1 長え長え昔噺、知らへがな。
2 山の中に橡の木いっぽんあったずおん。
3 そのてっぺんさ、からす一羽来てとまったずおん。
4 からすあ、があて啼けば、橡の実あ、一つぼたんて落づるずおん。
5 また、からすあ、があて啼けば、橡の実あ、一つぼたんて落づるずおん。
6 また、からすあ、があて啼けば、橡の実あ、一つぼたんて落づるずおん。
7 …………………………
8 ひとかたまりの童児、広い野はらに火三昧して遊びふけっていたずおん。春になればし、雪こ溶け、ふろいふろい雪の原のあちこちゆ、ふろ野の黄はだの色の芝生こさ青い新芽の萌えいで来るはで、おらの国のわらわ、黄はだの色の古し芝生こさ火をつけ、そればさ野火と申して遊ぶのだずおん。そした案配こ、おたがい野火をし距て、わらわ、ふた組にわかれていたずおん。かたかたの五六人、声をしそろえて歌ったずおん。
9 ――雀、雀、雀こ、欲うし。
10 ほかの方図のわらわ、それさ応え、
11 ――どの雀、欲うし?
12 て歌ったとせえ。
13 そこでもってし、雀こ欲うして歌った方図のわらわ、打ち寄り、もめたずおん。
14 ――誰をし貰ればええべがな?
15 ――はにやすのヒサこと貰れば、どうだべ?
16 ――鼻たれて、きたなきも。
17 ――タキだば、ええねし。
18 ――女くされ、おかしじゃよ。
19 ――タキは、ええべせえ。
20 ――そうだべがな。
21 そした案配こ、とうとうタキこと貰るようにきまったずおん。
22 ――右りのはずれの雀こ欲うし。
23 て、歌ったもんだずおん。
24 タキの方図では、心根っこわるくかかったとせえ。
25 ――羽こ、ねえはで呉れらえね。
26 ――羽こ呉れるはで飛んで来い。
27 こちで歌ったどもし、向うの方図で調子ばあわれに、また歌ったずおん。
28 ――杉の木、火事で行かえない。
29 したどもし、こちの方図では、やたら欲しくて歌ったとせえ。
30 ――その火事よけて飛んで来い。
31 向うの方図では、雀こ一羽はなしてよこしたずおん。タキは雀こ、ふたかたの腕こと翼みんたに拡げ、ぱお、ぱお、ぱお、て羽ばたきの音をし口でしゃべりしゃべりて、野火の炎よけて飛んで来たとせえ。
32 これ、おらの国の、わらわの遊びごとだずおん。こうして一羽一羽と雀こ貰るんだどもし、おしめに一羽のこれば、その雀こ、こんど歌わねばなんねのだずおん。
33 ――雀、雀、雀こ欲うし。
34 とっくと分別しねでもわかることだどもし、これや、うたて遊びごとだまさね。一ばん先に欲しがられた雀こ、大幅こけるどもし、おしめの一羽は泣いても泣いても足えへんでば。
35 いつでもタキは、一ばん先に欲しがられるのだずおん。いつでもマロサマは、おしめにのこされるのだずおん。
36 タキ、よろずよやの一人あねこで、うって勢よく育ったのだずおん。誰にかても負けたことねんだとせえ。冬、どした恐ろしない雪の日でも、くるめんば被らねで、千成の林檎こよりも赤え頬ぺたこ吹きさらし、どこさでも行けたのだずおん。マロサマ、たかまどのお寺の坊主こで、からだつきこ細くてかそぺないはでし、みんなみんな、やしめていたのだずおん。
37 さきほどよりし、マロサマ、着物ばはだけて、歌っていたずおん。
38 ――雀、雀、雀こ欲うし。雀、雀、雀こ欲うし。
39 不憫げらに、これで二度も、売えのこりになっていたのだずおん。
40 ――どの雀、欲うし?
41 ――なかの雀こ欲うし。
42 タキこと欲しがるのだずおん。なかの雀このタキ、野火の黄色え黄色え炎ごしに、悪だまなくこでマロサマば睨めたずおん。
43 マロサマ、おっとらとした声こで、また歌ったずおん。
44 ――なかの雀こ欲うし。
45 タキは、わらわさ、なにやらし、こちょこちょと言うつけたずおん。わらわ、それ聞き、にくらにくらて笑い笑い、歌ったのだずおん。
46 ――羽こ、ねえはで呉れらえね。
47 ――羽こ呉れるはで飛んで来い。
48 ――杉の木、火事で行かえない。
49 ――その火事よけて飛んで来い。
50 マロサマは、タキのぱおぱおて飛んで来るのば、とっけらとして待づていたずおん。したどもし、向うの方図で、ゆったらと歌るのだずおん。
51 ――川こ大水で、行かえない。
52 マロサマ、首こかしげて、分別したずおん。なんて歌ったらええべがな、て打って分別して分別して、
53 ――橋こ架けて飛んで来い。
54 タキは人魂みんた眼こおかなく燃やし、独りして歌ったずおん。
55 ――橋こ流えて行かえない。
56 マロサマは、また首こかしげて分別したのだずおん。なかなか分別は出て来ねずおん。そのうちにし、声たてて泣いたのだずおん。泣き泣きしゃべったとせえ。
57 ――あみださまや。
58 わらわ、みんなみんな、笑ったずおん。
59 ――ぼんずの念仏、雨、降った。
60 ――もくらもっけの泣けべっちょ。
61 ――西くもて、雨ふった。雨ふって、雪とけた。
62 そのときにし、よろずよやのタキは、きずきずと叫びあげたとせえ。
63 ――マロサマの愛ごこや。わのこころこ知らずて、お念仏。あわれ、ばかくさいじゃよ。
64 そうしてし、雪だまにぎて、マロサマさぶつけたずおん。雪だま、マロサマの右りの肩さ当り、ぱららて白く砕けたずおん。マロサマ、どってんして、泣くのばやめてし、雪こ溶けかけた黄はだの色のふろ野ば、どんどん逃げていったとせえ。
65
そろそろと晩げになったずおん。野はら、暗くなり、寒くなったずおん。わらわ、めいめいの家さかえり、めいめい婆さまのこたつこさもぐり込んだずおん。いつもの晩げのごと、おなじ昔噺をし、聞くのだずおん。
長え長え昔噺、知らへがな。
山の中に橡の木いっぽんあったずおん。
そのてっぺんさ、からす一羽来てとまったずおん。
からすあ、があて啼けば、橡の実あ、一つぼたんて落づるずおん。
また、からすあ、があて啼けば、橡の実あ、一つぼたんて落づるずおん。
また、からすあ、があて啼けば、橡の実あ、一つぼたんて落づるずおん。
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太宰治全作品集 1
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変更終了:平成14年2月