うすくなった月はまた煙のなかにつゝまれ
水は鴇いろの絹になる
東は燃え出し
その灼けた鋼粉の雲の中から
きよめられてあたらしいねがひが湧く
それはある形をした巻層雲だ
 ……島は鶏頭の花に変り
   水は朝の審判を受ける……
港は近く水は鉛になってゐる
わたくしはあたらしくmarriageを終へた海に
いまいちどわたくしのたましひを投げ
わたくしのまことをちかひ
三十名のわたくしの生徒たちと
けさはやく汽車に乗らうとする
水があんな朱金の波をたゝむのは
海がそれを受けとった証拠だ
 ……かもめの黒と白との縞……
空もすっかり爽かな苹果青になり
旧教主の月はしらじらかゝる
かもめは針のやうに啼いてすぎ
発動機の音や青い朝の火や
 ……みんながはしけでわたるとき
   馬はちがった方向から
   べつべつに陸にうつされる……

★本文11行目[ウヰンチ]の[ヰ]は、小文字で表記されている。


  〔それでは計算いたしませう〕

それでは計算いたしませう
場所は湯口の上根子ですな
そこのところの
総反別はどれだけですか
五反八畝と
それは台帳面ですか
それとも百刈勘定ですか
いつでも乾田ですか湿田ですか、
すると川から何段上になりますか
つまりあすこの栗の木のある観音堂と
同じ並びになりますか
あゝさうですか、あの下ですか
そしてやっぱり川からは
一段上になるでせう
畦やそこらに
しろつめくさが生えますか
上の方にはないでせう
そんならスカンコは生えますか
マルコや・・はどうですか
土はどういふふうですか
くろぼくのある砂がゝり
はあさうでせう
けれども砂といったって
指でかうしてサラサラするほどでもないでせう
堀り返すとき崖下の田と
どっちの方が楽ですか
上をあるくとはねあげるやうな気がしますか
水を二寸も掛けておいて、あとをとめても
半日ぐらゐはもちますか
げんげを播いてよくできますか
槍たて草が生えますか
村の中では上田ですか
はやく茂ってあとですがれる気味でせう
そこでこんどは苗代ですな
苗代はうちのそば 高台ですな
一日一ぱい日のあたるとこですか
北にはひばの垣ですな
西にも林がありますか
それはまばらなものですか
生籾でどれだけ播きますか
燐酸を使ったことがありますか
苗は大体とってから
その日のうちに植えますか
これで苗代もすみ まづ ご一服して下さい
そのうち勘定しますから

さてと今年はどういふ稲を植えますか
この種子は何年前の原種ですか
肥料はそこで反当いくらかけますか

安全に八分目の収穫を望みますかそれともまたは
三十年に一度のやうな悪天候の来たときは
藁だけとるといふ覚悟で大やましをかけて見ますか



  稲熱病

稲熱に赤く敗られた稲に
みんなめいめい影を落して
ならんで畔に立ってゐると
浅黄いろした野袴をはき
蕈の根付を腰にはさむ
七十近い人相もいゝ竹取翁、
しかも西方ほの青い夏の火山列を越えて
和風が絶えず嫋々と吹けば
シャツの袖もすゞしく
みんなの胸も閑雅であるが
恐らく半透明な黄いろの胞子は
億万無数東方かけて飛んでゐるので
風下の百姓たちは
はやくもため息をついて
恨めしさうに翁をちらちら見てゐるのだ
この田の主はふるえてゐる
胸にまっ黒く毛の生えた区長が
向ふの畔で
厚い舌を出して唇をなめて
何かどなりでもしさうなのだ
そらでは幾きれ鯖ぐもが
きらきらひかってながれるのだ
これが烈々たる太陽の下でなくて
顔のつらさもはっきり知れない月夜ならば
百姓たちはお腹が空いたら召しあがれえといふ訳で
翁は空を仰いで得ならぬ香気と
天楽の影を慕ふであらうし
拙者もいかに助かることであらう



  〔みんなで桑を截りながら〕

みんなで桑を截りながら
こもごもに見る向ふの雲
そのどんよりと黒いもの
温んだ水の懸垂体
それこそ豊かな家とも見え
またたべものにもなりさうな
温く豊かな春の雲だ



  装景者

さう、
やまつゝじ!
栗やこならの露にまじって
丘いっぱいに咲いてくれたが、
それも相当咲きほこったるすがたであるが
さあきみどうしたもんだらう

なによりもあの冴えない色だ
朱もあすこまで没落すると
もうそちこちにのぞき出た
赭土にさへまぎれてしまふ

どうしてこれを〔以下空白〕



  〔倒れかかった稲のあひだで〕

倒れかかった稲のあひだで
ある眼は白く忿ってゐたし
ある眼はさびしく正視を避けた
  ……地べたについたあのまっ黒な雲の中
    地べたについたまっ黒な雲の中……
それだからといって
いまいなづまの紫いろ
みちの粘土をかすめて行けば
幅十ミリの小さな川が
みちのくぼみを衝いて奔り
あらゆる波のその背も谷も
また各々のその皺さへも明らかなのだ
  ……その背も谷も明らかなのだ……

ごろごろまはるからの水車
もう村々も町々も、
衰へるだけ衰へつくし
中ぶらりんのわれわれなんどは
まっ先居なくなるとする〔中断〕



  花鳥図譜 雀

青いかへでのなかで
からだをくしゃくしゃにして
そのはねを繕ってゐる瘠せた雀
肩の羽だけ四五枚張って陽にかざせば
それは貝殻のやうに見える
羽をとぢれば、
あんまりやせてゐるので雀のやうでない
 一枝あがるそらの光
 一枝あがる青いかへで
 二枝あがって外れて桜の枝にうつれば
 風が吹いて
雀はちょっと首をまげ蜜蜂みたいな感じになる
虻が一疋下へとび
たちまち雀の大上段
雀は枝にとまったまゝで早くもそれをたべてゐる
嘴二度ほど微かにうごく
雀はのぼる光の枝
畏まったといふ形になって
まっ向地面へ降りたちます



  春
     水星少女歌劇団一行

(ヨハンネス! ヨハンネス! とはにかはらじを
 ヨハンネス! ヨハンネス! とはにかはらじを……)
(あらドラゴン! ドラゴン!)
(まあドラゴンが飛んで来たわ)
(ドラゴン、ドラゴン! 香油をお呉れ)
(ドラゴン! ドラゴン! 香油をお呉れ)
(あのドラゴン、翅が何だかびっこだわ)
(片っ方だけぴいんと張って東へ方向を変へるんだわ)
(香油を吐いて落してくれりゃ、座主マスターだって助かるわ)
(竜の吐くのは夏だけだって)
(そんなことないわ 春だって吐くわ)
(夏だけだわよ)
(春でもだわよ)
(何を喧嘩してんだ)
(ねえ、勲爵士、竜の吐くのは夏だけだわね)
(春もだわねえ、強いジョニー!)
(あゝドラゴンの香料か。あれは何でもから松か何か
 新芽をあんまり食ひすぎて、胸がやけると吐くんださうだ)
(するといったいどっちなの!!)
(つまりは春とか夏とかは、季節の方の問題だ、
 竜の勝手にして見ると、なるべく青いいゝ芽をだな、
 翅をあんまりうごかさないで、なるべくたくさん食ふのがいゝといふ訳さ
 ふう いゝ天気だねえ、どうだ、水百合が盛んに花粉を噴くぢゃあないか。)
  沼地はプラットフォームの東、いろいろな花の爵やカップが、代る代る厳めしい蓋
  を開けて、青や黄いろの花粉を噴くと、それはどんどん沼に落ちて渦になったり条
  になったり株の間を滑ってきます。
(ねえジョニー、向ふの山は何ていふの?)
(あれが名高いセニヨリタスさ)
(まあセニヨリタス!)
(まあセニヨリタス!)
(あの白いのはやっぱり雪?)
(雪ともさ)
(水いろのとこ何でせう)
(谷がかすんでゐるんだよ
 おゝ燃え燃ゆるセニヨリタス
 ながもすそなる水いろと銀なる襞をととのへよ
 といってね)
(けむりを吐いてゐないぢゃない?)
(けむをはいたは昔のことさ)
(そんならいまは死火山なの)
(瓦斯をすこうし吐いてるさうだ)
(あすこの上にも人がゐるの)
(居るともさ、それがさっきのヨハンネスだらう、汽車の煙がまだ見えないな)
  ジョニーは向ふへ歩いて行き、向ふの小さな泥洲では、ぼうぼうと立つ白い湯気の
  なかを、蟇がつるんで這ってゐます。

★元の文は1行50字で書かれている。従って本文24行目は長すぎて1行(40字)に納まらず、25行目に続き、26行目は27行目に続き、45行目は46行目に続いている。最後の行は本来は46行目に続いているが、頭に2文字空白がある事から、そのまま独立させて表記した。



 花鳥図譜・八月・早池峯山巓
   森林主事、農林学校学生、

(根こそげ抜いて行くやうな人に限って
 それを育てはしないのです
 ほんとの高山植物家なら
 時計皿とかペトリシャーレをもって来て
 眼を細くして種子だけ採って行くもんです)
(魅惑は花にありますからな)
(魅惑は花にありますだって
 こいつはずゐ分愕いた
 そんならひとつ
 袋をしょってデパートヘ行って
 いろいろ魅惑のあるものを
 片っぱしから採集して
 それで通れば結構だ)
(けれどもこゝは山ですよ)
(山ならどうだと云ふんです
 こゝは国家の保安林で
 いくら雲から抜けでてゐても
 月の世界ぢゃないですからな
 それに第一常識だ、
 新聞ぐらゐ読むものなら
 みんな判ってゐる筈なんだ、
 ぼくはこゝから顔を出して
 ちょっと一言物を言へば、
 もうあなた方の教養は、
 手に取るやうにわかるんだ、
 教養のある人ならば
 必ずぴたっと顔色がかはる)
(わざわざ山までやって来て、
 そこまで云はれりゃ沢山だ)
(さうですこゝまで来る途中には
 二箇所もわざわざ札をたてゝ
 とるなと云ってあるんです)
(二十方里の山の中へ二つたてたもすさまじいや)
(あなたは谷をのぼるとき
 どこを見ながら歩いてました)
(ずゐ分大きなお世話です
 雲を見ながら歩いてました)
(なるほど雲だけ見てゐた人が
 山を登ってしまったもんで
 俄かにショベルや何かを出して
 一貫近くも花を荷造りした訳ですね
 それもえらんでこゝ特産の貴重種だけ
 ぼくはこいつを趣味と見ない
 営利のためと断ずるのだ)
(ぼくの方にも覚悟があるぞ)
(覚悟の通りやりたまへ、
 花はこっちへ貰ひます
 道具はみんな没収だ、
 あとはあなたの下宿の方へ
 罰金額を通知します)
(ずゐぶんしかたがひどいぢゃないか
 まるで立派な追剥だ)
(まだこの上に何かに云ふと
 きみは官憲侮辱にもなるし
 職務執行妨害罪にもあたるんだ)
(きみは袋もとるんだな)
(これも採集用具と看做す
 最大事な証拠品だ)
(袋はかへせ!)
(悪く興奮したまふな
 見給へきみの大好きさうな入道雲が
 向ふにたくさん湧いて来た)
(失敬な)
(落ちつき給へ
 きみさへ何もしなければ
 ぼくはこゝから顔も出さなけゃ
 声さへかけはしないんだ
 わざわざ君らの山の気分を邪魔せんやうに
 この洞穴に居るんぢゃないか
 早く帰って行き給へ)

(あゝいふやつがあるんでね)
(結局やっぱり罰金ですか)
(まああゝ云っておどしただけさ)
(大へんてきぱきしてゐましたね)
(きみがたまたま居たからさ
 向ふはきみも役人仲間と思ってゐた)
(すっかり利用されました)
(どうです四五日一所にゐたら)
(あなた一人ぢゃないやうですね)
(高橋といふ学士が居る)
(やっぱり植物監視ですか)
(いや雷鳥を捕るんだと)
(こゝに雷鳥が居るんですか)
(高橋さんは居ると見込をつけてゐる)
(でも雷鳥は
 雪線附近に限るさうではありませんか)
(ところがそれが居るんだと
 一昨日ぼくが来た晩も
 はい松の影を走るのを
 高橋さんが見たんだと)
(でもほんたうの雷鳥なら
 そんなに遁げたりしないんでせう
 大へんのろいといふやうですよ)
(ははは
 ところが大将
 雷鳥なんか問題でない
 背后のもっと大きなものをねらってゐる)
(あゝあゝそれだ
 何か絶滅鳥類でせう)
(どこからそれをききました)
(今朝新聞へ出てました)
(ぢゃあ高橋さん昨日の記者へ話したな
 だが鳥類ぢゃないんだね
 鳥類ならばこゝが最后に島だったとき
 自由によそへも行けたんだから)
(こゝが最后に島だった……?)
(高橋さんがさう云ふんだよ
 何でも三紀のはじめ頃
 北上山地が一つの島に残されて
 それも殆んど海面近く、
 開析されてしまったとき
 この山などがその削剥の残丘だと
 なんぶとらのをとか・・・・・とか
 いろいろ特種な植物が
 この山にだけ生えてるのは
 そのためだらうといふんだな)
(なるほどこれはおもしろい)
(もし植物がさういふんなら
 動物の方もやっぱりさうで
 海を渡って行けないもので
 何かゞきっと居るといふんだ)
(一体どういふものなんでせう)
(哺乳類だといふんだね)
(猿か鹿かの類ですか)
(いゝや鼠と兎だと)
(とれるでせうか)
(大将自費で
 トラップ二十買ひ込んで
 もうあちこちへ装置した
 一ぺんぐるっと見巡るのに
 四時間ばかりかゝるんだ)



 花鳥図譜十一月
    東北菊花品評会 於盛岡

(ぜんたい色にしてもです
 何か昔の木版本に
 白とか黄とか正色だけを尊ぶなんとありますと
 もうそれ一つが金科玉条
 いつまでたってもその範疇を抜けれない
 こんなことではだめですな
 まはりがどんどん進んで居って
 女子供が紐を一本選ぶにも
 じぶんの個性を考へるなんといふ場合
 菊の花だけ
 白は紙のいろ黄は藁のいろでは
 とても話になりません
 むしろどんどんかういふ場合
 進んだ間色を等賞に入れて
 刺戟しないとなりません)
(いや全くでございます)



 花鳥図譜 第十一月
    東北菊花品評会

(えゝ会長に!)
(会長といふことなしで
 こんどはやって居りますから)
(では審査長!)
(それもこんどは置きませず……)
(では誰でもいゝ責任者!)
(責任ならば一同みんな……)
(さう では名刺
 わたしは五戸の永田です)
(これはまことに
 名刺を持って来ませんで)
(いやいや そのまゝ!
 私の方の花の荷物を解きますから
 静かな室をお借りしたい
 それからどなたか二三名
 それに立会ねがひたい)
(では羽田さんとあなたとで)
(はあはあ)



  肺炎

この蒼ぐらい巨きな室が
どうしておれの肺なのだらう
そこでひがんだ小学校の教師らが
もう四時間もぶつぶつ会議を続けてゐる
ぽむぷはぽむぷでがたぴし云ふ
手足はまるでありかもなにもわからない
もうそんなものみんなおれではないらしい
たゞまあ辛くもかう思ふのがおれなだけ
なにを! 思ふのは思ふだけ

おれだか何だかわかったもんか
そんならおれがないかと云へば……
何を糞! いまごろそんな
〔以下空白〕



  〔十いくつかの夜とひる〕

十いくつかの夜とひる
患んでもだえてゐた間
寒くあかるい空気のなかで
千の芝罘白菜は
はぢけるまでの砲弾になり
包頭連の七百は
立派な麺麭の形になった
あゝひっそりとしたこの霜の国
ひっそりとしたすぎなや砂
しかも向ふでは川がときどき、
不定な湯気をあちらこちらで爆発させ
残丘モナドノツクの一列も
雪を冠って青ぞらに立つ
病んでゐても
或ひは死んでしまっても
かういふ風に川はきれいに流れるのだ
白菜の膨れた葉脉の間には
氷の粒が填ってゐて
緑いろした鎧の片のやうでもある



  〔早ま暗いにぼうと鳴る〕

〔冒頭原稿なし〕
        早ま暗いにぼうと鳴る)
さうさう
水藻の葉が酸素の泡でからだを彩り
おきなぐさの冠毛が
おのづと夕陽にひかるやうに
street girlsよ
港の夜をよそはうもよからう



  〔このあるものが〕

このあるものが
無意識部から幻聴になって
おのづとはっきりわたくしに聴えて来たのに対し
そのあるものをわたくしは
自分の円筒形をした通路に
遁れやうとする
赤い紋ある爬虫をとり出すほどの
そんなにつらく耐えがたい努力によって
酸素や影の行はれる
表面にまで将来した



  装景家と助手との対話
                   一九二七、六、一、

さうさねえ、

土佐絵その他の古い絵巻にある
禾草の波とかゞやく露とをつくるには
萓や・・・すべて水孔をもつものを用ひねばならぬ
思ふにこれらの朝露は
炭酸をも溶し含むが故に
     屈折率も高くまた冷たいのであらう

苗代の水を黒く湛えて
そこには多くの小さな太陽
また巨大なるヘリアンサスをかゞやかしむる
  うん、わたくしは
  いままで霧が多く溢出水なのに
  どうして気がつかなかったのでございませう
      Gaillardox! Gaillardox!

  そこを水際園といたしましたら
  どんな種類が適しませうか
なぜわたくしは枝垂れの雪柳を植えるか
十三歳の聖女テレジアが
水いろの上着を着 羊歯の花をたくさんもって
小さな円い唇でうたひながら
そこからこっちへでてくるために
わたくしはそこに雪柳を植える
      Gaillardox! Gaillardae!




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