オツベルとぞう
             宮澤賢治



……ある牛飼うしかいがものがたる

1

      第一日曜

2

オツベルときたら大したもんだ。稲扱器械いねこききかいの六台もえつけて、のんのんのんのんのんのんと、大そろしない音をたててやっている。

3

十六人の百姓ひやくしようどもが、顔をまるっきりまっ赤にして足でんで器械をまわし、小山のようにまれた稲を片っぱしからいて行く。わらはどんどんうしろの方へ投げられて、また新らしい山になる。そこらは、もみや藁からったこまかなちりで、変にぼうっと黄いろになり、まるで沙漠さばくのけむりのようだ。

4

そのうすくらい仕事場を、オツベルは、大きな琥珀こはくのパイプをくわい、吹殻ふきがらを藁に落さないよう、を細くして気をつけながら、両手を背中に組みあわせて、ぶらぶらったり来たりする。

5

小屋はずいぶん頑丈がんじようで、学校ぐらいもあるのだが、何せ新式稲扱器械いねこききかいが、六台もそろってまわってるから、のんのんのんのんふるうのだ。中にはいるとそのために、すっかり腹がくほどだ。そしてじっさいオツベルは、そいつで上手に腹をへらし、ひるめしどきには、六寸ぐらいのビフテキだの、雑巾ぞうきんほどあるオムレツの、ほくほくしたのをたべるのだ。

6

とにかく、そうして、のんのんのんのんやっていた。

7

そしたらそこへどういうわけか、その、白象はくぞうがやって来た。白い象だぜ、ペンキをったのでないぜ。どういうわけで来たかって? そいつは象のことだから、たぶんぶらっと森を出て、ただなにとなく来たのだろう。

8

そいつが小屋の入口に、ゆっくり顔を出したとき、百姓どもはぎょっとした。なぜぎょっとした? よくきくねえ、何をしだすか知れないじゃないか。かかり合っては大へんだから、どいつもみな、いっしょうけんめい、じぶんのいねいていた。

9

ところがそのときオツベルは、ならんだ器械のうしろの方で、ポケットに手を入れながら、ちらっとするどく象を見た。それからすばやく下を向き、何でもないというふうで、いままでどおり往ったり来たりしていたもんだ。

10

するとこんどは白象が、片脚床かたあしゆかにあげたのだ。百姓どもはぎょっとした。それでも仕事が忙しいし、かかり合ってはひどいから、そっちを見ずに、やっぱり稲を扱いていた。

11

オツベルは奥のうすくらいところで両手をポケットから出して、も一度ちらっと象を見た。それからいかにも退屈たいくつそうに、わざと大きなあくびをして、両手を頭のうしろに組んで、行ったり来たりやっていた。ところが象が威勢いせいよく、前肢まえあし二つつきだして、小屋にあがって来ようとする。百姓どもはぎくっとし、オツベルもすこしぎょっとして、大きな琥珀こはくのパイプから、ふっとけむりをはきだした。それでもやっぱりしらないふうで、ゆっくりそこらをあるいていた。

12

そしたらとうとう、象がのこのこ上って来た。そして器械の前のとこを、呑気のんきにあるきはじめたのだ。

13

ところが何せ、器械はひどくまわっていて、もみは夕立かあられのように、パチパチ象にあたるのだ。象はいかにもうるさいらしく、小さなその眼を細めていたが、またよく見ると、たしかに少しわらっていた。

14

オツベルはやっと覚悟かくごをきめて、稲扱いねこき器械の前に出て、象に話をしようとしたが、そのとき象が、とてもきれいな、うぐいすみたいないい声で、こんな文句もんくったのだ。
「ああ、だめだ。あんまりせわしく、砂がわたしの歯にあたる。」

15

まったく籾は、パチパチパチパチ歯にあたり、またまっ白な頭や首にぶっつかる。

16

さあ、オツベルは命懸いのちがけだ。パイプを右手にもち直し、度胸を据えてう云った。
「どうだい、此処ここ面白おもしろいかい。」
「面白いねえ。」象がからだをななめにして、眼を細くして返事した。
「ずうっとこっちに居たらどうだい。」

17

百姓どもははっとして、息を殺して象を見た。オツベルは云ってしまってから、にわかにがたがたふるえ出す。

18

ところが象はけろりとして
「居てもいいよ。」と答えたもんだ。
「そうか。それではそうしよう。そういうことにしようじゃないか。」オツベルが顔をくしゃくしゃにして、まっ赤になってよろこびながらそう云った。

19

どうだ、そうしてこの象は、もうオツベルの財産ざいさんだ。いまに見たまえ、オツベルは、あの白象はくぞうを、はたらかせるか、サーカスだんに売りとばすか、どっちにしても万円以上もうけるぜ。

20

      第二日曜

21

オツベルときたら大したもんだ。それにこの前稲扱いねこき小屋で、うまく自分のものにした、象もじっさい大したもんだ。力も二十馬力もある。第一みかけがまっ白で、きばはぜんたいきれいな象牙ぞうげでできている。皮も全体、立派で丈夫じようぶな象皮なのだ。そしてずいぶんはたらくもんだ。けれどもそんなにかせぐのも、やっぱり主人がえらいのだ。
「おい、お前は時計はらないか。」丸太まるたで建てたその象小屋の前に来て、オツベルは琥珀こはくのパイプをくわえ、顔をしかめていた。
「ぼくは時計はらないよ。」象がわらって返事した。
「まあ持って見ろ、いいもんだ。」う言いながらオツベルは、ブリキでこさえた大きな時計を、象の首からぶらさげた。
「なかなかいいね。」象もう。
くさりもなくちゃだめだろう。」オツベルときたら、百キロもある鎖をさ、その前肢まえあしにくっつけた。
「うん、なかなか鎖はいいね。」三あし歩いて象がいう。
くつをはいたらどうだろう。」
「ぼくは靴などはかないよ。」
「まあはいてみろ、いいもんだ。」オツベルは顔をしかめながら、赤い張子はりこの大きな靴を、象のうしろのかかとにはめた。
「なかなかいいね。」象も云う。
「靴にかざりをつけなくちゃ。」オツベルはもう大急ぎで、四百キロある分銅ふんどうを靴の上から、穿め込んだ。
「うん、なかなかいいね。」象は二あし歩いてみて、さもうれしそうにそう云った。

22

次の日、ブリキの大きな時計と、やくざな紙の靴とはやぶけ、象は鎖と分銅だけで、大よろこびであるいてった。
まないが税金ぜいきんも高いから、今日はすこうし、川から水をんでくれ。」オツベルは両手をうしろで組んで、顔をしかめて象に云う。
「ああ、ぼく水をんで来よう。もう何ばいでも汲んでやるよ。」

23

象は眼を細くしてよろこんで、そのひるすぎに五十だけ、川から水を汲んで来た。そしての畑にかけた。

24

夕方ゆうがた象は小屋にて、十わらをたべながら、西の三日の月を見て、
「ああ、かせぐのは愉快ゆかいだねえ、さっぱりするねえ」と云っていた。
「済まないが税金がまたあがる。今日は少うし森から、たきぎを運んでくれ」オツベルは房のついた赤い帽子ぼうしをかぶり、両手をかくしにつっ込んで、次の日象にそう言った。
「ああ、ぼくたきぎを持って来よう。いい天気だねえ。ぼくはぜんたい森へ行くのは大すきなんだ」象はわらってこう言った。

25

オツベルは少しぎょっとして、パイプを手からあぶなく落しそうにしたがもうあのときは、象がいかにも愉快なふうで、ゆっくりあるきだしたので、また安心してパイプをくわい、小さなせきを一つして、百姓どもの仕事の方を見に行った。

26

そのひるすぎの半日に、象は九百たきぎを運び、眼を細くしてよろこんだ。

27

晩方ばんがた象は小屋に居て、八把の藁をたべながら、西の四日の月を見て
「ああ、せいせいした。サンタマリア」とうひとりごとしたそうだ。

28

その次の日だ、
「済まないが、税金が五倍になった、今日は少うし鍛冶場かじばへ行って、炭火すみびを吹いてくれないか」
「ああ、吹いてやろう。本気でやったら、ぼく、もう、息で、石もなげとばせるよ」

29

オツベルはまたどきっとしたが、気を落ち付けてわらっていた。

30

象はのそのそ鍛冶場かじばへ行って、べたんとあしってすわり、ふいごの代りに半日はんにち炭を吹いたのだ。

31

その晩、象は象小屋で、七わらをたべながら、空の五日の月を見て
「ああ、つかれたな、うれしいな、サンタマリア」とう言った。

32

どうだ、そうして次の日から、象は朝からかせぐのだ。藁も昨日はただ五だ。よくまあ、五把の藁などで、あんな力がでるもんだ。

33

じっさい象はけいざいだよ。それというのもオツベルが、頭がよくてえらいためだ。オツベルときたら大したもんさ。

34

      第五日曜

35

オツベルかね、そのオツベルは、おれもおうとしてたんだが、なくなったよ。

36

まあ落ちついてききたまえ。前にはなしたあの象を、オツベルはすこしひどくし過ぎた。しかたがだんだんひどくなったから、象がなかなか笑わなくなった。時には赤いりゆうをして、じっとこんなにオツベルを見おろすようになってきた。

37

あるばん象は象小屋で、三把の藁をたべながら、十日の月をあおぎ見て、
「苦しいです。サンタマリア。」と云ったということだ。

38

こいつを聞いたオツベルは、ことごと象につらくした。

39

ある晩、象は象小屋で、ふらふらたおれてべたにすわり、わらもたべずに、十一日の月を見て、
「もう、さようなら、サンタマリア。」とう言った。
「おや、何だって? さよならだ?」月がにわかに象にく。
「ええ、さよならです。サンタマリア。」
「何だい、なりばかり大きくて、からっきし意久地いくじのないやつだなあ。仲間なかまへ手紙を書いたらいいや。」月がわらってった。
「おふでも紙もありませんよう。」象は細ういきれいな声で、しくしくしくしく泣き出した。
「そら、これでしょう。」すぐ眼の前で、可愛かあいい子どもの声がした。象が頭を上げて見ると、赤い着物の童子が立って、すずりと紙をささげていた。象は早速さつそく手紙を書いた。
「ぼくはずいぶん眼にあっている。みんなで出て来て助けてくれ。」

40

童子はすぐに手紙をもって、林の方へあるいて行った。

41

赤衣せきいの童子が、そうして山に着いたのは、ちょうどひるめしごろだった。このとき山の象どもは、沙羅樹さらじゆの下のくらがりで、などをやっていたのだが、額をあつめてこれを見た。
「ぼくはずいぶん眼にあっている。みんなで出てきて助けてくれ。」

42

象はいつせいに立ちあがり、まっ黒になってえだした。
「オツベルをやっつけよう」議長ぎちようの象が高くさけぶと、
「おう、でかけよう。グララアガア、グララアガア。」みんながいちどに呼応こおうする。

43

さあ、もうみんな、あらしのように林の中をなきぬけて、グララアガア、グララアガア、野原の方へとんで行く。どいつもみんなきちがいだ。小さな木などは根こぎになり、やぶや何かもめちゃめちゃだ。グワア グワア グワア グワア、花火みたいに野原の中へ飛び出した。それから、何の、走って、走って、とうとう向うの青くかすんだ野原のはてに、オツベルのやしきの黄いろな屋根を見附みつけると、象はいちどに噴火ふんかした。

44

グララアガア、グララアガア。その時はちょうど一時半、オツベルは皮の寝台しんだいの上でひるねのさかりで、からすの夢を見ていたもんだ。あまり大きな音なので、オツベルの家の百姓どもが、門から少し外へ出て、小手をかざして向うを見た。林のような象だろう。汽車きしやより早くやってくる。さあ、まるっきり、血の気もせてかけんで、
旦那だんなあ、象です。押し寄せやした。旦那あ、象です。」と声をかぎりに叫んだもんだ。

45

ところがオツベルはやっぱりえらい。眼をぱっちりとあいたときは、もう何もかもわかっていた。
「おい、象のやつは小屋にいるのか。居る? 居る? 居るのか。よし、戸をしめろ。戸をしめるんだよ。早く象小屋の戸をしめるんだ。ようし、早く丸太を持って来い。とじこめちまえ、畜生ちくしようめじたばたしやがるな、丸太をそこへしばりつけろ。何ができるもんか。わざと力を減らしてあるんだ。ようし、もう五六本持って来い。さあ、大丈夫だ。大丈夫だとも。あわてるなったら。おい、みんな、こんどは門だ。門をしめろ。かんぬきをかえ。つっぱり。つっぱり。そうだ。おい、みんな心配するなったら。しっかりしろよ。」オツベルはもう仕度したくができて、ラッパみたいないい声で、百姓どもをはげました。ところがどうして、百姓どもは気が気じゃない。こんな主人に巻きいなんぞ食いたくないから、みんなタオルやはんけちや、よごれたような白いようなものを、ぐるぐるうでに巻きつける。降参こうさんをするしるしなのだ。

46

オツベルはいよいよやっきとなって、そこらあたりをかけまわる。オツベルの犬も気が立って、火のつくようにえながら、やしきの中をはせまわる。

47

間もなく地面はぐらぐらとゆられ、そこらはばしゃばしゃくらくなり、象はやしきをとりまいた。グララアガア、グララアガア、そのおそろしいさわぎの中から、
「今助けるから安心しろよ。」やさしい声もきこえてくる。
「ありがとう。よく来てくれて、ほんとに僕はうれしいよ。」象小屋からも声がする。さあ、そうすると、まわりの象は、一そうひどく、グララアガア、グララアガア、へいのまわりをぐるぐる走っているらしく、度々中から、怒ってふりまわす鼻も見える。けれども塀はセメントで、中には鉄も入っているから、なかなか象もこわせない。塀の中にはオツベルが、たった一人で叫んでいる。百姓どもは眼もくらみ、そこらをうろうろするだけだ。そのうち外の象どもは、仲間のからだを台にして、いよいよ塀を越しかかる。だんだんにゅうと顔を出す。そのしわくちゃで灰いろの、大きな顔を見あげたとき、オツベルの犬は気絶した。さあ、オツベルは射ちだした。六連発のピストルさ。ドーン、グララアガア、ドーン、グララアガア、ドーン、グララアガア、ところが弾丸たまは通らない。きばにあたればはねかえる。一ぴきなぞはう言った。
「なかなかこいつはうるさいねえ。ぱちぱち顔へあたるんだ。」オツベルはいつかどこかで、こんな文句もんくをきいたようだと思いながら、ケースをおびからつめかえた。そのうち、象の片脚が、塀からこっちへはみ出した。それからも一つはみ出した。五匹の象が一ぺんに、塀からどっと落ちて来た。オツベルはケースをにぎったまま、もうくしゃくしゃにつぶれていた。早くも門があいていて、グララアガア、グララアガア、象がどしどしなだれ込む。
ろうはどこだ。」みんなは小屋に押し寄せる。丸太なんぞは、マッチのようにへし折られ、あの白象は大へんせて小屋を出た。
「まあ、よかったねやせたねえ。」みんなはしずかにそばにより、くさりと銅をはずしてやった。
「ああ、ありがとう。ほんとにぼくは助かったよ。」白象はさびしくわらってそう云った。

48

おや、〔一字不明〕、川へはいっちゃいけないったら。




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