失敗園

       太宰 治


(わが陋屋ろうおくには、六つぼほどの庭があるのだ。愚妻ぐさいは、ここに、秩序ちつじょも無く何やらかやら一ぱい植えたが、一見するに、すべて失敗の様子である。それらずかしき身なりの植物たちが小声でささやき、私はそれを速記する。その声が、事実、聞えるのである。必ずしも、仏人ふつじんルナアル氏の真似まねでも無いのだ。では。)

1

とうもろこしと、トマト。 「こんなに、たけばかり大きくなって、私は、どんなに恥ずかしい事か。そろそろ、実をつけなければならないのだけれども、おなかに力が無いから、いきむ事が出来ないの。みんなは、あしだと思うでしょう。やぶれかぶれだわ。トマトさん、ちょっと寄りかからせてね。」 「なんだ、なんだ、竹じゃないか。」 「本気でおっしゃるの?」 「気にしちゃいけねえ。お前さんは、夏せなんだよ。いきなものだ。ここの主人の話にればお前さんは芭蕉ばしょうにも似ているそうだ。お気に入りらしいぜ。」 「葉ばかり伸びるものだから、私を揶揄やゆなさっているのよ。ここの主人は、いい加減よ。私、ここの奥さんに気の毒なの。それや真剣に私の世話をして下さるのだけれども、私は背丈ばかり伸びて、一向にふとらないのだもの。トマトさんだけは、どうやら、実を結んだようね。」 「ふん、どうやら、ね。もっとも俺は、下品な育ちだから、放って置かれても、実を結ぶのさ。軽蔑けいべつたまうな。これでも奥さんのお気に入りなんだからね。この実は、俺の力瘤ちからこぶさ。見給え、うんと力むと、ほら、むくむく実がふくらむ。も少し力むと、この実が、あからんで来るのだよ。ああ、すこしかみが乱れた。散髪さんぱつしたいな。」

2

クルミのなえ。 「僕は、孤独こどくなんだ。大器晩成の自信があるんだ。早く毛虫にいのぼられる程の身分になりたい。どれ、きょうも高邁こうまい瞑想めいそうにふけるか。僕がどんなに高貴こうきな生まれであるか、誰も知らない。」

3

ネムの苗。 「クルミのチビは、何を言っているのかしら。不平家なんだわ、きっと。不良少年かも知れない。いまに私が花けば、さだめし、いやらしい事を言って来るに相違ない。用心しましょう。あれ、私のお尻をくすぐっているのは誰? となりのチビだわ。本当に、本当に、チビのくせに、根だけは一人前に張っているのね。高邁な瞑想だなんて、とんでもない奴さ。知らん振りしてやりましょう。どれ、こう葉をたたんで、眠った振りをしていましょう、いまは、たった二枚しか葉が無いけれども、五年ったら美しい花が咲くのよ。」

4

にんじん。 「どうにも、こうにも、話にならねえ。ゴミじゃ無え。こう見えたって、にんじんのだ。一箇月いっかげつ前から、一分も伸びねえ。このまんまであった。永遠に、わしゃ、こうだろう。みっともなくていけねえ。誰か、わしを抜いてくれないか。やけくそだよ。あははは。馬鹿笑いが出ちゃった。」

5

だいこん。 「地盤じばんがいけないのですね。石ころだらけで、私はこの白いあしを伸ばす事が出来ませぬ。なんだか、毛むくじゃらの脚になりました。ごぼうの振りをしていましょう。私は、素直に、あきらめているの。」

6

わたの苗。 「私は、今は、こんなに小さくても、やがて一枚の座蒲団ざぶとんになるんですって。本当かしら。なんだか自嘲じちょうしたくて仕様が無いの。軽蔑けいべつしないでね。」

7

へちま。 「ええと、こう行って、こうからむのか。なんて不細工なたななんだ。からみ付くのに大骨折りさ。でも、この棚を作る時に、ここの主人と細君とは夫婦喧嘩ふうふげんかをしたんだからね。細君にせがまれたらしく、ばかな主人は、もっともらしい顔をして、この棚を作ったのだが、いや、どうにも不器用なので、細君が笑いだしたら、主人の汗だくでおこっていわくさ、それではお前がやりなさい、へちまの棚なんて贅沢品ぜいたくひんだ、生活の様式を拡大かくだいするのは、僕はいやなんだ、僕たちは、そんな身分じゃない、とみょう興覚きょうざめな事を言い出したので、細君も態度を改め、それは承知しょうちして居ります、でも、へちまの棚くらいは在ってもいいと思います、こんな貧乏びんぼうな家にでも、へちまの棚が出来るのだというのは、なんだか奇跡きせきみたいで、素晴しい事だと思います、私の家にでも、へちまの棚が出来るなんてうそみたいで、私はうれしくてなりません、とあわれな事を主張したので、主人は、また渋々しぶしぶこの棚の製作を継続けいぞくしやがった。どうも、ここの主人は、少し細君に甘いようだて。どれ、どれ、親切を無にするのも心苦しい、ええと、こう行って、こうからみ付けっていうわけか、ああ、実に不細工な棚である。からみ付かせないように出来ている。意味ないよ。僕は、不仕合わせなへちまかも知れぬ。」

8

薔薇ばらと、ねぎ。 「ここの庭では、やはり私が女王だわ。いまはこんなに、からだが汚れて、葉のつやも無くなっちゃったけれど、これでも先日までは、次々と続けて十輪以上も花が咲いたものだわ。ご近所の叔母おばさんたちが、おお綺麗きれいと言ってほめると、ここの主人が必ずぬっと部屋から出て来て、叔母さんたちに、だらし無くぺこぺこお辞儀じぎするので、私は、とても恥ずかしかったわ。あたまが悪いんじゃないかしら。主人は、とても私を大事にしてくれるのだけれど、いつも間違った手入ればかりするのよ。私がのどかわいてしおれかけた時には、ただ、うろうろして、奥さんをひどくしかるばかりで何も出来ないの。あげくの果には、私の大事な新芽しんめを、気が狂ったみたいに、ちょんちょんみ切ってしまって、うむ、これでどうやら、なんて真顔で言ってましているのよ。私は、苦笑したわ。あたまが悪いのだから、仕方がないのね。あの時、新芽をあんなに切られなかったら、私は、たしかに二十は咲けたのだわ。もう、駄目だめ。あんまり命かぎり咲いたものだから、早く老い込んじゃった。私は、早く死にたい。おや、あなたは誰?」 「我輩わがはいを、せめて、竜のひげとでも、呼んでくれたまえ。」 「ねぎ、じゃないの。」 「見破られたか。面目ない。」 「何を言ってるの。ずいぶん細いねぎねえ。」 「ええ面目ない。地の利を得ないのじゃ。世が世なら、いや、敗軍の将、愚痴ぐちは申さぬ。我輩はこう寝るぞ。」

9

花のかぬ矢車草。 「是生滅法ぜしょうめっぽう盛者必衰じょうしゃひっすい。いっそ、化けて出ようか知ら。」




使用したテキストファイル
使用権フリー作品集シリーズ
太宰治全作品集 1
  制作・販売:マイクロ テクノロジー株式会社
変更箇所
  ルビ処理:ルビの記述を<RUBY>タグに変更
  行間処理:行間180%
  段落処理:形式段落ごとに<P>タグ追加
        :段落冒頭の一字下げを一行下げに変更
        :段落番号の追加
変更作業:里実福太朗
変更終了:平成14年2月