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  装景手記
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  装景手記

六月の雲の圧力に対して
地平線の歪みが
視角五〇度を超えぬやう
濃い群青をとらねばならぬ
早いはなしが
ちゃうど凍った水銀だけの
弾性率を地平がもてばいゝのである
    Gillarchdox! Gillarchdae!
      いまひらめいてあらはれる
      東の青い橄欖岩の鋸歯
けだし地殻が或る適当度の弾性をもち
したがって地面が踏みに従って
寒天あるいひはゼラチンの
歪みをつくるといふことは
ヒンヅーガンダラ乃至西域諸国に於ける
永い間の夢想であって
また近代の勝れた園林設計学の
ごく杳遠なめあてである
   ……電線におりる小鳥のやうに
     頬うつくしい娘たち
     車室の二列のシートにすはる……
然るに地殻のこれら不変な剛性を
更に任意に変ずることは
恐らくとても今日に於ける世界造営の技術の範囲に属しない
      ……タキスの天に
        ぎざぎざに立つ
        そのまっ青な鋸を見よ……
地殻の剛さこれを決定するものは
大きく二つになってゐる
一つは如来の神力により
一つは衆生の業による
さうわれわれの師父が考へ
またわれわれもさう想ふ
     ……そのまっ青な鋸を見よ……
すべてこれらの唯心論の人人は
風景をみな
諸仏と衆生の徳の配列であると見る
たとへば維摩詰居士は
それらの青い鋸を
人に高貢の心あればといふのである
それは感情移入によって
生じた情緒と外界との
最奇怪な混合であるなどとして
皮相に説明されるがやうな
さういふ種類のものではない


ならや栗のWood landに点在する
ひなびた朱いろの山つゝぢを燃してやるために
そのいちいちの株に
hale glowとwhite hotのazaliaを副へてやらねばならぬ
若しさうでなかったら
紫黒色の山牛蒡の葉を添へて
怪しい幻暈模様をつくれ
止むなくばすべてこれを截りとる
     Gillochindox. Gillochindae!

     ラリックスのうちに
     青銅いろして
     その枝孔雀の尾羽根のかたちをなせる
     変種たしかにあり

やまつゝぢ
何たる冴えぬその重い色素だ
赭土からでももらったやうな色の族
銀いろまたは無色の風と結婚せよ
なんぢが末の子らのため


その水際園に
なぜわたくしは枝垂れの雪柳を植えるか
十三歳の聖女テレジアが
水いろの上着を着羊歯の花をたくさんもって
小さな円い唇でうたひながら
そこからこっちへでてくるために
わたくしはそこに雪柳を植える
     Gaillardox! Gaillardox!

その青くうつくしい三層の段丘から
ゆるやかなグラニットの準平原に達するために
いくすじのこみちをそこに設計すればいゝか


重い緑青の松林ならば
またその下の青いpassならば
必要によって赤い碍子の電柱を
しづかに昇らしめていゝ
しからば必らず夏の重い雲が
そこを通って挨拶する

そのゆるやかなグラニットの高原は
三年輪採の草地として
刈入年の春にはみんなで火を入れる
じつに五月のこの赤い冠や舌が
この地方では大切な情景なのだ


はんの木の群落の下には
すぎなをおのづとはびこらせ
やわらかにやさしいいろの
budding fernを企画せよ
それは使徒告別の図の
その清冽ながくぶちにもなる
  かゞやく露をつくるには
  ・・・や・・・すべて顕著な水孔をもつ種類を栽える
  思ふにこれらの朝露は
  炭酸その他を溶して含むその故に
  屈折率も高ければまた冷くもあるのであらう

     頬きよらかなむすめたち
     グランド電柱をはなれる小鳥のやうに
     いま一斉にシートを立って降りて行く
平野が巨きな海のやうであるので
台地のはじには
あちこち白い巨きな燈台もたち
それはおのおのに
二千アールの稲沼の夜を照して
これをして強健な成長をなさしめる

またこの野原の
何と秀でた麦であらうか
この春寒さが
あたかもラルゴのテムポで融け
雷も多くてそらから薄い硝酸もそゝぎかかったのだ

     熟した鋼の日がのぼり


     この国土の装景家たちは
     この野の福祉のために
     まさしく身をばかけねばならぬ

  頬・・・    つく
          立つ
   ……グランド電柱にとまる小鳥のやうに
     席につかうと企てゝ
     みないかめしくとざされてあれば
     肩をすぼめて仕方なく立つ……



  〔澱った光の澱の底〕

澱った光の澱の底
夜ひるのあの騒音のなかから
わたくしはいますきとほってうすらつめたく
シトリンの天と浅黄の山と
青々つづく稲の氈
わが岩手県へ帰って来た
こゝではいつも
電燈がみな黄いろなダリヤの花に咲き
雀は泳ぐやうにしてその灯のしたにひるがへるし
麦もざくざく黄いろにみのり
雲がしづかな虹彩をつくって
山脈の上にわたってゐる
これがわたくしのシャツであり
これらがわたくしのたべたものである
眠りのたらぬこの二週間
瘠せて青ざめて眼ばかりひかって帰って来たが
さああしたからわたくしは
あの古い麦わらの帽子をかぶり
黄いろな木綿の寛衣をつけて
南は二子の沖積地から
飯豊 太田 湯口 宮の目
湯本と好地 八幡 矢沢とまはって行かう
ぬるんでコロイダルな稲田の水に手をあらひ
しかもつめたい秋の分子をふくんだ風に
稲葉といっしょに夕方の汗を吹かせながら
みんなのところをつぎつぎあしたはまはって行かう



  華麗樹種品評会
                   一九二七、九、

十里にわたるこの沿線の
立派な華麗樹品評会フアイントリーズシヨウである
けだしこの緑いろなる車室のなかは
殆んど秋の空気ばかりで
わたくしは声をあげてうたふこともできれば
ねころぶことも通路を行ったり来たりもできる
そらはいちめん
層巻雲のひかるカーテン
じつに壮麗な梢の列
また青々と華奢な梢が
つぎつぎ出没するのである
    青すぎ青すぎ
    クリプトメリアギガンテア
    はんのきはんのき
    アルヌスランダアギガンテア
    楢はまさしく
          ・・・で
             である
つぎがまもなく停車場ならば
これが最后の惑んで青いうろこ松
幹もいっぱい青い鱗で覆はれてゐる
またあたらしく帝王杉があらはれて
風がたちまち鷹を一ぴきこしらえあげる




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