懶惰らんだ歌留多かるた

       太宰 治

1

私の数ある悪徳の中で、最も顕著けんちょの悪徳は、怠惰たいだである。これは、もう、疑いをいれない。よほどのものである。こと、怠惰に関してだけは、私は、ほんものである。まさか、それを自慢じまんしているわけではない。ほとほと、自分でもあきれている。私の、これは、最大欠陥けっかんである。たしかに、ずべき、欠陥である。

2

怠惰ほど、いろいろ言いけのできる悪徳も、少い。臥竜がりょう。おれは、考えることをしている。ひるあんどん。面壁九年めんぺきくねん。さらに想を練り、案を構え。雌伏しふく賢者けんじゃのまさに動かんとするや、必ず愚色ぐしょくあり。熟慮じゅくりょ潔癖けっぺきり性。おれの苦しさ、わからんかね。仙脱せんだつ。無欲。世が世なら、なあ。沈黙ちんもくは金。塵事じんじうるさく。すみ親石おやいし。機いまだ熟さず。出るくいうたれる。寝ていて転ぶうれいなし。無縫むほう天衣。桃李とうり言わざれども。絶望。ぶた真珠しんじゅ。一朝、事あらば。ことあげせぬ国。ばかばかしくって。大器晩成。自矜じきょう、自愛。のこりものには、福が来る。なんぞ彼等の思い無げなる。死後の名声。つまり、高級なんだね。千両役者だからね。晴耕雨読。三度固辞して動かず。かもめは、あれはおしの鳥です。天を相手にせよ。ジッドは、お金持なんだろう?

3

すべて、のらくら者の言い抜けである。私は、実際、恥かしい。苦しさも、へったくれもない。なぜ、書かないのか。実は、少しからだの工合ぐあいおかしいのでして、などと、せっぱつまって、伏目ふしめがちに、あわれっぽく告白したりなどするのだが、一日にバット五十本以上も吸いくして、酒、のむとなると一升いっしょうくらい平気でやって、そのあとお茶漬ちゃづけを、三ばいもかきこんで、そんな病人あるものか。

4

要するに、怠惰なのである。いつまでも、こんな工合いでは、私は、とうてい見込みこみのない人間である。そう、きめてしまうのは、私も、つらいのであるが、もうこれ以上、私たち、自身をあまやかしてはいけない。

5

苦しさだの、高邁こうまいだの、純潔だの、素直だの、もうそんなこと聞きたくない。書け。落語らくごでも、一口噺ひとくちばなしでもいい。書かないのは、例外なく怠惰である。おろかな、おろかな、盲信もうしんである。人は、自分以上の仕事もできないし、自分以下の仕事もできない。働かないものには、権利がない。人間失格、あたりまえのことである。

6

そう思って、しかめつらをして机のまえに座るのであるが、さて、何もしない。頬杖ほおづえついて、ぼんやりしている。別段、深遠のことがらを考えているわけではない。なまけ者の空想ほど、ばかばかしく途方とほうもないものはない。悪事千里、というが、なまけ者の空想もまた、ちょろちょろめどなく流れ、走る。何を考えているのか。この男は、いま、旅行にいて考えている。汽車の旅行は退屈たいくつだ。飛行機がいい。動揺どうようがひどいだろう。飛行機の中で煙草たばこを吸えるかしら。ゴルフパンツはいて、葡萄たべながら飛行機に乗っていると、恰好かっこうがいいだろうな。葡萄ぶどうは、あれは、種を出すものなのかしら、種のまま飲みこむものなのかしら。葡萄の正しい食べかたを知りたい。などと、考えていること、まるで、おそろしく、とりとめがない。あわてて、がらっと机の引き出しをあけ、くしゃくしゃ引き出しの中をきまわして、おもむろに、一個の耳かきを取り出し、大げさに顔をしかめ、耳の掃除そうじをはじめる。その竹の耳かきの一たんには、ふさふさしたうさぎの白い毛が付いていて、男は、その毛で自分の耳の中をくすぐり、目を細める。耳の掃除が終る。なんということもない。それから、また、机の引き出しを、くしゃくしゃかきまわす。感冒除かんぼうよけの黒いマスクを見つけた。そいつを、素早く、さっと顔にかけて、っと眉毛まゆげを挙げ、目をぎょろっと光らせて、左右を見まわす。なんということもない。マスクをはずして、引き出しに収め、ぴたと引き出しをしめる。また、頬杖ほおづえ。とうもろこしは、あれは下品な食べものだ。あれの、正式の食べかたは、どういうのかしら。一本のとうもろこしに、食いついている姿は、ハアモニカを懸命けんめいき鳴らしているようである。などと、ばかなことを、ふと考える。どんなにひどいニヒルにでも、最後まで付きまとうものは、食べものであるらしい。しかもこの男は、味覚を知らない。味よりも、方法が問題であるらしい。めんどうくさい食べものには、見向きもしない。さんまなぞ、食べてみれば、あれは、おいしいものかも知れないが、この男は、それをきらう。とげがあるからである。いったいに魚肉をきらう様である。味覚のゆえではなくして、とげをくのが面倒めんどうくさいのである。たいへん高価なものだそうであるが、あゆの塩焼など、一向に喜ばない。申しわけみたいに、ちょっとはしでつついてみたりなどして、それっきり、りむきもしない。玉子焼を好む。とげがないからである。豆腐とうふを好む。やはり、食べるのに、なんの手数もいらないからである。飲みものを好む。牛乳。スウプ。葛湯くずゆ。うまいも、まずいもない。ただ、摂取せっしゅするのに面倒がないからである。そう言えば、この男は、どうやら、暑い、寒いを知らないようである。夏、どんなに暑くても、団扇うちわたぐいを用いない。めんどうくさいからである。ひとから、きょうはずいぶんお暑うございますね、と言われて団扇をさし出され、ああそうか、きょうは暑いのか、とはじめて気が付き、大いにあわてて団扇を取りあげ、すずしげの顔してばさばさやってみるのであるが、すぐにきて来て手を休め、ぼんやりひざの上で、その団扇をいじくりまわしているような仕末である。寒さも、知らないのではなかろうか。誰かほかのひとでも火鉢ひばちに炭をついでくれないことには、一日、火のない火鉢をいて、じっとしている。動くものではない。ひとから、注意されないうちは、晩秋、初冬、厳寒、平気な顔して夏の白いシャツをだまって着ている。

7

私は、うでをのばし、机のわきの本だなから、ある日本の作家の、短編集を取出し、口を、への字型に結んだ。何か、顕微鏡けんびきょう的な研究でもはじめるように、ものものしく気取って、一ページ、一頁、ゆっくりペエジを繰っていった。この作家は、いまは巨匠きょしょうといわれている。変な文章ではあるが、読みやすいので、私は、このような心のうつろな時には、取り出して読んでみるのである。好きなのであろう。もっともらしい顔して読んでいって、突然とつぜん、げらげら笑い出した。この男の笑い声には、特色が在る。馬の笑いに似ている。私は、あきれたのである。その作家自身ともおぼしき主人公が、ふんべつ顔して風呂敷ふろしき持って、湖畔こはん別荘べっそうから、まちへ夕食のおかずを買いに出かけるところが書かれていたのであるが、いかにもその主人公のさまが、いそいそしていて、私には情なく、笑ってしまった。いい年をして、立派な男が、女房にょうぼうに言いつけられて、風呂敷持って、いそいそ町へ、ねぎ買いに出かけるとは、これは、あまりにひどすぎる。なまけ者にちがいない。こんな生活は、いかん。なんにもしないで、うろうろして、女房も見かねて、夕食の買い物をたのむ。よくあることだ。たのまれて、うん、ねぎを五銭だね、と首肯しゅこうし、ばかなやつ、帯をしめ直して、何か自分がいささかでも役に立つことがうれしく、いそいそ、風呂敷もって、買い物に出かける。情ない、情ない。まゆふとく、ひげあと青き立派な男じゃないか。私は、多少狼狽ろうばいして、その本を閉じ、そっと本棚へ返して、それからまた、なんということもない。頬杖ほおづえついて、うっそりしている。怠けものは、陸の動物にたとえれば、まず、としとった病犬であろう。なりもふりもかまわず、四足をなげ出し、うす赤い腹をひくひく動かしながら、日向ひなたに一日じっとしている。ひとがその傍を通っても、えるどころか、薄目うすめをあけて、うっとり見送り、また目をつぶる。みっともないものである。きたならしい。海の動物にたとえれば、なまこであろうか。なまこは、たまらない。いやらしい。ひとで、であろうか。べっとり岩にへばりついて、ときどき、そろっと指を動かして、そうして、ひとでは何も考えていない。ああ、たまらない、たまらない。私は猛然もうぜんと立ち上る。

8

おどろくことは無い。御不浄ごふじょうへ行って来たのである。期待にわざること、おびただしい。立ったまま、ちょっと思案し、それから、のそのそとなりの部屋へはいっていって、 「おい、何か用がないかね?」

9

隣室りんしつでは、家の者が、縫いものをしている。 「はい、ございます。」顔もあげずに、そう答えて、「このこてを焼いて置いて下さい。」 「あ、そうか。」

10

こてを受けとり、大きな男が、また机のまえに座って、かたわらの火鉢ひばちの灰の中に、ぐいとその鏝をさしむのである。

11

さし込んで、何か大役をしすました者のごとく、落ちつきはらって、煙草たばこを吸っている。これでは、何も、かの、風呂敷ふろしき持って、ねぎ買いに行く姿と、異るところがない。もっと悪い。

12

つくづくあきれ、にくみ、自分自身を殺したくさえなって、ええッ! と、やけくそになって書き出した、文字が、なんと、

13

懶惰らんだ歌留多かるた

14

ぽつり、ぽつり、考え、考えしながら書いてゆく所存と見える。

15

い、生くることにも心せき、感ずることも急がるる。

16

ヴィナスは海のあわから生れて、西風に導かれ、波のまにまに、サイプラスの島の浦曲うらわ漂着ひょうちゃくした。四肢ししは気品よく細長く、しっとりと重くて、乳白色の皮膚ひふのところどころ、すなわち耳朶みみたぶ、すなわちほお、すなわちてのひらうち、一様にうす薔薇色ばらいろに染っていて、小さい顔は、かぐようほどに清浄せいじょうであった。からだじゅうからレモンのにおいに似た高い香気こうきが発していた。ヴィナスのこの美しさにせられた神々たちは、このひとこそは愛と美の女神であると言ってあがめたて、心ひそかにしからぬ望をさえいだいたのである。

17

ヴィナスが白鳥にかせた二輪車に乗り、森や果樹園のなかをけめぐって遊んでいると、怪しからぬ望を持った数十人の神々たちは、二輪車の濛々もうもうたる車塵しゃじんを浴びながらあせき拭き、そのあとを追いまわした。遊びつかれたヴィナスが森のおくの奥の冷い泉で、汗ばんだ四肢をこっそり洗っていると、あちらの樹間に、また、ついそこの草の茂みのかげに、神々たちのいやらしい目が光っていた。

18

ヴィナスは考えた。こんなに毎日うるさい思いをするよりは、いっそ誰かにこのからだをぶち投げてあげようか。これときめた一人の男のひとに、このからだを投げてやってしまおうか。

19

ヴィナスは決意した。一月一日の朝まだき、神々の御父ジュピタア様の宮殿きゅうでんへおまいりの途中とちゅうった三人目の男のひとを私の生涯しょうがいおっとときめよう。ああ、ジュピタア様、おたのみ申します、よい夫をおさずけ下さいますように。

20

元旦。ま白き被布ひふを頭からひきかぶり、飛ぶようにして家を出た。森の小路こみち一人いちにん目の男のひとに会った。見るからにむさくるしい毛むくじゃらの神であった。森の出口の白樺しらかばの下で二人目の男のひとにった。ヴィナスのあしは、はたと止って動かなんだ。男、りんりんたる美丈夫びじょうふであったのである。朝霧あさぎりの中を腕組うでぐみして、ヴィナスの顔を見もせずにゆったりと歩いていった。「ああ、この人だ! 三人目はこの人だ。二人目は、──二人目はこの白樺。」そうさけんでますらおの広いみ胸に身を投げた。

21

与えられた運命の風のまにまに身をまかせ、そうして大事の一点で、ひらっと身をかわして、より高い運命をつくる。宿命と、一点の人為じんい的なる技術。ヴィナスの結婚は仕合せであった。ますらおこそはジュピタア様の御曹子おんぞうし雷電らいでん征服せいふく者ヴァルカンその人であった。キュウピッドという愛くるしい子をさえなした。

22

諸君が二十世紀の都会の街路で、このような、うらないを、暮靄ぼあいひとめけつつ、ひそかに試みる場合、必ずしも律儀りちぎに三人目のひとを選ばずともよい。時によっては、電柱を、ポストを、街路樹を、それぞれ一人に数え上げるがよい。キュウピッドの生れることは保証の限りでないけれども、ヴァルカン氏を得ることは確かである。私を信じなさい。

23

ろ、牢屋ろうやは暗い。

24

暗いばかりか、冬寒く、夏暑く、くさく、百万の群。たまったものでない。

25

牢屋は、これは避けなければいけない。

26

けれども、ときどき思うのであるが、修身、斉家せいか治国ちこく、平天下、の順序には、固くこだわる必要はない。身いまだ修らず、一家もとよりととのわざるに、治国、平天下を考えなければならぬ場合も有るのである。むしろ順序を、逆にしてみると、爽快そうかいである。平天下、治国、斉家、修身。いい気持だ。

27

私は、河上肇かわかみはじめ博士の人柄ひとがらを好きである。

28

は、母よ、子のためにいかれ。 「いいえ、私には信じられない。悪いのは、あなただ。この子は、情のふかい子でした。この子は、いつでも弱いものをかばいました。この子は、私の子です。おお、よし。お泣きでない。こうしてお母さんが、来たからには、もう、指一本ふれさせまい!」

29

に、にくまれて憎まれて強くなる。

30

たまには、まともな小説を書けよ。おまえ、このごろ、やっと世間の評判も、よくなって来たのに、また、こんなぐうたらな、いろは歌留多かるたなんて、こまるじゃないか。世間の人は、おまえは、まだ病気がなおらないのではないかと、また疑い出すかも知れないよ。

31

私のいい友人たちは、そう言って心配してくれるかも知れないが、それは、もう心配しなくていいのだ。私は、まだ、老人でない。このごろそれに気がついた。なんのことは、ない、すべて、これからである。未熟である。文章ひとつ、考え考えしながら書いている。まだまだ自分のことで一ぱいである。いかり、悲しみ、笑い、身悶みもだえして、一日一日を送っている始末である。やはり、三十一歳は、三十一歳だけのことしかないのである。それに気がついたのである。あたりまえのことであるが、私は、これを有りがたい発見だと思っている。戦争と平和や、カラマゾフ兄弟は、まだまだ私には、書けないのである。それは、もう、はっきり明言できるのである。絶対に書けない。気持だけは、行きとどいていても、それを持ちこたえる力量がないのである。けれども、私は、そんなに悲しんではいない。私は、長生きをしてみるつもりである。やってみるつもりである。この覚悟かくごも、このごろ、やっとついた。私は、文学を好きである。その点は、よほどのものである。これを茶化しては、いけない。好きでなければ、やれるものではない。信仰しんこう、──少しずつ、そいつがわかって来るのだ。大きな男が、ふんべつ顔して、いろは歌留多などを作っている図は、まるで弁慶べんけいが手まりついて遊んでいる図か、仁王様におうさまが千代紙折っている図か、モオゼがパチンコですずめをねらっている図ぐらいに、すこぶるちんなものに見えるだろうと、思う。それは、知っている。けれども、それでいいと思っている。芸術とは、そんなものだ。大まじめである。見ることのできる者は、見るがよい。

32

もちろん私は、こんな形式のものばかり書いて、満足しているものではない。こんな、ややこしい形式は、私自身も、骨が折れて、いやだ。既成きせいの小説の作法も、ちゃんとからずマスタアしているはずである。現に、この小説の中にも、随所ずいしょにずるく採用して在る。私も商人なのだから、そのへんは心得ている。所謂いわゆる、おとなしい小説も、これからは書くのである。どうも、こんなこと書きながら、みっともなく、顔がほてって来て仕様がない。でも、これも、私のいい友人たちを安心させるために、どうしても、書いて置きたく思うのである。純粋じゅんすいを追うて、窒息ちっそくするよりは、私はにごっても大きくなりたいのである。いまは、そう思っている。なんのことは、ない、一言で言える。負けたくないのである。

33

この作品が、健康か不健康か、それは読者がきめてくれるだろうと思うが、この作品は、決して、ぐうたらでは無い。ぐうたら、どころか、私は一生懸命けんめいである。こんな小説を、いま発表するのは、私にとって不利益かも知れない。けれども、三十一歳は、三十一歳なりに、いろいろ冒険ぼうけんしてみるのが、ほんとうだと思っている。戦争と平和は、私にはまだ書けない。私は、これからも、様々にまようだろう。くるしむだろう。波はあらいのである。その点は、自惚うぬぼれていない。充分じゅうぶん、小心なほどに、用心しているつもりである。この作品の形式も、情感も、結局、三十一歳のそれを一歩も出ていないにちがいない。けれども、私は、それに自信を持たなければいけない。三十一歳は、三十一歳みたいに書くより他に仕方が無い。それが一ばんいいのだと思っている。書きながら、へんに悲しくなって来た。こんなことを書いて、いけなかったのかも知れない。けれども、胸がわくわくして、どうしても書かずにいられなかったのだ。このごろは、全く、用心して用心して、薄氷はくひょうわたる気持で生活しているのである。ずいぶん、ひどく、やっつけられたから。

34

でも、もういい。私は、やってみる。まだ少し、ふらふらだが、そのうち丈夫じょうぶに育つだろう。うそをつかない生活は、決してたおれることは無いと、私は、まず、それを信じなければ、いけない。

35

さて、むかしの話を一つしよう。

36

不仕合せである、と思った。ひと、みな、私を、まだまだ仕合せなほうだよ、と評した。私は気弱く、そうとも、そうとも、と首肯しゅこうした。なにが不足で、あがくのだろう、好き好んで苦しみを買っているのだ、人生の、生活のディレッタント、運がよすぎて恐縮きょうしゅくしていやがる、あんなたちの女があるよ苦労性と言ってね陰口かげぐちだけを気にしている。

37

あるいはまた、佳人かじん薄命、懐玉かいぎょく有罪、など言って、私をして、いたく赤面させ、狼狽ろうばいさせて私に大酒のませる悪戯者いたずらものまで出て来た。

38

けれども、某夜、君は不幸な男だね、と普通ふつうの音声で言って平気でいた人、佐藤春夫である。私は、ぱっと行くてがひらけた実感に打たれ、ほんとにそう思いますか、と問いただした。私は、うすく微笑ほほえんでいたような気がする。うん、不幸だ、とやはり気易きやすく首肯した。

39

もう一人、文芸春秋社のほの暗い応接室で、M・Sさん。きみと、しんじゅうするくらいに、きみを好いてくれるような、そんな、編集者へんしゅうしゃでも出て来ぬかぎり、きみは、不幸な、作家だ、と一語ずつ区切ってはっきり言った。そのように、きっぱり打ち明けてくれるSさんの痩躯そうくに満ちた決意のほどを、私は尊いことに思った。

40

多くの場合、私はただ苦笑をもって報いられていたのである。多くの人々にとって、私は、なんだかうるさい、ただ生意気な存在であった。けれども私は、みんなを畏怖いふして、それから、みんなをすこしでも、そうして一時間でも永く楽しませ、自信を持たせ、大笑いさせたく、そのことをのみ念じていた。私は盗賊とうぞくのふりをした。乞食こじき真似まねをさえして見せた。心の奥の一隅いちぐうに、まことの盗賊をいだき、乞食の実感を宿し、懊悩転輾おうのうてんてんの日夜を送っている弱い貧しい人の子は、私の素振そぶりのかげに罪の兄貴を発見して、ひそかに安堵あんど、生きることへの自負心を持ってくれるにちがいない、と信じていた。ばかなことを考えていたものである。たちまち私は、蹴落けおとされた。審判しんぱんの秋。私は、にくしみの対象に変化していた。ある重要な一線において、私は、明確におろそかであった。怠惰たいだであった。一線、やぶれて、決河の勢、私は、生れ落ちるとからの極悪人ごくあくにんよ、と指摘してきされた。弱い貧しい人の子の怨嗟えんさ嘲罵ちょうばほのおは、かつての罪の兄貴の耳朶みみたぶを焼いた。あちちちち、と可笑おかしい悲鳴挙げて、右往うおう左往さおう炉縁ろぶちに寄れば、どんぐりの爆発ばくはつ水瓶みずがめの水のもうとすれば、かにはさみ、びっくり仰天ぎょうてん尻餅しりもちつけばおしりの下には熊蜂くまばちの巣、こはかなわずと庭へ飛び出たら、屋根からごろごろうすのお見舞い、かの猿蟹さるかに合戦、猿への刑罰けいばつそのままの八方ふさがり、息もたえだえ、魔屈まくつの一室にころがりんだ。

41

あの夜のことを、私は忘れぬ。死のうと思っていた。しかたが無いのである。いどれて、マントもがずにぶったおれて、 「やい、むかしの名妓めいぎというものは、」女は傍で笑っていた。「どんなやつにでも、なんでもなく身をまかせたんだ。水みたいに、のれんみたいに、そのまま身をまかせるんだ。そうしてモナ・リザみたいに少しくちびるゆがめて、静かにしていると、お客はくるっちゃうんだ、田地田畑でんじでんぱた売りはらうんだ。いいかい、そこんところは大事だぞ。むかしから名妓とうたわれているひとは、みんな、そうだった。むやみに、指輪なんかねだっちゃいけないんだ。いつまでも、だまって足りなそうにしているんだ。芸は売っても、からだは売らぬなんて、みさおを固くしている人は、そこは女だ、やっぱりからだをまかせると、それっきりお客がつかず、どうしたって名妓には、なれないんだ。」ひどい話である。サタンの美学、名妓論の一たんとでも言うのか。めちゃ苦茶のこと吐鳴どなり散らして、ねむりこけた。

42

ふと目をさますと、部屋は、まっくら。頭をもたげるとまくらもとに、真白い角封筒かくぶうとうが一通きちんと置かれてあった。なぜかしら、どきッとした。光るほどに純白の封筒である。キチンと置かれていた。手をばして、拾いとろうとすると、むなしくたたみをひっいた。はッと思った。月かげなのだ。その魔屈の部屋のカアテンのすきまから、月光がしのびこんで、私の枕もとに真四角の月かげを落していたのだ。凝然ぎょうぜんとした。私は、月から手紙をもらった。言いしれぬ恐怖きょうふであった。

43

いたたまらず、がばとね起き、カアテンひらいて窓をし開け、月を見たのである。月は、他人の顔をしていた。何か言いかけようとして、私は、はっと息をのんでしまった。月は、それでも、知らんふりである。酷冷こくれい厳徹げんてつ、どだい、人間なんて問題にしていない。けたがちがう。私はみにくく立ちつくし、苦笑でもなかった、含羞がんしゅうでもなかった、そんななまやさしいものではなかった。うなった。そのまま小さい、きりぎりすに成りたかった。

44

あまったれていやがる。自然の中に、小さく生きて行くことの、孤独こどく峻厳しゅんげんを知りました。かみなりに家を焼かれてうりの花。その、はきだめの瓜の花一輪を、強く、大事に、育てて行こうと思いました。

45

ほ、ほたるの光、窓の雪。

46

清窓浄机じょうき、われこそ秀才しゅうさいと、書物ひらいて端座たんざしても、ああ、その窓のそと、号外のすずの音が通るよ。それでも私たちは、勉強していなければいけないのだ。聞けよ、金魚もただ飼い放ちあるだけでは月余の命たもたず、と。

47

へ、兵を送りてかなしかり。

48

戦地へ行く兵隊さんを見送って、泣いては、いけないかしら。どうしても、なみだが出て出て、だめなんだ、おゆるし下さい。

49

と、とてもこの世は、みな地獄じごく

50

不忍しのばずの池、とある夜ふと口をついて出て、それから、おや? 可笑おかしな名詞だな、と気付いた。これには、きっとこんな由来があったのだ。それにちがいない。

51

たしかな年代は、わからぬ。江戸の旗本の家に、かんむり若太郎という十七歳の少年がいた。さくらの花びらのように美しい少年であった。竹馬ちくばの友に由良ゆら小次郎という、十八歳の少年武士があった。これは、三日月のように美しい少年であった。冬の曇日くもりび、愛馬の手綱たづなにぎりかたにいて、その作法に就いて、二人のあいだに意見の相違そういが生じ、争論の末、一方の少年の、にやりという片ほお薄笑うすわらいが、もう一方の少年を激怒げきどさせた。 「切る。」 「よろしい。ゆるさぬ。」決闘けっとうの約束をしてしまった。

52

その約束の日、由良氏は家を出ようとして、冷雨ひさめびしょびしょ。内へひきかえして、かささして出かけた。申し合せたところは、上野の山である。途中とちゅう、傘なくしてまちの家の軒下のきしたに雨宿りしている冠氏の姿を認めた。冠氏は、薄紅の山茶花さざんかのごとく寒しげに、かたを小さくすぼめ、困惑こんわくの有様であった。 「おい。」と由良ゆら氏は声をけた。

53

かんむり氏は、きょろとして由良氏を見つけ、にっと笑った。由良氏も、すこしほおを染めた。 「行こう。」 「うむ。」冷雨ひさめの中を、ふたり並んで歩いた。

54

一つのかさに、ふたり、頭を寄せて、歩いていた。そうして、さだめの地点に行きついた。 「用意は?」 「できている。」

55

すなわち刀をいて、向き合って、ふたり同時にぷっとき出した。切り結んで、冠氏が負けた。由良氏は、冠氏の息の根を止めたのである。

56

刀の血を、上野の池で洗って清めた。 「遺恨いこんは遺恨だ。武士の意地。約束は曲げられぬ。」

57

その日より、人呼んで、不忍しのばずの池。味気ない世の中である。

58

ち、畜生のかなしさ。

59

むかしの築城の大家は、城の設計にあたって、その城の廃墟はいきょになったときの姿を、最も顧慮こりょして図をひいた。廃墟になってから、ぐんと姿がよくなるように設計して置くのである。むかしの花火つくりの名人は、打ちあげられて、玉が空中でぽんと割れる、あの音に最も苦心をはらった。花火は聞くもの。陶器とうきは、たなごころせたときの重さが、一ばん大事である。古来、名工と言われるほどの人は、皆この重さについて、最も苦慮した。

60

などと、もっともらしい顔して家の者たちに教えてやると、家の者たちは、感心して聞いている。なに、みな、でたらめなのだ。そんなばからしいこと、なんの本にだって書かれてはいない。

61

また言う。

62

こいしくば、たずね来て見よいずみなる、しのだの森のうらみくずの葉。これは、誰でも知っている。めすきつねの作った歌である。うらみくずの葉というところ、やっぱり畜生の、あさましい恋情がこもっていて、はかなく、悲しいのである。底の底に、何かすごい、この世のものでないおそろしさが感じられるのである。むかし、江戸深川の旗本の妻女が、若くして死んだ。女児ひとりをのこしていった。一夜、夫のまくらもとに現われて、歌をんだ。やみの夜の、におい山路やまみちたどりゆき、かなく声に消えまよいけり。におい山路は、冥土めいどに在る山の名前かも知れない。かなは、女児の名であろう。消えまよいけりは、いかにも若い女の幽霊ゆうれいらしく、あわれではないか。

63

いまひとつ、これも妖怪ようかいの作った歌であるが、事情は、つまびらかでない。意味も、はっきりしないのだが、やはり、この世のものでない凄惨せいさんさが、感じられるのである。それは、こんな歌である。わぎもこを、いとおし見れば青鷺あおさぎや、ことの葉なきをうらみざらまし。

64

そうして白状すれば、みんな私のフィクションである。フィクションの動機は、それは作者の愛情である。私は、そう信じている。サタニズムではない。

65

り、竜宮りゅうぐうさまは海の底。

66

老憊ろうはいの肉体をき、見果てぬ夢を追い、荒涼こうりょういそをさまようもの、白髪はくはつ浦島うらしま太郎は、やはりこの世にうようよいる。かなぶんぶんを、バットの箱にいれて、その虫のあがく足音、かさかさというのを聞きながら目を細めて、これは私のオルゴオルだ、なんて、ずいぶん悲惨なことである。古くは、ドイツ廃帝はいてい。または、エチオピア皇帝。きのうの夕刊によると、スペイン大統領、アサーニア氏も、とうとう辞職してしまった。もっとも、これらの人たちは、案外のんきに、自適しているのかも知れない。桜のそのを売りはらっても、なあに山野には、桜の名所がたくさん在る、そいつを皆わがものと思ってながめてたのしむのさ、と、そこは豪傑ごうけつたち、さっぱりしているかも知れない。けれども私は、ときどき思うことがある。宋美齢そうびれいは、いったい、どうするだろう。

67

ぬ、沼の狐火きつねび

68

北国の夏の夜は、ゆかた一枚では、肌寒はだざむい感じである。当時、私は十八歳、高等学校の一年生であった。暑中休暇きゅうかに、ふるさとのむらへかえって、村のはずれのお稲荷いなりの沼に、毎夜、毎夜、五つ六つの狐火が燃えるといううわさを聞いた。

69

月の無い夜、私は自転車に提灯ちょうちんをつけて、狐火を見に出かけた。はば一尺か、五寸くらいの心細い野道を、夏草のつゆけながら、ゆらゆら自転車に乗っていった。みちみち、きりぎりすの声うるさく、ほたるも、ばらかれたようにたくさん光っていた。お稲荷の鳥居をくぐり、うるしの並木路なみきみちを走りけ、私は無意味やたらに自転車のすずを鳴らした。

70

沼の岸に行きついて、自転車の前輪が、ずぶずぶぬかった。私は、自転車から降りて、ほっと小さい溜息ためいき。狐火を見た。

71

沼の対岸、一つ、二つ、三つの赤いまるい火が、ゆらゆら並んでうかんでいた。私は自転車をひきずりながら、沼の岸づたいに歩いていった。周囲十丁くらいの小さい沼である。

72

近寄ってみると、五人の老爺ろうやが、むしろをひいて酒盛さかもりをしていた。狐火きつねびは、沼の岸のやなぎの枝にぶらさげた三個の灯籠とうろうであった。運動会の日の丸の灯籠である。老爺たちは、私の顔を覚えていて、みんな手をって笑って、私を歓迎かんげいした。私は、その五人のうちの二人の老爺を知っていた。ひとりは米屋で破産、ひとりはきたない女をおめかけに持って痴呆ちほうになり、ともにふるさとの、笑いものであった。沼の水をわたって来る風は、とてもくさい。

73

五人のもの、毎夜ここに集い、句会をひらいているというのである。私の自転車の提灯ちょうちんの火を見て、さては、狐火、と魂消たましいけしましたぞ、などと相かえり見て言って、またひとしきり笑いさざめくのである。私は、冷いにごり酒を二、三ばいのまされ、そうして、かれらの句というものを、いくつか見せつけられたのである。いずれも、ひどく下手へたくそであった。すすきのかげの、されこうべ、などという句もあった。私はそのまま、自転車に乗って家へかえった。 「明月や、座に美しき顔もなし。」芭蕉ばしょうも、ひどいことを言ったものだ。

74

る、流転輪回りんね

75

ここには、ある帝大教授の身の上を書こうと思ったのであるが、それが、なかなかむずかしい。その教授は、つい二、三日まえに、起訴きそされた。左傾さけい思想、ということになっている。けれども、この教授は、五六年まえ、私たち学生のころ、自ら学生の左傾思想の善導者をもって任じていたはずである。そうして、そのころの教授の、善導の言論も、やはり今日の起訴の理由の一つとして挙げられている。そのへんが、なかなかむずかしいのである。

76

もう四、五日余裕があれば、私も、いろいろと思案し、工夫をこらして、これを、なんとか一つの物語にまとめあげて、お目にかけるのだが、きょうは、すでに三月二日である。この雑誌は、三月十日前後に発売されるらしいのだから、きょうあたりは、それこそぎりぎりの締切日しめきりびなのであろう。私は、きょうは、どんなことがあっても、この原稿げんこうを印刷所へ、とどけなければいけない。そう約束したのである。こんな、苦しい思いをするのも、つまりは日常の怠惰たいだゆえである。こんなことでは、たしかにいけない。覚悟かくごばかりは、たいへんでも、今までみたいになまけていたんじゃ、ろくな小説家になれない。

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を、姥捨山のみねの松風。

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もって自戒じかいとすべし。もういちど、こんな醜態しゅうたいりかえしたら、それこそは、もう姥捨山だ。懶惰らんだ歌留多かるた。文字どおり、これは懶惰の歌留多になってしまった。はじめから、そのつもりでは、なかったのか? いいえ、もう、そんなうそきません。

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わ、われ山にむかいて目を挙ぐ。

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か、下民しいたげやすく、上天あざむきがたし。

81

よ、夜の次には、朝が来る。




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太宰治全作品集 1
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変更終了:平成14年2月